FAの世界

3章:大水晶環壁 - 9 -

 虹は、官能の疼きに目を醒ました。
 思考は朧がかり、躰は熱く火照っている。指先を動かすのに苦労しながら、昨夜から焚かれている香の存在をぼんやり思いだした。
 帳をめくると、きらきらとした朝の陽が目に飛びこんできた。視界は一気に明るんだが、心は反して、青白く陰鬱な色を帯びてきた。
 ――祝宴が始まる。
 淫らな痴戯ちきとりこになって、いいようにされてしまう予感に駆られて、途方もなく自分に幻滅する。
 しかしひとりで起きあがることもままならず、しとねのうえで輾転てんてんとするうちに、アーシェルがやってきた。
「お目覚めでしょうか、虹様」
「……起きたくありません」
「皆が待っておりますよ。お仕度をいたしましょう」
「……厭だ」
「準備が整いましたら、泉にお連れいたします。衆目を浴びるのはお厭でしょうから、淵に立たれる必要はございません。御寝所にお戻り頂き、後から数人だけ連れて参ります」
 慈悲深い恩寵のような物言いだが、結局乱交するのだろうと虹は思う。
 無言の反撥を読み取り、アーシェルは小さなため息をついた。
 被害妄想がそうさせるのか、憐憫と嘲笑を含んでいるように思われて、虹は口惜しげに眉を寄せた。
「儀式は厭です。誰も連れてこないで……そっとしておいて」
「儀式は執り行なわなければなりません。良ければ、気を楽にする柘榴酒をお持ちいたしましょうか?」
「いりません。そういうことじゃないんだ」
 少し沈黙が流れた。顔を背けたまま、耳をそばだてていた虹は、アーシェルの身じろぐ気配に小さく肩を揺らした。
「お仕度をいたしましょう」
 麗貌が淡々と告げる。青い水晶の瞳には、優しい悲しげな光が灯っているように感じられた。
「厭だ……」
 上体を起こされた虹は、絹を掴んで胸まで引きあげた。アーシェルは虹の肩を抱き寄せ、手から絹をはがさせようとする。
「いきたくない」
 必死に抗うが、弱弱しく蠢いたに過ぎない。アーシェルは難なく虹を抱き起こした。
「いきたくありません」
 すすり泣く虹の髪に、アーシェルはくちづけをおとした。
「虹様……」
 彼は、殆ど動けない虹に代わって、丁寧な手つきで寝室着を脱がし、素肌にひだを寄せた衣をかけた。極薄の紗であるから、裸体の曲線や輝き、陰影が殆ど透けて見える。
 艶めかしい衣装に着替えた虹を、アーシェルは両腕で抱きあげた。
「厭だ……アーシェル、連れていかないで」
 哀訴する虹に、どこか同情のこもった眼差しが返された。だが、それだけだった。アーシェルは黙って虹を抱きあげると、そのまま邸の外に連れだした。
 眩しい晴天のした、聖寵せいちょうの泉が視界に映ると、一種の広場恐怖症のような、身がすくむ思いでふたたび虹は懇願した。
「離してください……」
 小さく水を撥ねさせながら、アーシェルは着実に湯煙のたつ泉のなかへ入っていく。白い衣装をまとったしもべたちが近づいてきて、虹の躰に湯をかける。
「……厭だ……」
 すすり泣く虹に、アーシェルは優しい言葉をかけ続けながら、素肌を愛撫した。勃ちあがった乳首を指で摘まみ、蜜を垂らして湯に溶かす。すると化学反応を起こしたように泉は仄青く煌めき渡り、段々泉を埋め尽くしているであろう人々の熱烈な歓呼が、天まで轟いた。
「大丈夫ですよ、虹様。もう戻りましょう」
 怯える虹を、アーシェルは腕のなかに抱きしめる。肩や腕を撫で、震えをしずめようとした。
「……戻りたくない……」
「どうか御辛抱ください。何があろうと、私は必ず傍におります」
