COCA・GANG・STAR
2章:ビバイル - 4 -
梅雨明けの七月。
「ユッキー、ちょっといいかな?」
放課後の昇降口前で、優輝はアオコーのマドンナ、小宮玲奈に声をかけられた。
「何ですか?」
背筋を伸ばす優輝を見て、小宮は親しげにほほえんだ。
「最近、遊貴君と仲いいよね?」
「まぁ……」
「あんまり、近付かない方がいいよ」
「えっ?」
「彼がビバイル狩をしていることは、知ってるよね?」
「はい」
「……もう、只の喧嘩じゃ済まされないの。遊貴君を狙って、ビバイルも本格的に動き始めている。傍にいたら、ユッキーも狙われるかもしれないよ」
「ビバイルのこと、知っているんですか?」
優輝が驚いた顔をすると、小宮の真っ直ぐな視線は、ふと翳った。
「弟が三商の二年生なんだけど、ビバイルに眼をつけられて、麻薬に手を出しちゃってさ。今は学校にもいっていないんだ」
「え……」
「そういうの興味ない子だったんだけど、友達に誘われて断れなかったみたい……だから、ユッキーを見ていて少し心配してる」
ふと、楠の顔が脳裏を
「友達でビバイルに入った奴いるけど、俺は入らないですよ……」
小宮は厳しい表情を浮かべた。
「遊貴君と学校で仲良くするのはいいけど、渋谷で遊ぶのはやめた方がいいよ。ビバイルの人間は、そこら中にいるから」
「遊んでいませんよ」
家には何度か遊びにいったが、学校帰りに渋谷で遊んだことは殆どない。
「……この間、キスしてなかった?」
優輝は息を呑んだ。
いつ見られたのだろう? 先日、一緒に帰った時だろうか?
だから、人目を気にしろといっているのに――!
怒りと羞恥で蒼白になる優輝を見て、小宮は澄んだ瞳に気遣いの色を浮かべた。
「ごめんね、昇降口で見ちゃった。他にも見てた子はいたけど、遊貴君はああだし、皆気にしてないよ」
小宮は慰めを口にしたが、優輝は顔に絶望の色が浮かべたまま黙した。この世から、消えてなくなりたい気分だった。
「遊貴君のこと、好き?」
「あいつ、ふざけて……俺等は友達だから! 先輩こそ、遊貴のこと好きなんですか?」
勢い余って直球を投げると、小宮は一笑した。
「恋愛っていう意味なら違うわ。遊貴君は共犯者。ビバイルが目障りだから、お互いに利用し合っているだけよ――」
言葉を途切らせると、小宮は優輝の後ろへ眼を注いだ。
「何してるの?」
振り向くと、遊貴がいた。
優輝の傍にやってくると、ごく自然な動作で肩を抱き寄せる。小宮と眼が合い、優輝は咄嗟にその腕を振り払った。
「優輝ちゃんに何をいったの?」
ぎくしゃくとした態度の優輝を見て、遊貴は冷たい視線を小宮に向けた。
「友達は選んだ方がいいよ、って忠告していたの」
ほほえみ合っているのに、漂う冷気はどうしたことか。この二人、この前はキスをしていたはずでは――優輝は顔中に疑問符を浮かべた。
「それじゃ、またね」
小宮は長い髪を手で払い、凛とした後ろ姿で去っていった。
「帰ろう、優輝ちゃん」
肩に回された腕を、またしても優輝は振り払った。遊貴が顔を覗き込んでも、視線を合わせずに歩き出す。頭を撫でようとする手を弾くと、傍を通り過ぎる女子生徒と眼が合った。
羨ましげな視線であったが、優輝は慌てて遊貴から離れた。
「優輝ちゃん?」
「なんでもない」
歩き出そうとしたら、支えるように肩を抱き寄せられた。
「――ッ」
距離が近すぎる。仄かなシトラスが漂い、優輝は全身を強張らせた。
「……どうしたの? 座る?」
「平気」
腕を突き出して、遊貴を振り払おうとうすると、逆に伸ばした腕を掴まれた。
「小宮に何かいわれた?」
図星をいい当てられて、優輝は歩みを止めた。遊貴の顔を見ることができない。
“遊貴君のこと、好き?”
キスしているところを見られたのだ。そう思われても無理はない。あれは、遊貴にからかわれただけ……自分を納得させようとしても、胸がもやもやする。
「優輝ちゃん?」
いつからか、遊貴が女子と楽しそうにしている姿を見て、心が軋むようになった。
無意識に、姿を探してしまう。視界に映せば、幸せな気持ちになる。眼で追いかけてしまう。それって――
「なんでもない!」
優輝は視線を伏せたまま、喚いた。自分のことなのに、理解不能な思考回路についていけない。
「送っていくよ」
「え、いいよ」
「顔色悪いよ?」
頬を手の甲で撫でられて、不自然なほど鼓動が撥ねた。
「ありえない」
「え?」
「えっ? あ、いや」
(気の迷いだ。そうに違いない。そうでなければ死ぬ……!)
かぶりを振る優輝を、疑いの眼差しで遊貴は見ている。眼が合うのも恥ずかしくて、優輝は露骨に視線を逸らした。