BLIS - Battle Line In Stars -
episode.1:BEGNING - 3 -
試合はHell Fireが勝った。
ただ、完全勝利ではない。BO3制(Best Of 3――2勝先取、最大3試合)で一試合目はGIGA Forceが勝ち、次の試合はなんとかHell Fireが勝った。
勝敗をかけた三試合目の途中で、ゲームバグが見つかり(世界規模のゲームで全く信じられないが、ゲーム中にバグが見つかり試合中断することが時々ある!)、ディオスのPICKからやり直しが決まった。
バグが見つかるまで優勢で押していたGIGA Forceは業腹だったろう。しかも、二試合目の途中でヘッドセットを外したとペナルティ判定され、仕切り直した三試合目ではBAN枠を一つ減らされた。誰が見ても、GIGA Forceのメンタルは最悪だった。
そんな状況で三試合目を制したHell Fireも、完全燃焼とはいかないだろう。
だが、勝ちは勝ちだ。
ステージに立つ選手――連に、昴は盛大な拍手を送った。
二十一時。
試合終了し、選手が退場すると、昴は通路に立つスタッフに声をかけて、中へ入れてもらった。
連はすぐに見つかった。昴がくることを予期していたかのように、入り口のすぐ傍にいた。通路の壁を背にして、もたれかかっている。
「……よぉ、連」
名前を呼んだだけで、口の中がぱりぱりと乾いていった。連も心なし緊張したように姿勢を正すと、じっと昴を見つめた。
「久しぶり、昴」
相変わらず、綺麗な顔をしている。おまけに、昴より頭一つ分は背が高い。見下ろされる感じを悔しくも懐かしく思いながら、時間を巻き戻すように、距離を詰めた。
「……久しぶり。試合、おめでとう」
「ありがとう」
無表情が優しく溶ける。それだけで、昴の胸はいっぱいになった。
「長引いて大変だったな。お疲れ様。最後のグループアップ、タイミング、ばっちりだったよ」
「うん。なんとか勝ったよ」
「Hell Fireの採用も、おめでとう」
「ありがとう」
「もしかして、俺が今日くるって知ってた?」
「錦さんに聞いた。それに、予感はしていた。Hell Fireの写真が公開されたら、昴はきっとくると思っていた」
「見たよ。すげぇ驚いたよ!」
冗談めかして笑うと、連も少し笑った。一年ぶりに見る笑顔を、昴は眩しく見つめた。
「あのさ……」
いいたいことは山とあるのに、何からいえばいいか判らない。迷っていると、連に腕を引かれた。
人眼につかない通路の隅に寄ると、連は物いいたげに昴を見下ろした。続く言葉を辛抱強く待っていると、ふいと視線を逸らされた。
「……飲み物買ってくる。待ってて」
背を向ける連の腕を、昴は脊髄反射で掴んだ。端正な顔を仰いで、首を左右に振る。
「いいよ、いらない」
思った以上に深刻な声が出た。手を離せずにいると、連は足を止めて昴の頭に手を乗せた。
「な、何?」
「ずっと連絡しないで、ごめん」
「俺――」
口を開きかけたところで、バタバタと駆けてくる慌ただしい足音に気を取られた。連も振り向いて、向かってくる男に視線を注ぐ。昏い表情でやってきたのは、Hell FireのACE、Leeだった。
「俺、先に帰るわ」
Leeは俯いたままいうと、返事も待たずに扉を開けて飛び出していった。
「え? 何、どういうこと?」
状況についていけず、昴はLeeが消えた扉と、連の顔を交互に見比べた。
「……サポートとうまくいってないんだ」
その一言でおよその事情は読めた。
BLISにおける火力担当のACEは紙装甲なので、ゲーム序盤はサポート担当と行動を共にするのが定石なのだが、Hell Fireのサポート担当はドSだ。
EUのRanked SoloQueueで一位に上り詰めたモンスターで、外見は女の子みたいにかわいらしいが、性格はキツい。さっきの試合も、ACEがトチる度に、客席にまで聞こえる罵声を飛ばしていた。責められる方は、たまったものじゃなかったろう。
「まぁ、一試合目は結構KILLとられちゃったしなぁ……」
後ろで軽口を叩いていた観客のいう通り、二十分試合でふるぼっこにされていた。
ACEの仕事は、敵ディオスをばんばん殺してKILLを稼ぐことだ。
ところがLeeは、敵のACEに五人同時殲滅――PENTA KILLを許し、KILL数は全試合において負けていた。試合は勝ったけれど、ACE対決はボロ負けだった。
「よそのチームで経験を積んでるし、採用試験 も問題なかったんだけどな。ルカと組んで、公式戦で実力出せる奴はなかなかいない」
連の言葉に、昴も頷いた。
「あの戦績じゃ、心が折れたかもなぁ……」
「メンタルもそうだけど、彼の場合は素行に問題がある。夏季リーグまで時間もないし、他の選手を探すことになると思う」
「マジか。あと3ヵ月もねーじゃん」
予期せずHell Fireの内部事情を覗いてしまったが、こんなことで大丈夫なのだろうか? 司令塔に就任した連は、どうチーム編成するのだろう?