 彼は耳元で囁くと、ふたたび虹を抱きあげた。そのまま衆目に触れることなく、泉を引き返していく。
 躰は運ばれていても、魂は忘我の境地を彷徨っていた。
 けれども、黒檀の大扉が淫らなしわがれ声をあげて左右に開いたとき、迷いでた魂は呼び戻され、肉体に閉じこめられた。
「……厭だ……」
 抱きかかえられたまま廊下を進み、牢獄たる寝室の仕切りをくぐりぬけると、しとねのうえに香の良い花がまき散らされていた。
 純潔の乙女の寝所を思わせるが、これから行われることは、欲望をほしいままにする交接だ。聖餐ならぬ性餐。
 丁重に横たえられた虹にアーシェルは手を伸ばして、衣の結び紐をほどいた。はらり、紗がすべりおちて素肌が露わになる。
「虹様……」
 焦げつきそうな熱視線が肌を舐めた。アーシェルの後ろにはユシュテルやソード、ジュラもいた。そのほか寝所に侍ることを赦されたしもべたち……
 皆、美しい容姿をしている。きずひとつない無毛の雪花石膏アラバスターの白い肌。端正な顔立ち。絹糸のような髪。長いまつげ。薔薇のようなくちびる……どこを見ても、穢れない神聖な美そのもので、神の眷属を思わせる。
 けれども美しいしもべたちは、股間を熱く漲らせ、ぎらぎらした目で虹を見つめていた。
 一種の恋の陶酔に囚われたような、熱い眼差しが訴えてくる――貴方が欲しい。むしゃぶり尽くしたい。ただちに秘孔を攻めたい。横溢する精を解き放ちたい――孕ませたいのだと。
 焔めいた情欲の視線に、虹はぶるりと武者震いする。今でも信じられないが、虹は彼らの性の対象なのだ。乙女のように躰を隠したくなる衝動に、虹は必死に耐えていた。絹を握り締めて震えていると、アーシェルは肩を優しく撫でた。
「時は満ちました。交歓いたしましょう……悦楽の焔を我らにお与えくださいませ」
 優しい声音だったが、その言葉は虹を骨の髄まで凍りつかせた。一縷いちるの望みを視線にたくすが、変わらぬ微笑に慄然となる。
 虹はしとねに横たえられ、幾つもの熱視線にさらされた。彼らはじっと虹の裸身を凝視したかと思うと、顔を伏せた。薄い乳房がくちびるにすわれ、芯に甘やかな痛みが走る。
「ん……っ」
 性器にも舌が伸ばされた。屹立の根本から、ふたりが同時にねっとりと舐めあげる。
「んぁっ……待って、いや……」
 虹は涙目で訴えるが、餓えるしもべたちの裡には、異常な興奮が醗酵していた。その目は欲望にぎらぎらと輝いて、決して虹から離れない。熱病に憑かれたような執着と精力で、虹を攻めたてる。
「我が水晶の君……どうか、御汐噴きをお見せください」
 そう囁いたのはユシュテルだった。竿を上下にするのも彼、或いはアーシェルかもしれない。射精を促しながら、乳首を摘まれ、幾つもの手が伸ばされた。
「やぁ、ンッ、あ、あぁ!」
 悪魔慰撫いぶとりこにされて、虹はなすずべもなく、小鳥のように喘ぐしかない。
 しごかれる性器が喘ぎ、ぷしゃっと蜜を噴きあげた。堰を切ったように溢れだし、虹は痙攣しながら弓なりになって、尋常ならざる吐精に翻弄された。
「はぁあぁぁンッ!!」
 凄まじい悦楽。全身全霊で迸る射精はいっこうに収まる気配がない。もし晴天のしたで射精していたら、あの時のように、七色の橋を架けたかもしれない。
「なんて素晴らしい」
「嗚呼、我が君……」
 噴水のごとく精を迸らせる虹を、しもべたちは恍惚の表情で見つめている。
 やがてしとねはぐっしょり濡れ滴り、寝室に淫靡な熱気が遍満した。
 ようやく射精がおさまると、息を喘がせる虹の躰は横向けにされた。背後の者が、少年ジュラが後孔にくちびるをぴったりとつけた。
