メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
3章:古代神器の魔法 - 1 -
ヘルジャッジ号から飛び出したヴィヴィアンは、手に持っていた鋼の板を海上に浮かべて、ティカを抱えたまま器用に飛び乗った。一瞬で沈没すると思ったが――
「何で!?」
不思議とそうはならなかった。鋼の板は、まるで飛魚のように水平に滑空し始めたのだ。
「大丈夫。エーテルで動く魔導ホバーボードだから」
「すごいっ!!」
ホバーボードの裏面には、二つのローターが取り付けられており、加速と共に海面をけば立たせた。数メートルはある水飛沫が噴き上がり、海上に細かな狭霧が舞う。
「高かったんだよ、これ。しっかり掴まってな。首は締めるなよ」
「アイッ」
ヴィヴィアンは背中にしがみつくティカと、自分の胴をロープで縛った。ロープはてっきり、滝を降りる為に使うのだと思っていたが、違うらしい。
耳を激しく聾 する濁流音。海に落ちゆく滝は、ティカ達の眼前に迫っている。
ティカは胸を締めつけられるような緊張感に襲われた。最早、言葉を発する余裕はない。ジョー・スパーナや大艦隊よりも、冥府の怪物のような、深淵の滝の方が遥かに恐ろしい。
「しっかり掴まってな!」
ついに足元から海面が消えた。海の崖に飛び出し、一瞬、宙に浮いたように感じる。そのまま落下するかと思いきや、進行方向を直角に折れ曲がり、絶壁を滑り落ち始めた。
「あぁ――っ!!」
ティカは見下ろす双眸を、これでもかというほど見開いて、絶叫を上げた。全身の肌は、恐怖に粟立っている。
「はっは――っ」
一方ヴィヴィアンは、恐怖など微塵も感じていないらしい。楽しそうに声を上げている!
滝はかなり深い。
ティカは始めこそ恐怖に絶叫したが、落下距離があまりにも長すぎるので、次第に落下速度に身体が馴染んだ。おかげで悲鳴は引っ込んだが、絶体絶命であることに変わりはない。
「激突するよっ!?」
「大丈夫、羽のように着地してみせる」
「どうやって――っ!?」
地面激突まで、カウントダウンだ。
奈落の底には、落下した戦艦や海賊船が見るも無残な姿で砕け散っている。このままでは、ティカ達も同じ運命だ。
落下を止める術はない。白い砂浜が限界まで迫ると、ティカはいよいよ観念して固く瞳を閉じた。
しかし――
眼を閉じた途端、ふわっと風を感じた。真下から、風船のような上昇気流に受け止められ、落下速度は瞬く間に相殺される。
眼を開けると、金色の粒子が大気に舞って、光の環 を成していた。大気中のエーテルが燐光しているのだ。
「えっ!?」
「ほらね」
ヴィヴィアンは少しも驚かず、優雅に着地した。ロープを解いて、ティカも降ろしてくれる。
ふと、以前にも、彼は魔術師ではないかと思ったことを思い出した。そういえばオリバーも、ヴィヴィアンはリッキンベル魔法魔術学校を卒業したと話していた。きっとそこで、不思議な魔術をたくさん学んだに違いない。
「キャプテン、すごい!」
「ありがとう」
果たしてヴィヴィアンの言った通り、二人は“羽のように”白い砂の上に降り立った。誰も辿り着いたことのない、伝説の“星明かりの島”に辿り着いたのだ。
「わぁ……」
砂でできた小島周辺は、うっすら海水で覆われているものの、水溜まりくらいの深さしかない。
周囲をぐるりと分厚い海水の壁に囲まれており、今さっき滑り落ちてきた、怒涛の水流は、不思議と時を止めたかのようにピタリと止まっている。水壁の奥には、悠々と泳ぐ鯨や熱帯魚の群れが透けて見える。
なんとも幻想的な光景だ。
白い砂はキラキラしていてとても綺麗だが、想像していたような金銀財宝や、宝箱の山はなかった。
不思議な淡い光が、ぽつんと小島の中央に浮いているだけ……他には何もない。
「ここが、星明かりの島……」
「はーっ、感無量だよ。皆にも見せてやりたい」
ヴィヴィアンの言葉にティカも深く頷いた。想像していたような財宝は見当たらないが、この幻想的で摩訶不思議な光景には、一見の価値がある。
「キャプテン、あの光は何でしょう?」
少し大きめの浮き玉くらいの大きさで、見えない糸で空から吊るされているように、宙に浮いている。正体は不明だが、なぜかとても心惹かれる。触れたくてたまらない……
「すごいな、エーテルの塊だよ、これ……」
ヴィヴィアンが手を伸ばして触れようとした途端、パチッと青い電流が走った。
「痛っ」
「キャプテン!?」
「……なるほど? 俺に下心があるから、触らせないって?」
ヴィヴィアンは物言わぬ光に対して、凄んでみせた。不満そうに光の玉を睨んでいる。
