メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

7章:ニーレンベルギア邸襲撃 - 6 -

 ユリアンは天使めいた容貌に反して、非常に力が強い。掴まれた腕を振り払えず、ティカは引きずられるようにして通りを歩いている。

「待ってよ、どこへ行くの!?」

「マスターに、ティカを連れてくるよう言われています」

 ユリアンは、捕獲完了と微笑んだ。一方、ティカは蒼白になった。眼をこれでもかと見開く。

「マスターって、まさか……ジョー・スパーナ?」

 神よ、どうか否定であれと心の底から願う。

「はい」

 彼は微笑みを浮かべたまま即答し、ティカを絶望させた。

「なんでッ!?」

「さぁ……彼は随分とティカに執着しているから」

 いかにも不思議そうに呟くと、ユリアンはティカの全身に視線を走らせ、解せぬ、とばかりに首を捻った。

「なんで……?」

 リダ島の件で復讐しにきたのだろうか?
 オリバーを撃ったジョー・スパーナが悪いとはいえ、ティカは彼の脇腹を剣で刺したことがある。

「言っておきますが、キャプテン・ヴィヴィアンを追い駆けて入国したわけではありませんよ。別件です。とはいえ、ティカを見つけからには、見過ごせないのですが……」

「なんでッ!?」

 少年の気軽い口調に、ティカは噛みつかんばかりに吠えた。

「本人に聞いてください。すぐに会えますから」

「嫌だよ!」

 慌てて腕を振り払ったけれど、思わず呻くほどの力で手首を握りしめられた。

「暴れないでください」

「無茶言わないでよっ」

 広い通りに出た後も、ティカは声を荒げてわめいたが、道行く人の眼には子供が喧嘩しているように映るらしい。気にも留めず通り過ぎていく。
 腰に差した短剣を抜くべきだろうか。しかし、彼の壮絶な一面を目の当たりにしても、天使のような容貌を見ていると敵意が揺らぐ。
 こんなにも清楚な容貌をしているのに……
 葛藤するうちに、ユリアンの手配したらしい黒塗りの車に押し込められた。エーテル機関の自動車だ。
 初めて乗るティカは、状況を忘れて、動く機械の乗り心地に夢中になった。

「急に大人しくなりましたね」

 我に返って隣を見ると、ユリアンは可笑しそうに瞳を細めて、ティカを見ていた。

「お、下ろしてくれる?」

「走っているのに?」

「じゃあ、着いたら下ろしてくれる?」

「もちろん、着いたら下ろしてさしあげますよ」

「本当?」

「ええ」

 天使のような微笑につられて、ティカもえへと笑みかけ……会話の齟齬そごに気がついた。

「やっぱり、今下ろしてくれる?」

 美貌の少年はくすりと微笑して、変な子、と呟いた。思わず、ティカは変な顔をした。

「ユリアンの方が絶対に変だよ」

「そうですか?」

「女の子かと思ったら男だし、昨日は助けてあげないとって思ったのに、実は強いし、海賊だし、おまけにジョー・スパーナの手先だし……」

 ぶつぶつ呟くと、少年は透明な美貌に艶を乗せて笑んだ。

「皮一枚に囚われ過ぎです。ティカに限ったことではありませんけれど……私はすぐにティカに気付きましたよ」

「そうなの?」

「無限幻海から生還したエステリ・ヴァラモン海賊団は、注目の的ですから。キャプテン・ヴィヴィアンは元から有名でしたけれど、最近は隣に立つ小さな海賊にも注目が集まっているんです」

「僕のこと……?」

 訝しげに問いかけると、そうですよ、と首肯された。