月狼聖杯記

12章:ラピニシア - 5 -

 曇天に紛れて、凶々まがまがしい弾丸が、死の一撃を加えようとしている――鋭い閃光がひとみに光った。
 シェスラは双剣を交差させ、神経と筋肉を張りつめさせ、刀身を煌めかせた。
 弾丸を真っ二つにかち割る!
 命中精度を誇る狙撃部隊が、続けて弾丸を放ったが、シェスラは刃で受け流し、一つを割り、最後の一弾は敵兵を盾にして防いだ。並の月狼では、こうまで迅速な行動をとれるものではない。
「大王様ッ!!」
 屈強な護衛が取り囲むが、小さな鉛玉は盾と鎧の隙間を縫うように飛来し、肉体を貫いた。それでもなお、命を棄てて王の盾になる。
よろえッ!」
 シェスラが鋭く命じると同時に、後方から駆けてきた四脚の鎧月狼隊が主を背に庇った。そのまま主の動きにあわせて、雪源を疾駆する。
「ラファエルッ!」
 すぐさまラフェエルは応召し、身を低くしながら共に駆けた。
 オルドパの敗走に気が逸ったことを、シェスラは冷静に受けとめ、霊感を巡らせた。
 ここは用意された狩場・・・・・・・だ。
 一面の雪原は森寂しんと静まり、影は見当たらない。だがここは敵の間合い――雪原に秘された死の舞台だ。
(私を踊らせるつもりか。いいだろう、首級わたしが欲しければ、死ぬ気で踊るがいいッ)
 雪原に銃筒が煌くのを、シェスラたちは研ぎ澄まされた霊感に捉えた。暗黙の了解で、狙撃手の潜む塹壕ざんごうをめがけて駆ける。
 放たれた銃弾を、月狼が鋼兜で弾いた。間合いをぐんぐんつめ、ついに月狼が飛びこむと、塹壕に伏した兵士は一瞬混乱をきたした。細長い銃口をあげるが、
「狙えッ……ぎゃッ」
 警句の声は、悲鳴に変わった。隣にいた兵士は、必死の形相で銃口を向ける。だが、次に飛びこんできた月狼の爪の餌食になった。
「ぎゃあァッ!!!」
 また別の兵士が、ひきがねに指をかけた。弾道は逸れ――銀色の閃きを目線で追いかけ――水晶の瞳と遭った。
「ぐァッ……」
 ふたつの白刃が閃き、血飛沫を噴きあげながら、兵士が倒れる。まざまざと目の当たりにした兵士が、味方に知らせようと、
「セルトの王だッ!! ここに――ッ」
 叫ぶも、背後からラファエルに喉を裂かれ、自らの血の池に沈んだ。
「殲滅せよ」
 シェスラが鋭く命じると、御意。ラファエルは短剣を手に、踊りでた。
 敵は死の予感に浸されながら、剣を抜くほかなかった。進退の自由のない塹壕で、長銃は装填に時間かかりすぎるのだ。
 狭い空間の戦闘に、小柄なラファエルは適していた。
 短銃を執った兵が引き金を引いたが――銀の閃光が走る弾丸よりもはるかに速く、白刃の切っ先は、敵をたおす!
「ぎゃあァッ!!」
 敵の総大将が、こんなところにいるはずがない――疑った兵は、白銀の閃きを目の当たりにして、初めて理解した。だがそれは己の最期の時であり、後衛に伝えるべくもなく、自らの血の池に沈むのだった。
 乱戦死闘のなか、シェスラは神速双剣を巧みに操り、飛燕ひえんのように、はやぶさ)< /rp>のように、或いは稲妻のように、剣の閃くところ、雪崩にのみこまれるがごとく敵はばたばたと倒れてゆく。
 深い堀には赤い血が沁みこみ、瞬く間に累々、かばねの山が築かれた。
 塹壕に首級がいるとわかるや、敵も非常な怒りの怒号を爆発させ、集中放火を浴びせようとした。
「敵だッ!」
「セルトの王がいるぞ!」
 あらゆる声が和してときをつくる。
「倒せ!」
「ここにいるぞッ!」
 極限の際に追い詰められた者の、死に物狂いの響きだった。
 あとを追いかけていたラギスは、雪崩こむような敵の動きを察知し、鋭い閃光を眸に光らせた。
 王の絶体絶命の窮地を見てとるや、ラギスは、同じ気持ちなのか隣を追走する王の愛馬の手綱を握り、クィンの鞍のうえに立った。
 その光景は周囲の度肝を抜いた。ラギスは二頭の鞍上に屹立し、一つの馬体のように操っているのだ。
 無謀! 無謀!
 だが、俊足に追いつける者なしッ!
 二倍馬力で天空と地のあわいを翔ける。戦神と畏怖したのか、かちの群れがラギスに道を譲る。
「はっ!」
 威放つラギスの声に、乗り手を失った馬たちが、ラギスのあとを追走し始めた。仲間が走る。我も走ろう――それが馬の本能だ。
 血に倒れた重傷者や死者を馬の蹄が踏みにじる。
 一個団にも及ぶ馬を率いたまま、ラギスは塹壕を狙う敵に突っこんだ。
 その間をロキ、ヴィシャスらが分散して駆け抜け、馬を扇状に走らせ、さらに敵にぶつけた。
「ぎゃあァッ!!」
 弾丸のごとし馬の突進に、四方から悲鳴があがった。
 馬蹄に踏み潰された敵を、また別の馬が、軍靴が踏み倒しながら、戦場を狂乱的に疾駆する。
 雪の大海原は、月狼の合戦場と化し、蒼白い新雪を真紅のまだらに染めあげた。
 敵は慌ただしく銃口を向ける――が、遅い! とっさに二段撃ちの隊形はとれず、最大速で突貫してくる月狼によって粉砕された。
「ぐッ、ぎゃぁッ」
 四肢を食いちぎられ、首をへし折られ、銃隊は蹂躙された。
 にわか武器を本番に用いるのは、実際難しい。
 布陣の睨みあい段階において銃隊は偉大だが、白兵戦になっては、かえって足を引っ張ってしまうのだ。
 オルドパは雪源の仕掛けにより、シェスラの追走からは逃れたが、彼の命運は既に決していた。
 火蓋を切って落とした大将自ら、熾烈極める前線をなげうって、我が身かわいさに戦場を放棄したのである。
 これにはアレッツィア勢も愕然とさせられた。
 残された直属の将兵はもとより、アレッツィアにくみする合併軍の戦意が揺らぐのも無理はなかった。
 自分たちはいったい、何のために戦っているのか――大義名分は曖昧模糊あいまいもこと化した。
 指揮官の潰走により、アレッツィアの心は折れたのだ。
 ラピニシア大勝利まであと一歩。
 勢いにのったシェスラ率いる混成軍は、完膚なきまでにアレッツィア軍を敗走させた。