ふと、通路の向こうから乱暴な足取りが聞こえてきた。現れた人物を見て、思わず眼を瞠る。噂のサポート担当、ルカが、チームメンバーのアレックスと共に歩いてきた。
「聞いてよ、連。さっき部屋で、ルカがLeeに襲われたんだ」
見目麗しい金髪碧眼のアレックスは、流暢な日本語で暴露した。えっ、と昴は声に出して驚いたが、連は表情を変えなかった。こくりと頷くと、
「もうフォローしきれない。Leeは無理だ」
不穏な発言を漏らした。またしもて、えっ、と声を上げたのは昴一人で、あとの二人はそうだよな、と頷いている。
「ま、返り討ちにしてやったけど。僕を襲おうなんて、十年早いよ」
トリコロール・カラーのシャツに着替えたフランス人のルカは、両腕を頭の後ろで組んで、かわいい顔と声でそうのたまった。彼も非常に日本語が堪能だ。
「コーチにいって、Leeは解雇してもらう」
淡々と決断を下す連を、昴はびっくりした顔で仰いだ。
「さっさとメンバーを変えよう。もうコスモ・ランクでもいいよ。フレンドリストに誰かいい奴いない?」
ふとルカは、連の隣に立つ昴に眼を留めると、誰? と小首を倒した。
「俺の友達」
「ふぅん、BLISやってる?」
「あ、ハイ」
「ランクは?」
「ルカ」
昴が答えるよりも早く、不機嫌そうに連が遮った。ルカは不思議そうにしているが、この展開に昴は胸を高鳴らせた。
残念なことに、連に腕を引かれて会場から連れ出された為、それ以上の話はできなかった。
ただ、完全勝利ではない。BO3制(Best Of 3――2勝先取、最大3試合)で一試合目はGIGA Forceが勝ち、次の試合はなんとかHell Fireが勝った。
勝敗をかけた三試合目の途中で、ゲームバグが見つかり(世界規模のゲームで全く信じられないが、ゲーム中にバグが見つかり試合中断することが時々ある!)、ディオスのPICKからやり直しが決まった。
バグが見つかるまで優勢で押していたGIGA Forceは業腹だったろう。しかも、二試合目の途中でヘッドセットを外したとペナルティ判定され、仕切り直した三試合目ではBAN枠を一つ減らされた。誰が見ても、GIGA Forceのメンタルは最悪だった。
そんな状況で三試合目を制したHell Fireも、完全燃焼とはいかないだろう。
だが、勝ちは勝ちだ。
ステージに立つ選手――連に、昴は盛大な拍手を送った。
二十一時。
試合終了し、選手が退場すると、昴は通路に立つスタッフに声をかけて、中へ入れてもらった。
連はすぐに見つかった。昴がくることを予期していたかのように、入り口のすぐ傍にいた。通路の壁を背にして、もたれかかっている。
「……よぉ、連」
名前を呼んだだけで、口の中がぱりぱりと乾いていった。連も心なし緊張したように姿勢を正すと、じっと昴を見つめた。
「久しぶり、昴」
相変わらず、綺麗な顔をしている。おまけに、昴より頭一つ分は背が高い。見下ろされる感じを悔しくも懐かしく思いながら、時間を巻き戻すように、距離を詰めた。
「……久しぶり。試合、おめでとう」
「ありがとう」
無表情が優しく溶ける。それだけで、昴の胸はいっぱいになった。
「長引いて大変だったな。お疲れ様。最後のグループアップ、タイミング、ばっちりだったよ」
「うん。なんとか勝ったよ」
「Hell Fireの採用も、おめでとう」
「ありがとう」
「もしかして、俺が今日くるって知ってた?」
「錦さんに聞いた。それに、予感はしていた。Hell Fireの写真が公開されたら、昴はきっとくると思っていた」
「見たよ。すげぇ驚いたよ!」
冗談めかして笑うと、連も少し笑った。一年ぶりに見る笑顔を、昴は眩しく見つめた。
「あのさ……」
いいたいことは山とあるのに、何からいえばいいか判らない。迷っていると、連に腕を引かれた。
