月狼聖杯記

9章:為政者たち - 7 -

 星歴五〇三年。十月二十九日。
 セルトを発しておよそ一月、通算四度目の発情期がやってきた。
 ラギスは独りで山奥でやり過ごし、あとから登攀部隊に追いつくとシェスラに迫ったが、シェスラは跳ねのけた。
「そなたを置いてゆけるか」
「俺はともかく、あんたは大元帥だろうが! 七日も雲隠れしてどうするんだよ」
 ラギスの懸念も尤もだが、シェスラは最初から行軍の工程に発情期が訪れることを想定していた。
つがい制度は軍規でも定めてある。私とて、異例というわけではない。案ずるな、登攀が遅れることはない」
「本当かよ?」
「入山の支度はやることがおおい。七日空けても、最後尾に追いつくのは、そう難しいことではない」
 実際、入山前にすべきことは多々あった。
 先ず、ここまでラピニシアを目指して北上してきた軍を二つに分ける。半数以上で構成される片方を北上軍とし、アレッツィア勢との小競り合いに応じながら、聖地ラピニシアを目指すのである。
 もう片方は、秘密裏にネヴァール登攀に挑む。
 部隊編成と輜重しちょうの割譲、軍旅についてきた商人や娼婦たちも、ここで袂を分かつことになる。それに伴い、涙の愁嘆場が繰り広げられ、或いは借金の精算等で煩い煩い。
 諸々片付いたあとも、いきなり登山とはならない。登攀前に行う神事がある。
 神事とは、アミラダが祈祷を唱え、ネヴァール霊峰の神々に登山の安全を祈願する、重要な儀式のことである。これを行わない限り、月狼たちは絶対に山に入ろうとしない。
 なんだかんだで、入山準備に数日はかかる。
 登攀指揮はこれまで通りシェスラとインディゴが執ると聞いて、ラギスは驚いた。てっきりインディゴは、北上軍を指揮すると思っていたのだ。
「大丈夫なのかよ。北上軍は誰が指揮するんだ?」
「ヴィヤノシュだ」
 ラギスは驚いて目を瞠った。
「ヴィヤノシュ? 泣くも黙る、殺人狂のことか?」
「左様。荒々しい戦いになるだろうが、アレッツィアの眼を北上にひきつけてくれる。その間に山脈の麓に入る」
「おいおい……騎士団をつけなくていいのか? 傭兵崩れの兵団だけでは、統率なんてあってないようなものだぞ」
 ラギスは真剣な顔と声でいった。
「無論。ルシアンを副官として北上軍に就かせる」
「だがな――」
 反駁はんばくを唱えようとするラギスの唇に、シェスラはひとさし指を押し当てた。澄んだ美しいひとみでじっと見つめて、麗貌を近づける。
「今は私のことだけを考えよ」
 ラギスはたちまち発情をもよおした。欲望がこみあげ、鼓動が大きくなる。
 朱くなって黙りこむラギスの手を引いて、シェスラは野営地からほど近い谷底の奥へ入った。
 川に沿って岩穴が穿たれた秘所があり、なかへ入ると温湯いでゆが湧いていた。屋根もなにもない、天然の露天風呂である。
「身を隠すにちょうどよかろう。ここの湯は滋養にもいいんだ。入っておいて損はないぞ」
 と、シェスラは機嫌良さそうにいった。あらかじめ、発情期の借り住まいにするつもりでいたようで、なかに食料等の入った葛籠や夜具が置かれ、毛皮や絹布が敷かれていた。
「準備がいいな」
 ラギスが驚いていうと、シェスラは少し得意そうな顔をした。
「霊峰について何年もかけて調べていたのだ」
「ラピニシアを見越してか?」
