メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
13章:十五歳の恋人 - 3 -
潜水から数日後。茜射す夕暮。
有能な細工師であるアマディウスは、原石を正確にカットし、いくつかを宝石として仕上げた。
この世ならざる煌めきを放つエメラルドを格納する為に、朝の当直を終えたティカは、ヴィヴィアンに呼ばれて共に宝物庫へ足を踏み入れた。
装甲鉄板に守られた厳つい扉の向こうは、煌びやかな博物館そのものだ。
エメラルド・カットのように、四方を切り落とした天井は、床から高さ五メートルはあろう。
繊細な幾何学模様で飾られた天井、壁面に取り付けられた硝子製の照明が、所狭しと並べられた、貴重な宝物の数々を照らしている。
大理石や真鍮の素晴らしい石像。歴史を思わせる骨董。壁面に立てかけられた、油性の絵画。
特に硝子箱に商品札と共に、整然と並べられた宝石達は息を呑むほど素晴らしい。
研磨されて、至上の光芒を放つ石たちの美しいこと。
この部屋に一人で立ち入ることのできないティカは、誰かの後ろについて足を踏み入れる機会に恵まれる度に、しばしば時間も忘れて呆けたように見入ってしまう。
言葉も忘れて夢中になるティカを見て、ヴィヴィアンは可笑しそうに微笑した。
「そうしていると、アマディウスみたいだ」
「え?」
「宝石に夢中って顔をしている」
「だって、すごく綺麗だから……」
「ティカはどんな宝石が好き? ダイヤモンドかな?」
耳に揺れる涙滴 型の石を見つめて、彼は微笑んだ。ティカもつられたように微笑む。
「ダイヤモンドはもちろん好きだけど、ブルーホールに潜ったから、エメラルドもすごく好きになりました。それから……」
「うん?」
「青金石色 」
「へぇ、よく知っているね」
感心したような口ぶりのヴィヴィアンを見上げて、ティカは微笑んだ。
「工房でアマディウスに見せてもらったから。青い石の中に、金色の星が無数に散らばっていて……ヴィーの瞳みたいだなって、思ったんです」
「そう?」
美しい顔で微笑む、年上の恋人を見上げて、ティカは頷いた。穏やかな眼差しに映りながら、彼は本当に宝石のようだと密かに思う。
「ティカに言われると、嬉しいものだな……」
含みのある言い方に首を傾けると、彼は微苦笑を浮かべた。何でもないというように、軽く首を振る。
目線を手元に戻し、宝石に札をつけて棚に並べる姿を見ながら、閃いた。
ティカに思いつく賛辞や告白など、彼はこれまでの生において、それこそ流星雨のように浴びてきたことだろう。
たった今の言葉も、他の誰かが、とうの昔に彼に捧げているに違いない……
「――ティカ?」
不意に流れた沈黙が気になったのか、ヴィヴィアンは作業の合間に、ティカを振り向いた。
我に返るなり、ティカは意味もなく姿勢を正した。思いのほか、沈んでいたらしい。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも……」
自然に呟いたつもりであったが、彼はいよいよ手を休めると、ティカの前にやってきた。優しい手つきで黒髪を撫でる。
「元気がない。どうしたの?」
「ううん」
ぎこちなく首を左右に降ると、いつもするように額に口づけられた。優しい、あやすような触れ方だ。
「まだ浮かない顔してる」
「……」
誤魔化したくても、器用に笑みを作れないティカは、視線を伏せた。しかし、おとがいを手に掬われて、ヴィヴィアンの青い瞳に見下ろされる。
「俺のせい?」
「違います。僕……」
言葉が続かない。こういう時、己の口下手を呪いたくなる。上手に伝えられない。どう言葉にすればいいか判らない。せめて彼の半分でも頭が良ければ、もう少し気の利いたことを言えるのに。
「焦らないで、言ってごらん?」
穏やかな眼差しと口調に励まされて、ティカの焦燥は幾らか落ちついた。ゆっくり口を開く。
「ヴィーの瞳は青金石色って……」
「うん?」
「そう思ったのは、僕だけじゃなくて……僕なんかより、もっとずっと素敵な言葉を、他の誰かは思いつくことができて……」
宝石のような瞳を瞠った後、ヴィヴィアンは嬉しそうに微笑んだ。美しい微笑に、ティカは少々狼狽える。
頭の良い彼なら、ティカのたどたどしい説明で、言わんとすることを理解できたろう。しかし、彼は促すように口を開く。
「それで?」
