月狼聖杯記

2章:饗宴の涯て - 7 -

 寝室に、濃密な空気が流れている。
 天井から垂れさがる鎖に、両腕を高く戒められ、躰中に四人の男達の手が絡みつく。
 彼等は、ラギスの肌に夢中になっている。
 最初は、全員が違った反応を見せていた。
 一人は従順に、一人は遠慮がちに、一人はさも嫌そうに、一人は仕方なさそうに……だが、次第に行為にのめりこみ、事務的な情事は、淫らなものへ変わっていった。
 橙の照明の灯された寝所に、濃密な香りが充満していく。
「――やめろォッ」
 先ほどから何度もラギスは叫んでいるが、誰も耳を貸そうとしない。
 シェスラは壁を背にしてはすに構え、瞳に主権者の煌めきを灯し、ラギスの痴態を眺めている。
「離しやがれ! こいつらをやめさせろ!」
「断る。聞き訳のない聖杯を躾けているのだ」
 シェスラは仄昏い笑みを浮かべた。
 彼はラギスの不敬を打擲ちょうちゃくで咎めるような真似はしなかった。もっとも残酷な仕打ち――快楽による屈辱を与えているのだ。
「う、ぁッ」
 不意に、後ろから乳首を指で摘まれ、ラギスは歯を食いしばった。
「う、ぐ、くそッ」
「……アレクセイ、舐めてみろ」
 青銀の髪を左右に編みこんだ青年、アレクセイが顔をあげた。神秘的な銀色の瞳は、瞳孔が縦長になり獣性をきざしている。首を伸ばして、突起から滲んだ雫を舌で舐めとった。
「うッ」
 柔らかく乳首を唇に挟まれて、ラギスは小さく喘いだ。
「聖杯の味はどうだ?」
「……すごいですね、確かに。これほど濃密な霊液サクリアは初めてです」
「そうであろう? ヴィシャスも舐めてみろ」
 空いている方の乳首に、絹のような白金の髪をした青年、ヴィシャスが舌を這わせた。
「ッ」
 神秘的な薄紫の瞳と視線が絡んだ。
 最初は汚らわしいものを見るような目つきをしていたのに、今は、紫の瞳に情欲の焔が灯っている。
「あ、ぐ……ッ」
 両の乳首をしゃぶられ、迸りそうになる嬌声を必死に咽の奥に封じこめる。
「よせッ! やめさせろ……シェスラッ!!」
 見物をきめこみ、薄笑いを浮かべるシェスラを、ラギスは憎悪の眼差しで睨みつけた。王は泰然と壁にもたれ、饗宴を目で愉しんでいるようだった。
「ルシアン、舌で慰めてやれ」
 血迷っているとしか思えぬ王の命令に、燃えるような赤毛の男、ルシアンは顔をさげた。
 下肢に手が伸ばされる。
 昂った屹立に息が吹きかかる……卑猥な視覚を遮断しようと目を閉じても、耳や肌が敏感になり、余計に苦しむ羽目になった。
「やめろ、ちきしょうッ! ――あぁッ」
 熱い粘膜に包まれて、ラギスはたまらずに喘いだ。達することは堪えたが、眼裏まなうらに無数の星が散った。
「後ろも弄ってやれ。すぐにぬかるみ、指が挿入はいるようになる」
 必死に快楽に抗うラギスを嘲笑うように、シェスラは次々と淫蕩な命令を騎士達に与えた。
 唯々いいと従う忠実な男達に、ラギスは手で、舌で蕩かされていく。
 悦楽の波に呑まれぬよう、熾火のような怒りを自ら呼び起こした。
(――殺してやる)
 快楽と増悪に濡れた瞳で、シェスラを睨んだ。
 あらゆる方法で、シェスラを殺すところを想像する。
 すぐには殺さない。
 最も残酷な方法でいたぶってやる。
 躰を端から切り刻み、火で炙った剣でシェスラの尻を犯す。白い肌を焦がし突き刺して、直腸をずたずたに切り裂き、臓物はらわたを引きずりだして、十分に命乞いをさせてから息の根を止めてやる……
「ははは!」
 復讐に燃える金瞳を見て、シェスラは高らかに、水晶を転がすような声で笑った。
「いい瞳をする……そなたは不屈の戦士だ。だが、いつまで耐えられるであろうな? ――ラファエル、後ろを弄ってやれ」
 名を呼ばれた豪奢な黄金の巻毛をもつ青年は、躊躇いもなくラギスの後孔に触れた。ぬかるんだそこは、難なく指を飲みこんでいく。
