超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -

3章:サヴァイヴァー - 1 -

 十二月十日。百三日目。
 おぞましい飢餓地獄は続いている。
 発症からたった百日間で、世界人口八十五億人のうち、生存者は僅かニ・六%のニ・ニ億人まで激減していた。
 既に全滅した国が幾つも在るなか、正体不明の不死ウィルスは猖獗しょうけつを極め、燎原りょうげんの焔のように全人類を蹂躙し続けている。
 悪魔の暴挙に抗う術を見つけない限り、いずれ人々は一人残らず地上から姿を消してしまうだろう。
 その一方で、感染者は増え続けている。
 廃墟と化した渋谷の、六十三階の要塞で二人きり、広海とレオはしぶとく生きていた。
 ホームセキュリティのスペシャリストである広海は、めったに外にでないが、レオは違う。コロニーの駆除や物資補給のために、定期的に外へいく。一階のゾンビサファリパークのキャストが減ってくると、新たなキャストを調達したりもする。
 喰事の好み・・は変わっても、料理好きであることには変わらず、業務用の貯蔵庫を同じフロアに設置した。
 部屋のキッチンもリフォーム張りの大改造が施され、業務用の冷蔵庫とワインクーラーまで設置されている。保存のきく喰品も備蓄しているが、屋上に立派な家庭菜園を作り、毎日世話をして、新鮮な野菜の収穫もしている。
 瑞々しい野菜を毎日喰べられることは、今の広海にとって、かけがえのない幸せの一つだ。
 料理上手なレオは、人間らしくあることを望む広海のために、朝夕と、手のこんだ料理を作ってくれる。
 今朝も、料理する背中を見つめながら、いい匂い、と広海がいうと、振り向いたレオはほほえんだ。
「お待ちどおさま」
 と、さしだされた陶の皿には、鮭の塩焼きに檸檬が添えられている。ご飯、豆腐と葱の味噌汁、ふき味噌、納豆、焼き海苔のり。簡素ながら、広海好みの朝餉あさげである。
「美味しそう! いただきます」
 一口かじった広海は、目を輝かせた。
 レオは珈琲を飲みながら、ぱくつく広海を穏やかな表情で眺めている。彼自身は殆ど喰べないのだ。体質が変化したことも理由の一つだが、もともと腹にたまる炭水化物系より、嗜好品で満足するタイプのようだ。
 穏やかな朝餉の空気は、鋭い通知音によって破られた。
 侵入者だ。
 二人は殆ど同時に席を立ち、急いでモニターの前に向かった。
「誰かきました?」
 広海は緊張した声音でいった。
 屋内の特別避難階段を駆けあがってきている。途中階の扉を開けようとして、鍵が閉まっていると判ると、さらに上に登っていく。
「どうやって非常階段に侵入したんだろう? 地下から?」
 広海は不安そうに訊ねた。
「いや、バリケードがあるはず……」
 レオはモニターから目を離さず、キーボードを操作して、画面に地下を写した。
 このビルは渋谷駅に直結している地下道がある。ここに籠城を決めてから、レオは地下のシャッターを全ておろしてバリケードを築いていた。無理に侵入すると警報装置が鳴り、周囲のゾンビを呼び寄せる仕掛けになっているのだ。
 だが、地下に異変は起きていなかった。
「地下のバリケードを突破されたわけじゃねーな……一階はゾンビサファリだし……」
 一階を映すと、倒れているゾンビが数体いた。一人、血を流して倒れている男性がいる。えっ、と思わず広海は声をあげた。
「まさかの正面突破!?」
「いや、外におびき寄せたんだ。間引きしてから一階に侵入して、壁伝いに非常階段を見つけたのか」
「扉は? 鍵はかかってますよね」
「かかってる。階段側からは開けられない。フロアからじゃないと」
 レオの答えに広海は安堵した。屋内の非常階段は、各階ごとに頑丈な鉄扉がある。鍵がかかっているなら、侵入は不可能だ。
