超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -

2章:エナジー・ドリンク - 2 -

 無人の高層ビルディング群の合間を、バイクで走り抜けていく。
 渋谷の歓楽街は無人で、渋滞もなく、ニ十分とかからずに、再び道玄坂に戻ってきた。
 分岐路の手前でレオはブレーキをかけて、アイドリングさせながら肩越しに振り向いた。
「ここら辺で探すか」
 レオの言葉に、広海は力なく頷いた。任せきりで忍びないと思いつつ、索然さくぜんたる気分に支配されていた。
 もう家族はいないのだ。自分だけ生き残って、この先どうやって生きていけばいいのだろう……
 悄然しょうぜんと項垂れる肩を、レオは励ますように叩いた。
「とにかく休める場所を探そうぜ」
 さりげない思い遣りの仕草だが、暗鬱に沈む広海は、力を分け与えられたように感じられた。少しばかり気力を取り戻し、顔をあげて、辺りを見回した。
「……どこにいきましょうか」
「ロフトかハンズの傍が便利でいいかもな」
 レオの言葉に、広海は困った顔をした。
「今さらだけど、渋谷は危険じゃありませんか? 感染者だらけだし、いつ誰に襲われるか判らないし」
「まぁ、普通に考えれば、人のいない場所の方が安全だよな」
「はい」
「でも、俺達が警戒すべきなのは、ゾンビじゃない。生き残って徒党を組んでる人間だ」
「都心から離れた方が安全ですかね?」
 レオはかぶりを振った。
「俺達には武器がある?」
 彼はなぜか疑問口調でいった。
「武器?」
「他の人と違って、感染者に襲われない。だから、どこにだっていける。むしろ感染者に囲まれていた方が安全だ。いいカモフラージュになる」
「……」
 それは広海も考えた。けれども、絶対に襲われないと信じていいいものだろうか? 不可解な点はまだまだ多い。
「俺はともかく、ロミには免疫がある」
 レオは断言した。肩越しに、広海をじっっと見つめてきた。
「ロミにキスすれば、感染者に襲われないんだ」
 唖然とする広海を見て、レオはさらに言葉を続けた。
「さっきといい、一時的かもしれないけど、マジで襲われなくなる」
「そんなわけないじゃん! ……気のせいですよ」
 思わずため口をきいてしまい、後半は声を抑えてしおらしくいった。
「いや、本当。ロミのにキスしたくなるのも、無意識の生存本能が働いているんじゃないかと俺は思う」
 広海は唇を歪めた。いくらなんでも荒唐無稽こうとうむけいだ。
「まさかぁ……免疫じゃなくて、俺に欠陥があるせいかも。ゾンビも興味をなくすほど、深刻な病気を抱えているとか……」
 不安がもたげて、広海の声は昏くなる。レオは広海の肩を力強く掴み、
「悪い方に考えるな。俺もロミも感染してねーよ。病気の兆候もない。理屈はともかく、襲われないんだぜ? ラッキーだと思おうぜ」
「でも……」
 考えこむ広海の頭を、レオはメット越しに軽く叩いた。
「こう考えろよ。俺たちは感染したんじゃなくて、進化・・したんだ。生きるために必要な状態に、躰が順応したんだよ」
 彼のように楽観的に考えられなかったが、広海は反駁はんばくせずに黙りこんだ。
「こっちいってみるか」
 と、レオは再びエンジンを吹かし、文化村通りに入った。
 幾人か感染者の横を走り抜けたが、誰も二人に意識を向けようとしない……
 やはり自分達は空気とみなされているのだろうか?
 或いは、不死感染者達の方に何らかの異変が起きて、喰欲が失せたのだろうか?
 疑問に思った傍から、往来で腐肉を喰らう感染者を目撃し、後者に関してはその考えを捨てた。
「感染者に襲われないという武器があると、渋谷は心強いな。隠れるところはいっぱいあるし、店も多いから、捕るものも多い」
「確かに……」
 レオの言葉に頷きながら、それでも気味が悪い、と広海は恐々と周囲をうかがった。
 一見すると静かだが、よく見ると路端や瓦礫の下には死体があり、見つけるたびにぞっとする。おまけに血まみれの不死感染者たちが、喰い千切られた四肢や、臓物ぞうもつをぶよぶよ揺らしながら、虚ろな目で徘徊しているのだ。
 できることなら、人も死者も不死感染者もいない、どこか静かで安全な所に避難したい。
 幾つか信号を越えて、硝子張りの高層ビルの前でレオはバイクを停めた。
 地下四階から六十五階まである、去年オープンしたばかりの商業ビルだ。
 地下に大きな喰品売り場があり、地上には生活雑貨店や衣料店、レストラン、ジム、ホテル、プラネタリウムや展望台がある。
 正面入口の広々としたブックカフェは、棚が倒れて本が散乱しているが、それでも洗練された内装が見てとれた。
「ここは?」
 レオが肩越しに振り向いて訊ねた。
 棚に並んだ膨大な量の雑誌や漫画に、広海の目は釘付けになっていた。レオはにやりと笑って、
「決まりだな」
「あは、天国だなぁ……」
 広海も笑み返したが、その声はどこか痛々しかった。
 理不尽に人生のかなめを奪われた直後で、次の住処など本当はどうでも良かった。
 何を見ても聞いても、今は取り返し難い後悔に囚われている。
 感染者に襲われないと判っていれば、もっと早く実家に戻れたのに――両親を救えたかもしれないのに。
(俺はなんて間が悪いんだ。せめて、あと一日早く帰っていれば……)
 バイクをおりて、広海は安全第一ヘルメットをかぶり直した。その表情は暗い。底なしの疲労感と絶望感に襲われていた。
 のろのろと顎の下でベルトを留めていると、レオがこちらを向く気配がした。
「さっきは根性見せたな。マジで尊敬する」
 力強く肩を抱き寄せられ、広海は目を瞠った。
「俺は自分の両親嫌いだし、安否とか正直どうでもいいんだけど……ビビリなのに、躰張って助けにいこうとするロミを見て、格好いいなって思ったよ」
「……」
「ロミがいてくれて、すげぇ助かってる。一緒にいて楽しいし、心強いし。家族じゃねーけど、俺も力になるし……これからもよろしく頼むぜ、相棒」
「……っ」
 相棒。その言葉を聞いた途端に、涙が溢れそうになった。
 万感こもごも胸に迫って、言葉にできない。戦慄わななく唇を噛み締めて、何度も頷いた。
 世界のどん詰まりに堕ちたと思っても、隣にレオがいてくれる。
 彼は生きているし、生きようとしている。助けられているのは広海の方だ。強靭な精神力と誠実な思い遣りに、ずっと支えられている。
 傍にいて広海に返せるものがあるか不明だが、必要だといってくれるのなら、その気持ちに応えたい。
 そう思うと、ほんの少しだけ、活力が湧きあがるのを感じた。