「きっと……ヴィーは、いっぱい言われたことがあって……えっと、つまり……?」
次第に、何を言いたいのか判らなくなってきた。
有能な細工師であるアマディウスは、原石を正確にカットし、いくつかを宝石として仕上げた。
この世ならざる煌めきを放つエメラルドを格納する為に、朝の当直を終えたティカは、ヴィヴィアンに呼ばれて共に宝物庫へ足を踏み入れた。
装甲鉄板に守られた厳つい扉の向こうは、煌びやかな博物館そのものだ。
エメラルド・カットのように、四方を切り落とした天井は、床から高さ五メートルはあろう。
繊細な幾何学模様で飾られた天井、壁面に取り付けられた硝子製の照明が、所狭しと並べられた、貴重な宝物の数々を照らしている。
大理石や真鍮の素晴らしい石像。歴史を思わせる骨董。壁面に立てかけられた、油性の絵画。
特に硝子箱に商品札と共に、整然と並べられた宝石達は息を呑むほど素晴らしい。
研磨されて、至上の光芒を放つ石たちの美しいこと。
この部屋に一人で立ち入ることのできないティカは、誰かの後ろについて足を踏み入れる機会に恵まれる度に、しばしば時間も忘れて呆けたように見入ってしまう。
言葉も忘れて夢中になるティカを見て、ヴィヴィアンは可笑しそうに微笑した。
「そうしていると、アマディウスみたいだ」
「え?」
「宝石に夢中って顔をしている」
「だって、すごく綺麗だから……」
「ティカはどんな宝石が好き? ダイヤモンドかな?」
耳に揺れる
「ダイヤモンドはもちろん好きだけど、ブルーホールに潜ったから、エメラルドもすごく好きになりました。それから……」
「うん?」
「
「へぇ、よく知っているね」
感心したような口ぶりのヴィヴィアンを見上げて、ティカは微笑んだ。
「工房でアマディウスに見せてもらったから。青い石の中に、金色の星が無数に散らばっていて……ヴィーの瞳みたいだなって、思ったんです」
「そう?」
美しい顔で微笑む、年上の恋人を見上げて、ティカは頷いた。穏やかな眼差しに映りながら、彼は本当に宝石のようだと密かに思う。
「ティカに言われると、嬉しいものだな……」
含みのある言い方に首を傾けると、彼は微苦笑を浮かべた。何でもないというように、軽く首を振る。
目線を手元に戻し、宝石に札をつけて棚に並べる姿を見ながら、閃いた。
ティカに思いつく賛辞や告白など、彼はこれまでの生において、それこそ流星雨のように浴びてきたことだろう。
たった今の言葉も、他の誰かが、とうの昔に彼に捧げているに違いない……
「――ティカ?」
不意に流れた沈黙が気になったのか、ヴィヴィアンは作業の合間に、ティカを振り向いた。
我に返るなり、ティカは意味もなく姿勢を正した。思いのほか、沈んでいたらしい。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも……」
自然に呟いたつもりであったが、彼はいよいよ手を休めると、ティカの前にやってきた。優しい手つきで黒髪を撫でる。
「元気がない。どうしたの?」
「ううん」
ぎこちなく首を左右に降ると、いつもするように額に口づけられた。優しい、あやすような触れ方だ。
「まだ浮かない顔してる」
「……」
誤魔化したくても、器用に笑みを作れないティカは、視線を伏せた。しかし、おとがいを手に掬われて、ヴィヴィアンの青い瞳に見下ろされる。
「俺のせい?」
「違います。僕……」
言葉が続かない。こういう時、己の口下手を呪いたくなる。上手に伝えられない。どう言葉にすればいいか判らない。せめて彼の半分でも頭が良ければ、もう少し気の利いたことを言えるのに。
「焦らないで、言ってごらん?」
穏やかな眼差しと口調に励まされて、ティカの焦燥は幾らか落ちついた。ゆっくり口を開く。
「ヴィーの瞳は青金石色って……」
「うん?」
「そう思ったのは、僕だけじゃなくて……僕なんかより、もっとずっと素敵な言葉を、他の誰かは思いつくことができて……」
宝石のような瞳を瞠った後、ヴィヴィアンは嬉しそうに微笑んだ。美しい微笑に、ティカは少々狼狽える。
頭の良い彼なら、ティカのたどたどしい説明で、言わんとすることを理解できたろう。しかし、彼は促すように口を開く。
「それで?」
「きっと……ヴィーは、いっぱい言われたことがあって……えっと、つまり……?」
次第に、何を言いたいのか判らなくなってきた。