「そうだ。聖地奪還の方法を探る過程で、ここを見つけた。さらに上流には、僧院の穿った穴もあるぞ」
「へぇ……」
 ものめずらしげにラギスが洞へ入ると、湯のいい匂いが充ちていた。
 巌の湿った匂い、深い森林の香り……蒸気に溶けこむ、馥郁ふくいくたる柑橘の――つがいの香り。
 はっとしてシェスラを見ると、熱っぽい眼差しを返された。
「……シェスラ?」
 上擦った声に、ラギスは自分でも驚いた。獰猛な捕食者に追い詰められた小動物の悲鳴のようではないか。彼が一歩を詰めただけで、明確な思考能力が逃げだしていくような気がした。
「……おぅ、湯に入るか」
 と、ラギスは情緒もへったくれもなく服を脱ぐと、シェスラに背を向けて桶に湯をくんだ。豪快に汗を流し始めると、シェスラも裸身になり、隣で湯を浴び始めた。
 確かに、温泉は心地良かった。
 肩まで湯に浸かると、四肢から力が抜け落ち、行軍の疲れがみるみるとれていく。
 だが、目を閉じていても、シェスラを強烈に意識してしまう。
「ラギス……」
 甘やかな声は、普段の冷厳とした口調とは霄壌しょうじょうの差があった。
 目を開けると、彼はすぐ傍にいた。
 柔らかな唇は嫣然と笑み、頬を美しく紅潮させ、言語を絶する艶めかしさだ。湯のなかで内腿うちももをするりと撫であげられ、ラギスは強張った。欲望が奔流となって躰中の血管をめぐり、股間が脈打つ。
「そなたに、口づけたい」
 なぜ、今さらそんなことを訊いてくるのだろう……疑問に思っている間に、端正な顔は近づいてくる。
 拒むことはできなかった。
 唇はそっと重なり、ゆっくり離れた。シェスラは狂おしそうな光を瞳に浮かべて、ラギスの頬に手を添えた。
「……ラギス、唇を開いて」
 唇の輪郭をかたどるように、親指が触れる。閉じたあわいに触れられて、おずおずと唇を開いた。
 口内に挿し入れられた親指に、舌を探られる。熱を孕んだ眼差しに耐え切れなくなり、ラギスは顔を背けようとした。
「――んぅ」
 後頭部を掌で包まれて、なめらかな唇に呼吸を奪われた。反射的にシェスラの胸に手を置くと、掌に、とくとくと打つ鼓動を感じた。彼を遠ざけたいのか、引き寄せたいのか、ラギスにもよく判らなかった。
「ふぅ……んっ」
 熱い舌がもぐりこんできて、困惑するラギスの舌を翻弄する。空気は濃密な液体となり、甘い毒のように喉に流れこんでくる。
 シェスラは、ラギスの太い喉頸に舌を這わせながら、隆起した乳房を揉みこむように撫でた。
「んぅ……っ」
 筋肉質の幅広い胸を喘がせ、二つの乳首は硬く尖ってゆく。そこに触れてほしいのに、シェスラは焦らすように乳輪をゆっくり擦り……敏感になった乳首を、そっと摘まんだ。
「あぁッ」
「こんなに尖らせて……たやすく摘まめてしまうぞ」
 シェスラが囁くように笑うと、ラギスは威嚇するように唸り声をあげた。けれども金瞳は潤み、いつもの迫力は半減している。
「褒めているのだ」
 シェスラはくすりと笑い、唇を重ねて、ラギスの唸り声を封じこめた。キスを深めながら胸を愛撫する。肌はしっとりと汗ばみ、膨らんだ乳首から霊液サクリアが滲みだした。
「あッ……ひ、ぁっ」
 きゅっと摘まれた衝撃で、琥珀の飛沫がぴゅっと渋木しぶき、シェスラの頬に撥ねた。獣性を刺激され、青い瞳孔が縦に伸び、黄金の筋が放射に走る。