「あ! ゾンビも入ってきた」
 驚いたことに、酷く人間じみた仕草で、一階の非常階段の扉を開けるゾンビがいた。そこから数体のゾンビが侵入した。
「助けないと!」
 部屋を飛びだしていこうとする広海の腕を、レオは素早く掴んだ。
「やめとけ」
「えっ!? でも、」
 反論する前に、レオが言葉を被せてきた。
「面倒が増えるだけだ、放っておけ」
 広海は思わず語気を強めて、
「見殺しにするんですか!?」
「そうだよ」
 淡々としているが、一切の甘えを許さない厳しい口調だった。
 思わず広海は、非難の籠もった眼差しでレオを見た。かがやきを増した金緑の虹彩が、じっっと見つめ返してくる。
「お前、そうやって誰でも助けよとする癖、いい加減に直せよ。この間、殺されかけたの忘れたか?」
 噛んで含めるような口調に、広海の胸に、苦い記憶が蘇った。
 一週間前、レオと一緒に池袋のベースへいく途中、感染者に追われている子供を助けようとして、ナイフを突きつけられた。喰料を提供するといったが聞き入れられず、危うく刺されるところだったのだ。
 だが、ここで見捨てたら確実に後悔しそうだ。いつまでも苦いおりとなって、心の底に淀みそうな気がした。
「それでも、今、彼等を助けられるのは俺達だけですよ」
「俺達、ね」
 レオは唇の端を歪めていったが、怯む広海を見て、いくらか険を和らげた。
「無闇に同情するな。知らない人間をテリトリーに入れると、碌な事態にならないぞ」
 レオはいったん言葉をきり、諭すように続けた。
「喰料や水で揉めないよう、しっかりルールを作ってやっていかなきゃならない。はっきりいって、気づまりだ」
「そうかもしれませんが、俺は、見て見ぬふりはしたくないです」
 と、口を尖らせる広海。苛立ちの影が、レオの美しい貌をよぎった。
 この手の議論がこうじて喧嘩になりかけると、いつもは広海の方が折れるのだが、この時は強い眼差しでレオを睨みつけた。
 沈黙のなか、恐ろしく強固な意思と意思が衝突した。
 一触即発の危機かと思われたが、意外にも、レオの方から折れた。
「はぁ――……判ったよ」
 観念したようにいうと、期待に顔を輝かせる広海を見おろして、釘をさした。
「三十階で先回りする。ロミはここで待ってろ」
「俺もいきます!」
「だめだ」
 断固とした口調でいうと、レオは、テーブルの上に無造作に置かれている九ミリ拳銃を取って、ジーパンにさした。そのまま部屋をでていこうとする。後ろを追いかけてきた広海を振り返り、
「待ってろよ?」
 脅すように念押しした。広海が不承不承に頷くのを見てから、扉をしめた。
 残された広海は、恨みがましい目で扉を見つめていたが、不貞腐れた顔でモニター前に戻った。
 助けを求めている彼等は十階を過ぎたあたりだ。レオは間にあうだろうか?
 心配になったが、間もなく三十階にレオの姿が映ったのでほっとした。エレベーターが動いていて良かった。
「どうしよう……大丈夫かな」
 レオが銃をもっていったことを思うと、ひやりと恐怖の戦慄が胸を刺した。
 彼の超人的な強さは知っているが、乱戦になった時に、複数の人間を庇いながら戦えるだろうか?
 ……そもそも庇うだろうか?
 レオが気に喰わないと思った時、容赦なく彼等を見捨てる可能性は十分にある。広海には優しいし頼りになる相棒だが、基本的に他人に対して猜疑心が強く、酷薄な性格をしている。
(あぁ~どうしよう! レオに任せて平気かなぁ? でもいったら怒るよなぁ)
 広海は落ち着きなくモニターの前をうろうろとし、レオが非常階段の扉の前で立ち止まるのを見て、心を決めた。
 金属バッドを掴んで部屋を飛びだすと、急いでエレベーターに飛び乗った。