人眼につかない通路の隅に寄ると、連は物いいたげに昴を見下ろした。続く言葉を辛抱強く待っていると、ふいと視線を逸らされた。
「……飲み物買ってくる。待ってて」
背を向ける連の腕を、昴は脊髄反射で掴んだ。端正な顔を仰いで、首を左右に振る。
「いいよ、いらない」
思った以上に深刻な声が出た。手を離せずにいると、連は足を止めて昴の頭に手を乗せた。
「な、何?」
「ずっと連絡しないで、ごめん」
「俺――」
口を開きかけたところで、バタバタと駆けてくる慌ただしい足音に気を取られた。連も振り向いて、向かってくる男に視線を注ぐ。昏い表情でやってきたのは、Hell FireのACE、Leeだった。
「俺、先に帰るわ」
Leeは俯いたままいうと、返事も待たずに扉を開けて飛び出していった。
「え? 何、どういうこと?」
状況についていけず、昴はLeeが消えた扉と、連の顔を交互に見比べた。
「……サポートとうまくいってないんだ」
その一言でおよその事情は読めた。
BLISにおける火力担当のACEは紙装甲なので、ゲーム序盤はサポート担当と行動を共にするのが定石なのだが、Hell Fireのサポート担当はドSだ。
EUのRanked SoloQueueで一位に上り詰めたモンスターで、外見は女の子みたいにかわいらしいが、性格はキツい。さっきの試合も、ACEがトチる度に、客席にまで聞こえる罵声を飛ばしていた。責められる方は、たまったものじゃなかったろう。
「まぁ、一試合目は結構KILLとられちゃったしなぁ……」
後ろで軽口を叩いていた観客のいう通り、二十分試合でふるぼっこにされていた。
ACEの仕事は、敵ディオスをばんばん殺してKILLを稼ぐことだ。
ところがLeeは、敵のACEに五人同時殲滅――PENTA KILLを許し、KILL数は全試合において負けていた。試合は勝ったけれど、ACE対決はボロ負けだった。
「よそのチームで経験を積んでるし、
連の言葉に、昴も頷いた。
「あの戦績じゃ、心が折れたかもなぁ……」
「メンタルもそうだけど、彼の場合は素行に問題がある。夏季リーグまで時間もないし、他の選手を探すことになると思う」
「マジか。あと3ヵ月もねーじゃん」
予期せずHell Fireの内部事情を覗いてしまったが、こんなことで大丈夫なのだろうか? 司令塔に就任した連は、どうチーム編成するのだろう?
ふと、通路の向こうから乱暴な足取りが聞こえてきた。現れた人物を見て、思わず眼を瞠る。噂のサポート担当、ルカが、チームメンバーのアレックスと共に歩いてきた。
「聞いてよ、連。さっき部屋で、ルカがLeeに襲われたんだ」
見目麗しい金髪碧眼のアレックスは、流暢な日本語で暴露した。えっ、と昴は声に出して驚いたが、連は表情を変えなかった。こくりと頷くと、
「もうフォローしきれない。Leeは無理だ」
不穏な発言を漏らした。またしもて、えっ、と声を上げたのは昴一人で、あとの二人はそうだよな、と頷いている。
「ま、返り討ちにしてやったけど。僕を襲おうなんて、十年早いよ」
トリコロール・カラーのシャツに着替えたフランス人のルカは、両腕を頭の後ろで組んで、かわいい顔と声でそうのたまった。彼も非常に日本語が堪能だ。
「コーチにいって、Leeは解雇してもらう」
淡々と決断を下す連を、昴はびっくりした顔で仰いだ。
「さっさとメンバーを変えよう。もうコスモ・ランクでもいいよ。フレンドリストに誰かいい奴いない?」
ふとルカは、連の隣に立つ昴に眼を留めると、誰? と小首を倒した。
「俺の友達」
「ふぅん、BLISやってる?」
「あ、ハイ」
「ランクは?」
「ルカ」
昴が答えるよりも早く、不機嫌そうに連が遮った。ルカは不思議そうにしているが、この展開に昴は胸を高鳴らせた。
残念なことに、連に腕を引かれて会場から連れ出された為、それ以上の話はできなかった。