メル・アン・エディール - まほろばの精霊 -
2章:まほろばの楽園と、泡沫の寵愛 - 4 -
「……オフィーリア?」
様子を窺うように名を呼ばれて、身の内に焦燥が走った。
「どうすれば、魔法は解けるのでしょうか?」
深刻そうにオフィーリアが零すと、アシュレイは不思議そうに首を傾けた。
「解く必要など、ありませんよ」
「ですが……」
彼ならば、魔法を解けるのではなかろうか。淡い期待を込めて見上げていると、疑問を承知したようにアシュレイは口を開いた。
「私にも解けないのです。魔法に霊気は注ぎましたが、言の葉はアンジェラが編んだもの。地上では時間と共に消えますが、ここではその法則も当てはまりません」
「そ、そんな……」
よろめくオフィーリアの肩を、アシュレイは宥めるように撫でた。
「気に病む必要はありません。心が解放されて、とても良い心地なのですから。私は、このままで一向に構いませんよ」
「いけません!」
「私がいい、といっているのに?」
「魔法で御身の心を捻じ曲げてしまった。あってはならないことです!」
「捻じ曲げたなど……凝り固まった心を解し、正してくれたのです」
満足そうに微笑むアシュレイを見て、オフィーリアは呻きたい衝動に駆られた。
「どうすれば……夢幻の君は、このことをご存知ではないのですか?」
夢幻の君――天下始祖精霊 の一柱、アシュレイの双子の姉であるアンジェラのことだ。
「知っています。彼女は、ようやく私にも春がきた、と喜んでいますよ」
とても信じられない。軽やかに笑うアシュレイを、オフィーリアは怪訝そうに見上げた。
「夢幻の君に、解呪を教えていただくわけには、いかないでしょうか?」
「望めば、教えてくれるでしょう」
「では」
「焦らずとも、薔薇祭には彼女も姿を見せますよ」
「今すぐには……」
「それは、どうでしょう。アンジェラは、もう永いこと世界樹の中で眠っていますから」
その言葉に、オフィーリアは眼を瞠った。
遥か昔。精霊王の片割れは、人間同士の諍いを治める為に、殆どの霊気を放出してしまい、今は世界樹の中で霊気を養っている。
世界を断絶し、魔法を生んだ後は幾星霜の眠りに落ち、精霊界の治世を双子の弟、アシュレイに委ねているのだ。
「……お身体は平気なのでしょうか?」
気の毒そうな表情を浮かべるオフィーリアを見て、アシュレイはくすりと微笑した。
「心配は要りません。傷はとうに癒えているのです。彼女が世界樹で微睡むのは、もはや趣味の領域です」
「趣味?」
「意外と面倒臭がりな女 ですから」
女神を語るには砕けた物言いに、オフィーリアは眼を丸くした。精霊王でも、冗談をいったりするらしい。
「良ければ、庭園を歩きませんか? 案内しましょう」
手を差し伸べられると、オフィーリアは数歩下がり、首を振った。
「どうか、お構いなく……」
恐縮しきった様子で、自信なさげに俯くオフィーリアを見て、アシュレイは残念そうに苦笑した。
「無理にとは申しません。貴方の気が向くまで、いつまでも待ちましょう」
愛情のこもった眼差しを向けられて、オフィーリアは居心地悪そうに視線を逸らした。
永い、世界樹宮での暮らしが始まる。
様子を窺うように名を呼ばれて、身の内に焦燥が走った。
「どうすれば、魔法は解けるのでしょうか?」
深刻そうにオフィーリアが零すと、アシュレイは不思議そうに首を傾けた。
「解く必要など、ありませんよ」
「ですが……」
彼ならば、魔法を解けるのではなかろうか。淡い期待を込めて見上げていると、疑問を承知したようにアシュレイは口を開いた。
「私にも解けないのです。魔法に霊気は注ぎましたが、言の葉はアンジェラが編んだもの。地上では時間と共に消えますが、ここではその法則も当てはまりません」
「そ、そんな……」
よろめくオフィーリアの肩を、アシュレイは宥めるように撫でた。
「気に病む必要はありません。心が解放されて、とても良い心地なのですから。私は、このままで一向に構いませんよ」
「いけません!」
「私がいい、といっているのに?」
「魔法で御身の心を捻じ曲げてしまった。あってはならないことです!」
「捻じ曲げたなど……凝り固まった心を解し、正してくれたのです」
満足そうに微笑むアシュレイを見て、オフィーリアは呻きたい衝動に駆られた。
「どうすれば……夢幻の君は、このことをご存知ではないのですか?」
夢幻の君――
「知っています。彼女は、ようやく私にも春がきた、と喜んでいますよ」
とても信じられない。軽やかに笑うアシュレイを、オフィーリアは怪訝そうに見上げた。
「夢幻の君に、解呪を教えていただくわけには、いかないでしょうか?」
「望めば、教えてくれるでしょう」
「では」
「焦らずとも、薔薇祭には彼女も姿を見せますよ」
「今すぐには……」
「それは、どうでしょう。アンジェラは、もう永いこと世界樹の中で眠っていますから」
その言葉に、オフィーリアは眼を瞠った。
遥か昔。精霊王の片割れは、人間同士の諍いを治める為に、殆どの霊気を放出してしまい、今は世界樹の中で霊気を養っている。
世界を断絶し、魔法を生んだ後は幾星霜の眠りに落ち、精霊界の治世を双子の弟、アシュレイに委ねているのだ。
「……お身体は平気なのでしょうか?」
気の毒そうな表情を浮かべるオフィーリアを見て、アシュレイはくすりと微笑した。
「心配は要りません。傷はとうに癒えているのです。彼女が世界樹で微睡むのは、もはや趣味の領域です」
「趣味?」
「意外と面倒臭がりな
女神を語るには砕けた物言いに、オフィーリアは眼を丸くした。精霊王でも、冗談をいったりするらしい。
「良ければ、庭園を歩きませんか? 案内しましょう」
手を差し伸べられると、オフィーリアは数歩下がり、首を振った。
「どうか、お構いなく……」
恐縮しきった様子で、自信なさげに俯くオフィーリアを見て、アシュレイは残念そうに苦笑した。
「無理にとは申しません。貴方の気が向くまで、いつまでも待ちましょう」
愛情のこもった眼差しを向けられて、オフィーリアは居心地悪そうに視線を逸らした。
永い、世界樹宮での暮らしが始まる。