 飲み干したい――欲望のままに顔を伏せ、乳首を口に含み、強く吸いあげた。
「ああぁぁッ」
 ラギスは絶叫した。
 シェスラは暴れる巨躯を押さえつけて、溢れでる霊液サクリアを天上の美酒とばかりに舐めしゃぶる。
「っ、は……ラギス、この時を待ち焦がれたぞ」
 もどかしげに吸いあげながら、湯気がたちそうなほど火照った肌を、賞賛の眼差しで見つめた。
 壮絶な色香を放つ王を、ラギスもまた、賞賛の目で見つめ返した。どんな美姫よりも艶めかしく、魂を奪われそうなほど美しい。それでいて、屈強な雄の支配をもちあわせている。
 とても抗えない――湯をでて、褥の上で大きく足を割り広げられても、抵抗をせず、むしろ自らせがむように、股間をさらした。
 雄々しい屹立は硬く勃起し、先端から琥珀に煌めく霊液サクリアをこぼしてる。
 美しい顔がそこに近づいていく様を、ラギスは待ち望むかのように、ただ黙って見つめていた。臍につきそうなほど反り返った陰茎に、長い指が絡みつく。
「ん……っ」
 快感に震えるラギスを上目遣いに仰ぎ、シェスラは優艶に笑んだ。発情に濡れた顔を見つめたまま、口に含んだ。
「あぁッ! んぁ゛っ」
 しっとり熱い粘膜に包まれた途端に、強烈な快感が迸った。ふくろごと肉茎を指で揉みしだかれ、亀頭を熱い舌で愛撫されると、腰がはしたなく震えてしまう。
「ぁむ……こんなに膨らませて……早くいえば良いものを……吸ってやったのに」
 愛撫の合間にシェスラが囁く。ラギスは歯を食いしばって嬌声を堪えようとした。
「ほら、だせ……我慢するな」
 ちゅうっと尖端を吸われて、ラギスは全身を震わせた。
「あぁぁッ!!」
 絶叫と共に、熱い霊液サクリアが噴きあがる。
 繊細な美貌からは想像もつかぬほど、シェスラは貪欲にラギスを頬張っている。白皙の頬を紅潮せ、悩ましげに目を伏せ、震える銀色のまつ毛が、美貌にたえなる陰影を落として……花びらのような唇が、自分の陰茎を舐めている光景に、ラギスは頭がくらくらした。
 たっぷりしゃぶってから、シェスラは顔をあげた。
「……ん、濃ゆいな」
 満悦に笑むと、唇についた琥珀を舌で舐めとった。息をあえがせ、霊液サクリアに濡れて妖しく輝く、筋骨逞しい巨躯を眺めおろす。
「後ろも可愛がってやろう……」
 シェスラはラギスの黒い尾を掴み、雄々しい巨躯を、四つん這いにさせた。
 屈辱的な格好であるはずなのに、ラギスは自ら褥にせった。脚を大きく開いて、尻を高くあげる。
「ふ……尾が揺れているぞ」
 シェスラは微笑すると、従順さを誉めるように、引きしまった尻を揉みしだいた。
「ぁ……っ」
 尻たぶが両の親指で割り開かれ、早くも霊液を溢れさせる蕾に、熱い吐息がかかる。
 嗚呼――蕾の奥へ、熱い舌が挿入はいってくる。
 すすられ、舐められ、突かれて、ラギスはもはや声を我慢できなくなっていた。しとねをきつく握りしめ、淫らに腰をくねらせていた。
「は、あっ、ぁんっ……シェスラ……っ」
 シェスラは汗ばんだラギスの背を舐めあげ、み、ゆっくりと濃密に後ろを愛撫する。
「すっかりほころんで……私の指を美味そうにしゃぶっている……判るか?」
 どこか余裕を感じさせる声に、ラギスは苛立たしげに唸った。焦れったい刺激がたまらない。指ではなく、舌ではなく、もっと熱くて、強靭な充溢じゅいつで、深く奥まで貫いてほしい――