「ぃや……」
 絹を掴んで這いあがろうとするが、抵抗しようもなく腰を引き戻され、ソードに覆いかぶさられた。顔に影落ちる。
「ふぅ……んっ」
 深いくちづけを受けながら、秘孔に舌が挿し入れられた。熱く濡れた感触が、敏感な肉筒を優しく突いて、舐めすする。
 巧みな舌技に翻弄されて、秘孔は蕩けて、じゅぷ、ぬぷっと淫靡な水音を立て始めた。
「我らの“ファルル・アルカーン”」
 アーシェルが囁いた。
「くふぅ、ん……やぁ……違う、僕は……」
「いいえ、虹様。貴方は我らの――」
 聞きたくなくて耳を塞ごうとした虹の手首を、アーシェルは掴んで引きはがした。
「“ファルル・アルカーン”は多産と豊穣の象徴です。胤を産み落とす水晶の王の異称でもあるのです」
「やめて……っ」
 その言葉の意味を知りたくなかった。永遠に。心は千々に乱れた。砕け散ってしまった。
「虹様。水晶の君、どうか繁殖の蜜壺をお見せください……」
 幾つもの手が尻を大胆に揉みしだき、秘孔を指で広げた。とろり……彼らを惹きつけてやまない白蜜が流れて大腿を伝い落ちる。
「ぁ、溢れちゃぅ……っ」
 虹は羞恥にすすり泣いた。優美な指に蜜壺を撹拌される。淫らにひくついて、粘着な水音を立てる秘孔は、もはや性器だ。
「とてもお綺麗ですよ……虹様。解き放って、もっと高みへ昇られくださいませ」
 びくびくと腰をはねさせる虹を、アーシェルは抱きしめた。耳朶を甘くかじられ、虹は悲鳴をあげる。
「ぁんっ、だめ、いれたら……っ」
 秘孔に昂りが宛がわれ、虹は涙目で訴える。燃えさかる焔ような瞳に射抜かれた。
「すっかり準備は整ったご様子。土壌は潤んでおりますよ。種を蒔かれるときを待っていらっしゃる」
「入れちゃだめ! それは、それだけはッ!」
 ぐっと切っ先がもぐりこんだ。
「あぁ、だめってぇッ、生まれちゃうからぁ……っ」
 たくましい腕をつかむが、鋼のようにびくともしない。
「“ファルル・アルカーン”よ……」
 不意打ちで乳首を摘まれて、あんっ、と虹は見悶えた。抵抗が弱まった隙を衝いて、蕩かされた隘路あいろに、ぐぷっ、ぬぷぷぷ――ッ、猛りきった熱塊をまされていく。
「やぁぁッ!!」
 やめてくれ。もう耐えられない。心が堕ちる。魂が死ぬ。
 助けて!
 助けて!
 助けて!!
 キィン――……遠くから警鐘めいた氷結音が聴こえた。一刹那いちせつな、光の隧道が空気を貫き、黄金と水晶の入り混じった双翼をもつキャメロンが顕れた。
 絶望のどん底からいきなり希望の陶酔が奔騰ほんとうし、虹の瞳に光が戻った。
「キャメロン!」
 逃げだしたい否応いやおうない衝動に駆られて、彼に向かって手を伸ばす。ずるりと秘孔から肉棒が抜けて、ぞくりと身震いに襲われたが、無我夢中で手を伸ばした。
「虹様!」
 アーシェルが掴まえようとするが、その手は虹をすり抜けた。世界を拒む虹によって、今ふたりのいる次元は微妙にずれたのだ。
 キャメロンの緑柱石エメラルドの眸が虹を見た。いくつもの悲哀を帯びた恭順の眼差しだった。
 虹はアーシェルを一瞥いちべつしたが、冴え冴えとした麗貌に浮かぶ、茫然自失とも怒りともつかぬ表情に怯えて、すぐにキャメロンの首に腕を回した。
「お待ちください、虹様!」
「水晶の君!」
 しもべたちは手を伸ばしたが、その手は虹の躰をすりぬけた。
 ほんの二、三秒彼らを見つめたあと、虹は正面を向いた。
 空間能力は水晶核をもつ王たる証拠でもある。水晶族の王として、力を示したのだ。皮肉もそれは、虹が水晶の国をでていく――同胞を見捨てた瞬間であったが。