COCA・GANG・STAR
4章:恋 - 1 -
GGGの襲撃から一週間。
ビバイルを仕切っていた眞鍋凛は銃撃戦で死亡し、ビバイルの親である北城組は、
組織中枢の崩壊により、ビバイルは解体、北城組も弱体化を余儀なくされた。
GGG及び拝島工場団地からは、ヘロイン五キロ、コカイン二〇〇キロ、マリファナ一〇〇キロ、メタンフェタミン五〇〇〇キロ以上、エクスタシー二〇〇〇カプセルが押収された。
工場で働いていた人間の多くは、アジア系移民の不法滞在者で、バンに乗せられて団地から連れ出された。
北城組の一斉検挙に拍車をかけた背景には、彼等の引き起こした内部抗争にも起因していた。
黒田組のコカインを横領したことは、必ずしも北城組の総意ではなかったのだ。
麻薬界では新参にあたる北城組が、歴史ある大規模組織を押しのけ、踏みにじる行為を危ぶむ幹部も少なからずいた。
内部抗争の流血沙汰が病院や拘置所にまで及ぶことを考慮した警察は、派閥ごとに輸送先を変えたくらいである。
一〇代が大半を占めるビバイルは、複数の罪状に基づき、警察による介入――事実上の解体に至った。
あれだけの銃撃戦があったにも関わらず、不自然なほどメディアで取り上げられない。徹底した情報規制が敷かれていた。
悪夢のような一夜であったが、奇跡的に、楠は一命を取り留めた。頭蓋にはヒビが入っていたものの、脳への損傷は免れたのだ。
現在は病院で治療を受けている。麻薬不法所持の罪に問われているが、罪を償う前に治療が優先されたのだ。
あの時――
優輝の目には、バッドが楠の頭を直撃したように見えたが、実は僅かに軌道が逸れていた。且つ、楠が咄嗟に身体を捻り、衝撃を逃がしていたことが幸いした。
ビバイルに関わりながらも、身体を麻薬に犯されていなかったことも、一命を取り留めた要因かもしれない。
束の間の平和ではあるが、渋谷で最大勢力の不良グループが壊滅したことにより、治安は良くなった。
いつまで続くか?
利潤を巡って、今度は別の組織が抗争を繰り広げるだろう。
ビバイル――北城組の衰退に代わり、C9Gが頭角を現し、黒田組と睨み合いを利かせることになる。戦力規模はむしろ、拡大したといえよう。
しかし――
若年層の無情な血の抗争、麻薬の蔓延が抑止されたことも事実だ。
実際、ビバイル壊滅のビッグニュースは、若者には歓呼によって迎えられた。アオコー生も然り。気のせいではなく、学校に通う生徒の顔が明るくなった。
一方で、ビバイルから麻薬の流通が途絶えたことで、依存症を訴える一部の生徒が、学校を休んだりもしていた。
ビバイル壊滅のニュースは瞬く間に、渋谷全域に知れ渡った。
真相はC9Hの圧力によりメディア規制されているが、ビバイルの幹部役員、北城役員が一斉検挙されたことは、まことしやかに噂されている。
あの日――
遊貴がGGGを襲撃した日、黒田は拝島工場にいた。警察が乗り込む少し前に、幾人かの知人を救出したという。
「ダチは逃がした。まっとうな仕事に就けるよう、口添えもしてやったし、もう大丈夫だ」
晴れた日の屋上で、黒田は笑った。その隣に、肩の荷が下りたような顔で笑う、小宮もいる。
尊敬の眼差しで仰ぐ優輝を見て、隣で遊貴は面白くなさそうに腕を組んでいる。
すると、黒田はにやりと笑い、見せつけるように優輝の頭を撫でた。
「触るなよ」
頭に触れる手を弾いたのは、優輝ではなく、遊貴だ。
「おもしれー」
頭を撫でられ、どちらかといえば優輝は嬉しかったが、遊貴は不機嫌も露わに黒田を睨みつけている。
「意外と、惚れこんでるのは遊貴君の方なんだ?」
三人のやりとりを見て、小宮は悪戯っぽく茶化した。遊貴はつんと澄ました顔で受け流している。
「……小宮先輩、弟さんは?」
躊躇いがちに優輝が尋ねると、小宮は優しくほほえんだ。
「うん。弟ね、専門医のいる施設に入ることになったの。ビバイルも潰れたし……少しずつ、良くなっていくと思う」
彼女も、ビバイルの被害者の一人だ。可憐な外見をしているが、弟を守る為に、眞鍋に近付いた芯の強い女性だ。泣き寝入りせずに闘い、平穏を勝ち取ったのだ。
凛とした笑顔に視線を奪われていると、ふに、と頬をつまれた。無言でその手を叩くと、小宮と黒田はそろって吹き出した。
「木下、ユッキーといた方が面白いな」
「知らなかった。かわいいところ、あるんだ」
「煩いな。優輝ちゃんに絡むなよ」
憮然と遊貴がいうと、二人は更に笑った。優輝も清々しくも愉快な気持ちを味わいながら、笑い声を上げた。
その日の夜。優輝はいつものようにスカイプを立ち上げると、友哉にことの顛末を、障りのない範囲で報告した。
「……とまぁ、いろいろあったけど、ようやく終わったよ」
『全く、危ないことはしないっていってたのに……どういうことなんだよ』
友哉は胡乱げに優輝を睨んだ。
「ごめんなさい。一応、全部丸く収まったよ?」
『奇跡だよね。それだけの事件に巻き込まれたのに、無事でいられるのが不思議だよ。日本だからまだマシだったのかな』
「遊貴のおかげだよ。もう駄目かと思ったけど、助けにきてくれたんだ」
『ふーん……自覚したんだね』
優輝の顔をみて、友哉はため息をついた。鋭い弟は、優輝が自覚するよりも早く、遊貴への想いに気付いていた。
『でもまぁ、確かに木下遊貴がいなかったら、死んでいたかも。あの日は本当に胆が冷えたよ』
楠に呼び出される寸前まで、BLISで優輝とチャットしていた友哉は、気が気ではなかったと後にいった。
あの夜、優輝が家を飛び出した後に帰宅した遊貴と、友哉は少しだけ会話をしたらしい。
今まで優輝を通してしか判断できなかったが、直接本人と言葉を交わしたことで、意外にも友哉の中で遊貴に対する評価は上がった。
論理的思考、決断の早さ、確かな実行力――何より手段を選ばずに優輝を助けようとした姿勢が、友哉の警戒心を和らげたようだ。
「あの日はごめんな……俺も、杏里の剣幕にテンパっちゃってさ。結局、二人共捕まっちゃったけど、杏里は病院で治療を受けてるよ」
『そいつ、生きてるの?』
「生きてるよ。意識が戻ったらしい。今度見舞いにいく」
ふと沈黙が流れた。友哉はじっと優輝を見つめると、
『……優輝は、麻薬をやっていないよね?』
真剣な瞳をして訊ねた。
「やってない」
きっぱりと優輝が否定すると、そうだよな、と友哉は安堵したように呟いた。
『この数週間、優輝のことがずっと気がかりだったよ。心臓に悪いから、もう勘弁してくれ』
「ごめんな。もう大丈夫だから、ぐっすり眠って」
拝み手で優輝が頭を下げると、友哉も少しだけ笑った。