「キャプテン、触らない方がいいですよ」
少し手を伸ばしただけで、指先を火傷したのだ。無理に触れれば、もっと酷いことになるかもしれない。
「――よし、ティカ、触ってごらん」
何が、よし、なのだろう。慄 くティカの肩を、ヴィヴィアンはぐっと押さえた。
「何で!?」
不思議とそうはならなかった。鋼の板は、まるで飛魚のように水平に滑空し始めたのだ。
「大丈夫。エーテルで動く魔導ホバーボードだから」
「すごいっ!!」
ホバーボードの裏面には、二つのローターが取り付けられており、加速と共に海面をけば立たせた。数メートルはある水飛沫が噴き上がり、海上に細かな狭霧が舞う。
「高かったんだよ、これ。しっかり掴まってな。首は締めるなよ」
「アイッ」
ヴィヴィアンは背中にしがみつくティカと、自分の胴をロープで縛った。ロープはてっきり、滝を降りる為に使うのだと思っていたが、違うらしい。
耳を激しく
ティカは胸を締めつけられるような緊張感に襲われた。最早、言葉を発する余裕はない。ジョー・スパーナや大艦隊よりも、冥府の怪物のような、深淵の滝の方が遥かに恐ろしい。
「しっかり掴まってな!」
ついに足元から海面が消えた。海の崖に飛び出し、一瞬、宙に浮いたように感じる。そのまま落下するかと思いきや、進行方向を直角に折れ曲がり、絶壁を滑り落ち始めた。
「あぁ――っ!!」
ティカは見下ろす双眸を、これでもかというほど見開いて、絶叫を上げた。全身の肌は、恐怖に粟立っている。
「はっは――っ」
一方ヴィヴィアンは、恐怖など微塵も感じていないらしい。楽しそうに声を上げている!
滝はかなり深い。
ティカは始めこそ恐怖に絶叫したが、落下距離があまりにも長すぎるので、次第に落下速度に身体が馴染んだ。おかげで悲鳴は引っ込んだが、絶体絶命であることに変わりはない。
「激突するよっ!?」
「大丈夫、羽のように着地してみせる」
「どうやって――っ!?」
地面激突まで、カウントダウンだ。
奈落の底には、落下した戦艦や海賊船が見るも無残な姿で砕け散っている。このままでは、ティカ達も同じ運命だ。
落下を止める術はない。白い砂浜が限界まで迫ると、ティカはいよいよ観念して固く瞳を閉じた。
しかし――
眼を閉じた途端、ふわっと風を感じた。真下から、風船のような上昇気流に受け止められ、落下速度は瞬く間に相殺される。
眼を開けると、金色の粒子が大気に舞って、光の
「えっ!?」
「ほらね」
ヴィヴィアンは少しも驚かず、優雅に着地した。ロープを解いて、ティカも降ろしてくれる。
ふと、以前にも、彼は魔術師ではないかと思ったことを思い出した。そういえばオリバーも、ヴィヴィアンはリッキンベル魔法魔術学校を卒業したと話していた。きっとそこで、不思議な魔術をたくさん学んだに違いない。
「キャプテン、すごい!」
「ありがとう」
果たしてヴィヴィアンの言った通り、二人は“羽のように”白い砂の上に降り立った。誰も辿り着いたことのない、伝説の“星明かりの島”に辿り着いたのだ。
「わぁ……」
砂でできた小島周辺は、うっすら海水で覆われているものの、水溜まりくらいの深さしかない。
周囲をぐるりと分厚い海水の壁に囲まれており、今さっき滑り落ちてきた、怒涛の水流は、不思議と時を止めたかのようにピタリと止まっている。水壁の奥には、悠々と泳ぐ鯨や熱帯魚の群れが透けて見える。
なんとも幻想的な光景だ。
白い砂はキラキラしていてとても綺麗だが、想像していたような金銀財宝や、宝箱の山はなかった。
不思議な淡い光が、ぽつんと小島の中央に浮いているだけ……他には何もない。
「ここが、星明かりの島……」
「はーっ、感無量だよ。皆にも見せてやりたい」
ヴィヴィアンの言葉にティカも深く頷いた。想像していたような財宝は見当たらないが、この幻想的で摩訶不思議な光景には、一見の価値がある。
「キャプテン、あの光は何でしょう?」
少し大きめの浮き玉くらいの大きさで、見えない糸で空から吊るされているように、宙に浮いている。正体は不明だが、なぜかとても心惹かれる。触れたくてたまらない……
「すごいな、エーテルの塊だよ、これ……」
ヴィヴィアンが手を伸ばして触れようとした途端、パチッと青い電流が走った。
「痛っ」
「キャプテン!?」
「……なるほど? 俺に下心があるから、触らせないって?」
ヴィヴィアンは物言わぬ光に対して、凄んでみせた。不満そうに光の玉を睨んでいる。
「キャプテン、触らない方がいいですよ」
少し手を伸ばしただけで、指先を火傷したのだ。無理に触れれば、もっと酷いことになるかもしれない。
「――よし、ティカ、触ってごらん」
何が、よし、なのだろう。