 ねだるように尾が揺れるのを見て、シェスラは口角をあげた。
「望むままに……」
 両腕でラギスの腰をしっかり掴み、貫いた。
「んぁ゛ッ!」
 待ち望んだ衝撃に、ラギスは背をしならせた。
 粘膜は剛直を銜えこんだ途端、ひくんっと痙攣し、奥へと誘うように蠢く。
「ふ……鋼のようなそなたも、なかは、柔らかいな……っ」
 緩やかな律動に媚肉が馴染んでくると、シェスラは強く突きあげた。肉壁から霊液サクリアが溢れて、熱く脈打つ楔に絡みつく。
 ぱちゅんッ――挿入ごとに、結合部が騒々しい淫靡な水音を撥ねあげる。
「あッ……んぁっ! あぁッ!!」
 後孔を突かれながら、感じやすい乳首を摘まれ、ラギスは堪えようのない嬌声を迸らせた。
 愉悦に波打つ媚態を眺めながら、シェスラは腰の動きを加速していく。
「あ、ぁ゛ッ、あぅッ、あぅッ」
 敏感なしこりを、灼熱の肉棒に擦られ、穿たれ、肌と肌を触れあわせて、銀色の尾までもが腰に絡みつき、心臓が脈打つたびに焔が燃えあがるようだった。
「あぁっ……ん!」
 絶頂を極めて、熱塊を食いしめると、シェスラも艶めいた吐息を漏らした。
「は、ラギス……」
 蕩けきった媚肉から、ずるりと灼熱が抜けていく。
 琥珀の蜜がこぷりと零れて、ラギスは全身を快感に震わせた。荒い呼吸を繰り返し、どうにか息を整えようとするも、再び後ろから深く貫かれた。
「ひぁッ! あっ、ぁんッ、ふぅ……っ」
 突かれるたびに、ちあがった性器が淫らに揺れて、琥珀の蜜を散らす。
 結合部は波飛沫のように白く粟立ち、淫靡な粘着音に耳まで犯される。まるで荒れ狂う海に弄ばれる小舟のように、ラギスは翻弄された。敏感な肉胴をごりごりと擦られ、しまいには泣きが入った、
「もぉ、でねぇよ……っ」
 哀れで弱々しい響きに、ラギスは自分でも驚いた。人には絶対に聞かせられない声だ。
「どうした、ラギス……始まったばかりではないか……」
 優しく囁きながら、ラギスのうなじに甘く歯をたてる。その仕草は、独占欲を感じさせると同時に、愛おしげだった。
 シェスラは甘く緩やかな律動に変えて、だらしなく開いたラギスの唇に指をもぐらせた。唾液を搦めて、撹拌かくはんしながら、突きあげる。
「んぅ……っ」
 波間をたゆたうように揺さぶられるうちに、ラギスの黄金の眸は、蜂蜜のように蕩けていった。灼熱の王笏おうしゃくめこまれ、前後不覚にがりまくる。
「ぁ……あぅっ……いかん、もう無理だ……シェスラ……ッ」
 弱々しい懇願を聞いて、シェスラは二度三度と腰を打ちつけた。
 ずるりとくさびが抜けていく感覚に、ラギスはぶるりと武者震いした。たぎる精を尻にぶちまけられ、ようやく終わる……そう思った時、ぐるりと視界が回転した。
 シェスラは巨躯のラギスをたやすく仰向けにし、両脚を肩に担ぎあげた。
「シェスラ……?」
「まだだ……霊泉に、そなたに溺れていたい……っ」
 熱塊を後孔にあてがわれると、ラギスは身震いたした。慄きながらも、躰の芯に冷めやらぬ欲情の火焔ほむらが感じられた。
「あぁ゛っ! あぁ……っ」
 ずんっと突きあげられ、ラギスはしとねを逆手に掴んだ。
 尖る乳首を咥えられた時、琥珀を噴きあげながら、意識は曖昧模糊あいまいもこにぼやけた。