HALEGAIA

4章:終わりの始まり - 7 -

 鳥籠に戻されたあと、陽一は汗をかいたといって、浴槽へ逃げた。その間にミラが帰ってくれることを期待したが、風呂からでたあともミラはいた。
 着替えをすませたものの、非常にでていきづらい……どんな顔をすればいいのか判らない。
(参ったなァ……)
 カーテンの隙間からそっと覗くと、ミラは、椅子に座り、目を閉じていた。端正な横顔は、黄昏の黄金に縁取られて神々しく、さっき彼が泣いていたのは、幻ではないのかと思えてくる。
 じっと見つめすぎたのか、ミラは目を開けて、陽一を見た。
(ひぇっ)
 心臓が宙返りし、カーテンの内側に消えようとした陽一だが、思い留まり外へでることにした。
「さっぱりしたー」
 軽い口調でいってみたが、じっっと見つめ返されると反応に困ってしまう。菫色の視線が、ゆっくりと顔から唇へおりていくのを感じて、湯で火照った肌がさらに熱くなった。
 ミラが席を立つと、陽一は思わずあとずさりしそうになった。その様子を見て、ミラは慎重に近づいてきた。陽一の正面にやってくると、陽一が逃げようとしないことを確かめてから、そっと抱きしめた。
「暖かい……」
 ミラは、噛み締めるようにいった。陽一の肩に顔をうずめて、ゆっくりと息を吐きだす。
「ん……っ」
 熱い吐息が首筋に触れて、陽一はびくっとなる。ミラは顔をあげると、陽一と額をくっつけた。
「暖かい……触れられる。陽一だ……」
 甘く、低く、少しだけ掠れている声に背筋がぞくぞくする。そんな風にいわないでほしい――陽一が視線を俯けると、ミラは嬉しさを表現するように、陽一の躰を優しく揺すった。
 と、脚首に痛みが走り、陽一は小さく呻いた。ミラは動きを止めて、真剣な表情で陽一の顔を覗きこんだ。
「怪我を?」
「軽い捻挫と思う」
「見せて」
 ミラは、陽一が椅子に座るのに手を貸すと、片膝をついて屈みこんだ。患部にそっと掌を押し当てる。
 期待した通り、触れられたところから、温治のような心地良さが拡がっていき、陽一は肩から力を抜いた。
「……ありがとう。痛みが消えたよ」
「他には?」
「平気だよ」
 ミラは、注意深く陽一の全身に視線を走らせると、何かに気づいたように、そっと手をとった。陽一も気づかずにいた小さなひっかき傷に、優しく唇を押し当てる。
 その行為は、無私無欲の慈しみにほかならなかった。大切にされていると感じて、陽一は得体の知れぬくすぐったさを覚えた。
 ミラが立ちあがったので、治療は終わったと思われたが――襟に指をかけられ、陽一はぎょっとした。
「何っ?」
「怪我していないか、確かめさせて」
「いいって、平気だよ……」
 至近距離から熱っぽく見つめられると、思わず視線が泳いでしまう。頬を両手で手挟んで引き寄せられ……気づいた時には、唇が重っていた。
「んっ……」
 ミラは両腕できつく陽一を抱きしめ、身動きを封じた。覆い被さるようにして、キスを深めてくる。陽一の混乱も深まったが、唇が溶けあい、焼印の痕が舌に残されると、安堵にも似た喜びに浸された。
 えもいわれぬ陶酔感……自分は今、悪魔の誘惑に陥っているのか、それとも望んでこうしているのか、判らなくなる。
 刻印スティグマを与えられたあともキスは終わらず、思考が曖昧模糊あいまいもこにぼやけた時、寝間着のズボンに手をかけられた。
「んぅっ!」
 驚いて、陽一が顔を離すと、欲望に翳った紫の瞳に射竦められた。
「精を吸わせて」
 陽一は朱くなり、無言で首を振る。
「お願いです、陽一。ずっと我慢していたんです。陽一が足りなさすぎて、このままだと三千世界を端から順に滅ぼしてしまいそう」
「お、落ち着け」
 仰け反る陽一に、ミラは覆い被さるようにして迫り、素早く唇を奪った。
「んっ……ふぁ……んぅ……っ!」
 水音がたつほど激しいキスをかわしながら、浮遊感に包まれた。不思議に思った次の瞬間、背中から柔らな感触のうえに押し倒された。どうやら、ベッドの上に運ばれたらしい。
