メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

7章:ニーレンベルギア邸襲撃 - 11 -

 突然、廊下から耳をろうする爆破音が聞こえた。
 煙幕の中から、飛び込んできた二つの影――ヴィヴィアンとロザリオは稲妻のように走り、ジョー・スパーナが拳銃を構えるよりも早く、左右から挟撃きょうげきする!
 男は腰を落としてかわし、跳躍で距離を取った。壁に背を向け、平衡バランスを整える。
 影を縫い止めるようにロザリオは男と対峙し、ヴィヴィアンはティカに駆け寄った。

「ティカッ!」

 椅子に縛られたティカを見るなり、ヴィヴィアンは顔を歪めた。身体は青い燐光に包まれ、青い双眸に金色の光彩が燃え上がる。

「――ジョー・スパーナァッ!!」

 鋭い咆哮を上げて、身を翻すや、ナイフをなげうつ!
 瞬閃――弾丸のような一閃を、ジョー・スパーナは首を傾けて紙一重に躱す。恐ろしく切れ味の良いナイフは、男の頬を裂いて壁に突き刺さった。
 空気は一瞬にして凍りつく。
 鋼のような勁烈けいれつな視線が交錯し、二人の間に火花が散った。
 隻眼の男は口元に辛辣な微笑を刻むと、ヴィヴィアンを射殺しそうな視線で貫いた。

「無垢な子供を手懐けるのが趣味か」

「手を出しておいて、よく言うよ」

 同じく冬の夜露を思わせる視線で、ヴィヴィアンは痛烈に嘲笑った。ティカの戒めを解いて、服の乱れを素早く直す。丈の長い上着でぐったりしたティカをくるむと、力強い腕で横抱きに持ち上げた。

「こちらの台詞だ、青二才ルーキー

 男は、ロザリオの牽制に身動きを封じられながらも、忌々しそうに銃身を撫でた。
 真鍮色に光る銃身を見て、ティカは不意にオリバーが撃たれた時のことを思い出した。

「キャプテン……」

 掠れた声で囁くと、ヴィヴィアンだけでなくジョー・スパーナまでティカに視線をよこした。

「ティカは渡さない」

 男の視線を断ち切るように、ヴィヴィアンは告げた。

「ならば奪うまで」

「海賊が陸の上で一戦やるのかい? そんな野暮を言う男じゃないと思ったけど」

「ティカを渡すなら、見逃してやろう」

 男の言葉に、ヴィヴィアンは眉をひそめた。

「やけに執着するなぁ……ティカ、もしかして魔法使った?」

「アイ……」

 応えた途端、ヴィヴィアンの纏う空気が一段と冷気を帯びる。冷ややかな眼差しで見下ろされ、ティカは腕の中で縮みあがった。

「そう……後で覚えておけ」

 怖くて返事もできない。ヴィヴィアンは不機嫌な視線を、そのまま隻眼の男に向けた。

「俺達を安全に帰してくれるのなら、礼はするけど? どう?」

 酔客すいきゃくから最高の冗談を聞いたかのように、男は鼻で嗤った。

「その言葉、そのまま返してやる。ティカを置いて行くのなら、生きたまま帰してやってもいい」

「意見が合わないな」

「……おい、キャプテン。闘うのか、逃げるのかどっちだ」

 油断なく銃を構えながら、焦れたようにロザリオは口を挟んだ。

「交渉決裂だね。強行突破しようか」

 吐息と共にヴィヴィアンが結論を口にすると、

「随分なめられたものだ。たった二人で、逃げられると思っているのか?」

 嘲るようにジョー・スパーナは問いかけた。ティカに視線をやりながら、足を踏み出す。
 刹那、窓硝子が割れて、床石を穿うがつ破裂音が鳴った。

「――二人?」

 塵埃じんあいが陽光を神秘的に反射する中、ヴィヴィアンは凄艶な笑みを浮かべた。
 窓の外をよく探せば、至る所に陽の光を弾く銃口が見える。ヴィヴィアンがあらかじめ配置した戦闘員達だ。
 しかし、有利には至らない。
 廊下を駈ける複数の足音が聞こえてくる。ここは敵地のど真ん中。戦闘準備をしているのは、ジョー・スパーナも同じこと――

「ならば、歓迎してやろう」

「ロザリオ」

「アイアイ、キャプテンッ」

 端的な呼びかけに、ロザリオは不敵な笑みで応える。二丁拳銃の代わりに、腰のホルターから、鋸刃のこばのついたダガーを二本抜刀し、両手に構えた。