「ッ」
「もっとだ、ラファエル……」
 王の命令を受けて、ラファエルは指をゆっくり前後に動かして具合を確かめると、いやらしく抜き差しを始めた。
「ちきしょうッ」
 罵声を浴びせても、ラファエルは止まらない。
「んんッ」
 両腕を戒める鎖が擦れて、硬質な音を立てる。
 いますぐ引きちぎり、ここにいる全員を切り刻めるのなら、魂を悪魔に売り渡してもいい。
 胸中にどす黒い怨嗟が渦巻いていく。
 怒りが爆発しそうになっところで、後ろを淫らに弄る手が、肉胴の中でくっと折り曲げられた。
「う、ぐっ!」
 ラギスが強い反応を見せると、更に刺激を与えてくる。
 後孔がひくひくと痙攣し、なかが、じゅんと濡れるのが判った。
(ちきしょう……ッ)
 戦士としての尊厳を踏みにじられ、ラギスは打ちのめされた。
 魂の喪失に、心が悲鳴をあげている。
 絶望の淵に立ち、奈落の底を覗いていると、遠くからシェスラの笑い声が聴こえた。
「降参か?」
 怒りの焔がラギスの胸に燃えあがった。昂然と顔をあげると、シェスラを めつけて唸り声を発する。
「ふ、強情だな。その目でよく見てみろ。自分が何をされているのか、判っているか?」
「ッ、くそッたれ!」
 獣化を兆すが、首輪に阻まれ、躰を廻る霊気は霧散した。
「腰が揺れているぞ? ……舌を使え」
 王の指示に、敏感な尾のつけ根を、無数の指が淫らに触れてくる。どうにか耐えたが、後孔に熱くぬめったものが突き刺さり、ラギスは目を見開いた。
「――ふざけるなッ」
 背後を振り向き、後孔に舌を挿し入れた青年、ラファエルに怒鳴ると、屹立をルシアンに舐められた。
「んぁッ」
 尖った両の乳首は、アレクセイとヴィシャスに食まれる。全身に舌を這わされ、ラギスは腰をくねらせた。
「ンッ、ちきしょうッ……狂っていやがる!」
 この身を業火に焼かれてもいいから、今すぐに剣が欲しい。
「狂気の源はそなただ。そなたの肌から昇る匂いは、あらゆる男の心を惑わせる」
「黙れッ」
「ははは……」
 少しの緊張も感じられない、悠然たる笑い声に、ラギスは目の昏むような怒りを覚えた。
「その気になれば、国中の雄を一人残らずとりこにできるだろうな、聖杯?」
「俺を聖杯と呼ぶんじゃねェ!」
「何をいう? 現に私の騎士を骨抜きにしているではないか」
 シェスラは、嗜虐的な笑みを口に溜めていた。
 屈辱に震えるラギスが視線を伏せると、アレクセイと目が遭った。驚くことに、彼の瞳のなかに悔いが見えた。ヴィシャスを見れば、彼の顔にも後ろめたさが浮いている。
(――憐れまれている?)
 思い至った瞬間、いいようのない漠とした感情が迸った。精神の限界を超え、瞬時に躰中の血液が燃えあがる。
「うぐ……ぁッ」
 腕や手の毛が伸び、四肢の骨格は変形しようと悲鳴をあげた。
「やめておけ」
 鉄の枷に苦しむラギスを見て、淡々とシェスラはいった。
 ゆったりとした足取りで寝台の前にやってくると、服を脱ぎ、雄々しく猛った躰をラギスに見せつける。
「そなたは聖杯。王を満たす聖杯だ……」
 ラギスをもてあそんでいた無数の手は離れ、王が後ろから覆い被さってきた。困惑と恐怖に、ラギスの全身はおこりのように慄え始めた。
「私を満たせ」
 耳朶に囁かれ、一気に貫かれた。
「あぁ――ッ!」
 荒い息遣いと共に、騎士達の手が再び伸びてくる。
「ッ、触るんじゃねェ! やめろ! やめろォッ!!」
 気が狂いそうだった。
 躰の深くを貫かれながら、胸を弄られ、屹立にも舌と指を這わされる。一斉に攻め懸かられて、ラギスは低く呻いた。
(殺してやる……ッ)
 峻烈しゅんれつな憎悪だけが、ラギスを繋ぎ留めている。
 そうでもなければ、快楽という名の絶望のふちに呑みこまれてしまいそうだった。