 これはまずい――頭の片隅に思うが、起きあがろうとしても、鋼のような躰はびくともしない。
 熱い唇に翻弄されて、陽一の抵抗が弱々しくなると、ミラは下着ごと一気に脱がした。
「んぅッ」
 ミラは、慌てふためく陽一を押さえつけて、破くような勢いで上も脱がせてしまった。
「やめっ……ぁんっ」
 どうにかキスをほどいた陽一だが、露わになった喉ぼとけを吸われてしまい、あえぎの声をあげた。ミラは、啄むようなキスの雨を降らせ、点々と赤い痕を残しながら、顔をさげていき……暖かい吐息が、乳首に触れた。
「あ……」
 見なくても、そこが尖っているのが判る。けれどもミラは、直接触れようとはせず、平たい胸を、もどかしいほどゆっくりと触れてくる。官能を引きだそうとするように、乳首のまわりを舐め、ひっぱり、指で掻いて……焦れったくてたまらない。
「ミラぁ……っ」
 綻んだ唇から、愛撫をせがむような、甘ったれた声がこぼれた。羞恥に染まる陽一を眺めおろし、悪魔は艶冶えんやな笑みを深める。
「いただきます」
 ご馳走をいただくように、恭しく、赤い突起を口に含んだ。
「ふぁっ……んんっ」
 待ち望んだ刺激に、陽一は抑えようのない嬌声を洩らした。散々焦らされたそこは、むきだしの性感帯も同然だった。
「気持ちいい?」
 ミラは蠱惑的な微笑を浮かべ、見せつけるように舌を伸ばし、濡れて光り、硬く尖った乳首を舐め……そっと吸いあげた。
 陽一は眉根を寄せ、淫らな刺激に耐えながら、ミラの下腹部にそろりと手を伸ばした。
「ミラだって……」
 指先が、衣装のうえから雄々しい肉の刀身に触れた。一瞬、動きを止めたミラを見つめて、にやりと笑う。ちょっとした意趣返しのつもりだったが、怖いほど真剣な瞳に射竦められた。
「かわいい陽一……いやらしくて、かわいくて……“くらい尽くしたい”」
 悪魔めいた残虐で淫らな言霊ことだまに、陽一は囚われた。
 さざなみのように震える躰を組み敷き、ミラは、汗ばんだ肌に舌を這わせた。敏感に跳ねる腰を押さえつけ、顔をさげていき……大腿の内側の柔らかな肉を食み、ぞろろ……と舌で舐めあげる。
「ふぁっ!」
 性器がぴょんと跳ねるのが恥ずかしくて、陽一は手で隠そうとするが、ミラに阻まれる。
「隠さないで……吸わせて」
 濡れた屹立を、優しく指に撫であげられ、陽一は息をのんだ。あられもない下半身を見れば、完璧に整った美貌が、ゆっくりと股間に沈みこんでいくところで――見ていられず、ぎゅっと目を瞑るが――
「あぁッ! んん……あっ、ふあぁっん……すご、あ、ミラ、強いぃ」
 触覚と聴覚が冴え渡り、熱い粘膜と舌の攻めを、万倍にも感じた。舐めあげられるたびに腰も連動して、ひくひくと淫らに波打つ。
「あァッ」
 喉奥まで咥えこまれると、危うく弾けそうになった。熱い粘膜に、敏感な性器を愛撫され、躰中から汗が迸る。
「だめ、でる……っ……はぁ、あぁっ……でちゃうぅっ!」
 切羽詰まった声を聴いて、ミラはいっそうしゃぶりたてた。陽一はシーツをきつく握りしめ、悦楽の波に抗おうとしたが、悪魔のもたらす絶妙な舌技には勝てなかった。
「あぁッ――イッ……くぅ~~~っ……!」
 迸る嬌声と共に、熱い粘膜のなかで極めた。
 ミラはびくびくと跳ねる腰を掴み、喉奥まで頬張った。精液を舌で味わい、喉奥に流しこみ、一滴もこぼすまいと丹念に飲み干す。
「……ごちそうさま」
 ぺろりと舌で唇をぬぐう仕草が、壮絶に艶めかしい。ミラは悦楽の余韻で朦朧としている陽一を眺めおろし、妖しく目を細めた。
「ねぇ、もっと欲しい……いい?」
 熱に翳った視線に煽られ、吐精し終えた陽一の陰茎は、ふるりと期待に震える。無意識に脚を擦りあわせると、尻たぶを鷲掴まれた。
「待って」
 陽一は、咄嗟にミラの腕を掴んだが、あられもなく双丘を割り開かれた。後蕾に空気が触れて、物欲しげにひくついてしまう。
