メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

1章:出会いと出航 - 9 -

 ヴィヴィアンの熱の入った実況に、ティカは唾を呑みこんだ。
「ブラッキング・ホークスの長距離砲撃は脅威だよ。蜂の巣にされた海賊船は数知れない。でも、俺が少しも恐れずに奴を追いかけたのは、もちろん勝算があるからだ。照準つき長距離砲を二十門、甲板には十基もの可動式旋回砲塔を搭載してある。奴らが船腹を晒してくれたところを、船首を向けたままドカンッドカンッ!」
 ヴィヴィアンは、敵に見立てたチョコレート菓子をぴしっと指ではじいた。ティカの手に当たって止まったそれを、ティカはそっと摘まんでテーブルの中央に戻した。
「沈めたんですか?」
「目的は“無限幻海の鍵”だからね。完全に沈めたら奪えない、適当に戦力をくじいただけさ」
「ヘルジャッジ号は一発も食らわなかったんですか?」
「もちろん。ばっちり先制がきまったからね。向こうは穴を塞ぐのに大忙しだったと思うよ」
 そういって彼は、余裕綽々しゃくしゃくの表情でほほえんだ。
「すごいなぁ、相手は何隻もいたのに」
「量より質だよ。うちは装備もいいけど、大砲隊員の腕もいい。大迫力の一斉砲撃で仲間の声は通らないし、大砲のとどろきで波音も帆布はんぷがはためく音もかき消える。でも、味方の呼吸は不思議と判るんだ。火薬をつめて次から次へと発砲! 逃げる暇なんて与えない。流れるような作業で敵を袋叩きだ」
 ティカは憧憬の眼差しでヴィヴィアンを見つめた。出会って間もないが、この若く美しい、魅力的な海賊に、惹きつけられずにはいられない。
「僕なんて、銃を見たのも初めてなのに。皆、恐くないのかな?」
「向き不向きはあるけど、戦闘時は、オリバーも火薬の補給係をしてるよ」
「えっ」
「うちの船員は、ほぼ全員そのまま戦闘員だからね。非戦闘員でも、戦闘が始まれば何かしら手伝ってもらう。とはいえ……ティカは船に乗ったこともないんだよね。剣を持ったことは?」
「ありません」
「航海中に、何でもいいから剣の使い方くらい覚えておきな」
「アイ、キャプテン」
「それに、もうちょっと太らないとね。風が吹いたら飛ばされそうだ」
 自分でも貧相だと思っている、首筋や肩に碧眼が注がれるのを感じて、ティカは恥ずかしくなった。海賊への道のりは遠そうだ。
「海戦は何も遠距離からの砲撃合戦とは限らない。ジョー・スパーナの時も、最後は接舷せつげんして攻めこんだからね。剣技を身に着けておいて損はないよ」
「……」
 沈黙するティカを見て、ヴィヴィアンは慰めるように言葉を継いだ。
「まぁ、他の海賊船に比べたら、戦闘は少ない方だと思うよ。実のところ、俺達は積極的に襲ったりはしないんだ。商船の護衛を買って出るくらいだよ」
「海賊船なのに?」
「俺は冒険も好きだけど、商売も好きでね。元は有能な海上商人である為に、武装したことが始まりなんだ」
「そうなんですか?」
「うん。海賊の略奪行為から身を守る為の自衛だね。この船の海賊旗ジョリー・ロジャーに天秤が入っているのは、俺達は商船だよっていう一種の冗談ジョークなのさ」
「冗談?」
「黒塗りのいかつい武装帆船、舷側げんそくにずらりと並んだ砲門を見れば、大抵の海賊は警戒してくれる。商船だなんて誰も思わないだろう?」
「この船は、商業船なんですか!?」
「いいや、そういうわけでもない。無限海の夢を追いかけて航海もするし、今回みたいにやられたら、きっちり報復もするからね」
「キャプテンも攻めこんだんですか?」
「もちろん」
「ジョー・スパーナと戦ったの!?」
「そうとも」
 自信たっぷりの即答に、ティカは目を輝かせた。武勇談を期待して待っていると、ヴィヴィアンはたっぷり間を空けてから口を開いた。
「……ジョー・スパーナは前部帆柱フォア・マストの下で暴れていた。鋭いレイピアを巧みに操り、たったの一突きで、心臓を串刺しさ。洗練された外見に反して、悪魔のような男だ」
「怖いですね」
「ああ。俺はジョー・スパーナを無視して、昇降階段に走ったんだ。ところが降りる間際に目が合ってしまった――奴はすごい剣幕で追いかけてきたよ。俺は散弾銃ショットガンも拳銃も全弾撃ち尽くしていたから、カトラスを抜いたんだ」
 ヴィヴィアンは二粒のチョコレートを自分と敵に見立てて、剣戟けんげきを再現するように打ちつけた。
 敵に見立てたチョコレート菓子をぴしっと指ではじくと、テーブルの上を転がり、ティカの手に当たって止まった。
「勝ったの!?」
 チョコを指で摘まみ、再びテーブルの中央に戻しながら、ティカは期待に瞳を輝かせた。
「まぁね。肩に穴開けて、船縁ふなべりから落としてやった。後はシルヴィーと船長室にお邪魔して、めでたく“無限幻海の鍵”を取り返したわけだ」
 首から下げた羅針盤を持ちあげて、ヴィヴィアンはにやりと笑う。
 ティカは興奮し、大いに想像を掻き立てられた。ジョー・スパーナは怒り心頭だろう。水面から顔をだして、ヴィヴィアンに罵声を浴びさせる光景が目に浮かぶようだ。
「ブラッキング・ホークス海賊団は、さぞ怒っているでしょうね」
「怒ってるなんてもんじゃない。ボロボロにしてやったのに、嵐のなか、もう俺達に追いつこうとしているんだから。ぶち殺してやる! っていう執念を感じるよね。見つかったらただじゃ済まされない」
 物騒な言葉に、ティカはぶるりと震えた。
「……怖くないんですか?」
「強い敵と戦うのは好きだよ」
 ヴィヴィアンは少しも臆した風はなく、むしろ楽しそうに笑った。