HALEGAIA
1章:鳥籠 - 0 -
三千世界の一つ、とある人間界の命運が尽きた。
神は、腐敗を極めた地上世界を見放し、再生の工程に入ることを決めたのである。
この時を、ジュピターは長いこと待っていた。
ジュピターは黄金の巻き毛に翡翠の瞳と翼をもつ、
これまでに天使も、悪魔も、妖も、人間も、多くの男や女がジュピターの気を惹こうとしてきた。聖霊とはそういう存在なのだ。
だが、ジュピターが愛しているのは
だから、この日をずっと待っていた。愛おしい魔王に一目あえる日を、一日千秋の想いで待っていた。
送り手であるジュピターが魔王に会えるのは、人間界の結界を解いて、神が再生の工程を終え、封じ手が結界を閉じるまでの間だけだ。他の送り手たちと感覚を共有しているから、無数に在る人間界のどれかが破滅する度に会えるとはいえ、悪魔たちのようにいつでも
(今度の蹂躙は長く続くと良いわ)
そう
期待に胸を膨らませながら謁見広間へ入ると、愛しい魔王の姿が目に飛びこんできた。
長い脚を組んで豪奢な椅子に座しているのは、魔王ミラ――
「ご機嫌麗しく、魔王さま……」
ジュピターは玉座前で跪き、恭しく
「万事滞りなく、結界を解いて参りました。尽きましては、暁闇のうちに出兵をされますよう、お願い申しあげます」
「判りました」
ミラは事務的に応じると、やおら億劫そうに立ちあがった。
ジュピターは不興を買う恐れを抱きながら、意を決し、あの……と続けた。
「かの封じ手を帰してほしい、神がおっしゃられています」
するとミラは、愉快そうに、少しだけ口角をもちあげてみせた。
「
ジュピターは恐縮した顔で頷いた。神も絶対とはいっていなかった。魔王がそう望むのなら仕方がない。
懸命にもジュピターは反論を控え、ミラが広間をでていく様子を、跪いたまま見送った。
今しがたの彼等の会話だが、これは天使と悪魔の
悪魔は人間が大好きで、彼等を前にすると嬲らずにはいられないのだが、人間界へ自由に出入りできない。人間界は神の結界に守られているのだ。しかし、今回のように神が地上を見放し、結界を解けば、悪魔の出番というわけだ。
かくして、某人間界の世紀末。
魔族降臨。悪鬼外道が焦熱地獄と共に地上へ降りてくる。
魔族の筆頭であるミラは、黒と深紅の衣を翻し、
「
魔王の命令
地上は
日常が地獄に、笑いが恐怖に、恐怖が笑いに、
間もなく、全ての
そして、神々は創造を始める。
大波で地上を洗い、原始の産声をあげて海底が隆起する。天衣無縫にして驚天動地の御業で、新世界を孵化させるのだ。
一大叙事詩ともいえる光景だが、ミラにとっては、いつもの光景である。
今さら悪魔たちに交じって、最後の花火を楽しむ気にもなれない。強姦、輪姦、破壊、虐殺、拷問、解剖……なにもかも、やり尽くしてしまった。千差万別の
「はぁ~……暇……」
(もう、ぱぱっと終わらせて
仕方がないので、しばらく昼寝でもしようかと考えた時、
奇妙な、不明瞭な接続である。
正体を見極めようと霊感を巡らせると、無数にある鳥籠の一つに異変を感じた。そう、興味本位に閉じこめた、
(逃げた? でも、どうやって?)
不思議なことである。鳥籠にいれたはずの聖霊の気配はないが、どういうわけか、別の存在を感じる。どうやら、奇妙なことに、人間が入っているらしい?
「魔王さま、いかがされましたか?」
一点を見つめて黙考するミラの様子に、側近の一人、オデュッセロが不思議そうに訊ねた。ミラは彼を振り向いて、悪戯好きの悪童のような笑みを浮かべた。
「
血なまぐさい
ミラは、予期せぬ出来事に、本当に久しぶりに、少しだけ胸を高鳴らせながら、翼を広げた。