「ここまでさせてくれたのだから、いいでしょう? 陽一のなかに入りたい。奥まで、深く……入りたい……ねぇ、陽一」
 欲情の滲んだ熱い吐息が、耳に触れた。耳殻をやんわりと食まれ、陽一の躰がびくんっと跳ねる。耳孔に舌をねじこまれると、淫靡な水音に鼓膜を犯されているようだった。
「んっ……や、舐めないでぇ……っ」
「舐めたい……もっとほしい……お願い、陽一……拒まないで」
 甘く懇願されて、陽一がおずおずと視線をあわせると、ミラは服を脱ぎ捨て、陽一を抱きしめた。硬く反り返った屹立を陽一の腿の間に滑らせ、やわらかな内腿を突いてくる。
「んぅ、ミラ……っ」
 官能的な攻撃に、陽一は眉根を寄せて喘いだ。達したばかりだというのに、陰茎は再び硬くなり、細い蛇口から蜜が溢れでるのが判った。
「ふ……かわいい、いい匂い。もうこんなに溢れさせて……気持ちいい?」
 ミラは蜜を指に掬い取り、蕩けそうな眼差しで陽一を見つめたまま、自分の唇に運んだ。妖艶な笑みに、陽一は眩暈を覚える。ミラは陽一の両脚を大きく割り開き、濡れた指先を孔にもぐらせた。
「あ……んっ……」
 弱々しく抵抗する陽一をおさえつけ、丁寧に、執拗に整腸の秘儀を施しながら、柔らかくほぐしていく。
「陽一のなか、熱い……火傷しそうですよ。柔らかくうねって……嗚呼、気持ちよさそう」
 指が奥までもぐりこみ、なかで軽く屈折すると、陽一の腰がびくんっと跳ねた。
「あっ……あ、ああ……っ……!」
 紫の瞳は魔性に輝き、今にも襲いかかってきそうな獰猛さで――支配的なのに、暖かな思い遣りも感じられる。
 ……だから自分は、けだるい熱に侵されながら、愛撫に身を委ねているのだろうか……心と躰で感じながら――貫かれた。
「あぁッ……!!」
 反射的に逃げようとする陽一の躰を、ミラは素早く捕まえた。回すようにして引いた腰を、再び奥まで突きいれる。ぐちゅんっと淫靡な水音が響いた。
「ん、奥まで入った……判りますか?」
 ミラは、二人の間に指をすべらせ、怒張をんでいる縁をなぞった。
「あぁ……っ、ミラ……」
 見悶える陽一の躰をもちあげ、より深く、より烈しく、自身を沈めた。抜挿するたびに、ぱちゅんっといやらしい水音が弾ける。
「んっ、ふぅ……あぁっ……んっ」
 陽一の頬を撫でながら、ミラは緩急をつけて突きあげてくる。強靭な抽挿だが、悪魔の滴らせる粘液はすべりを助け、きつい肉胴を甘く蕩けさせた。
「あぁっ……イく、イっちゃぅっ」
「もう? ふふ、早いですよ……僕も、気持ちいいっ……液状の絹にくるまれているみたい」
 ミラの双眸が耀かがやく。両の脚を肩のうえに担ぎあげ、いっそう深く嵌めた。
「んぁっ!」
 絶妙な角度で穿たれ、陽一は頭を振りたてた。逃げようともがいているつもりでも、媚肉の隘路あいろはミラを食い締め、奥へ、奥へと誘う。
「んっ、いい……気持ちいいですよ、陽一……っ」
 熱に浮かされたようにいうと、ミラは律動を早めた。熱の奔流が近いのだ。
「あぅっ……くふぅッ、はぁんッ!」
 敏感な肉壁を熱塊に嬲られ、陽一は自分でも信じられないほど淫らに尻を振った。
 もっと早く。痛いほどの快感。もっと欲しい。もっと強く――わけもわからずに懇願し、その通りにミラは答えた。
 陽一は喘ぎ、灼熱の肉塊に揺さぶられ、最奥を突かれ、乳首をこねられながら、多量の精液を吹きあげた。
「ひぁっ……んぅー……っ!!」
 迸る熱い精が、腹から胸に飛び散る。
 凄まじい悦楽のなか、ふと見れば、ミラの頭から二本の角が突きでていた。背に拡がる大きな黒い双翼が、陽一を囲うように伸ばされ、影を落とす。
 美しい魔性に貪られている――快感がいや増し、蠕動ぜんどうする媚肉がミラを食み締めた。煮えたぎった精が重吹しぶいて、なかをしとどに濡らしていく。
「あぁ……ん……ッ」
 ミラは、悦楽に仰け反る陽一の髪を愛おしそうに撫で、だらしなく開いた唇の輪郭を、美しい指でかたどった。
 悦楽の微笑が、薄く開いた陽一のくちびるにけ重なる……