BLIS - Battle Line In Stars -

episode.1:BEGNING - 1 -


 昴は、MOBA――Multiplayer Online Battle Arena――系のゲームをかれこれ十年ほどやっている。
 中でも特にはまったゲームがBLIS――Battle Line In Stars――で、今も殆ど毎日のようにプレイしている。BLISは、やるのも見るのもとにかく楽しい。
 元々昴はyoutubeやtwitchで配信される解説動画の大ファンで、BLISの公式リーグも毎年見ている。
 高校時代は、親友の連とRanked SoloQueue(ゲームの勝敗により格付けやポイントが変動し、実力が試されるモード)で腕を磨き、寝る間も惜しんで研究した。
 短期間で成長したのは、BLISのfpvod――A First-Person Video On Demand(一人称視点のプレイ動画)――が充実している、youtubeチャンネルに依るところが大きい。
 特に世界大会で活躍するスタープレイヤーの配信は、欠かさずチェックした。昼は学校の屋上でSomaの配信を見て、夜は家でAlexanderの配信を見たりしていた。
 ゲームを始めて四年。
 気付けば、昴と連は十億人の上位一%圏内、コスモ・ランクに昇格していた。
 熱意は留まることを知らない。
 高校二年の夏、実力試しでアマチュアリーグに挑戦した。昴と連の他に三人を呼び込み、即席チームで二週間しか練習しなかったが、準優勝できたのはいい思い出だ。
 高校三年生になると、進学を考える一方で、SomaやAlexanderやNoah999のようなプロゲーマーになりたいという願望があった。
 彼等のプレイは本当に神懸っているし、ゲームで食っていけるなんて最高にクールだと憧れた。
 ゲームに夢中になる代償で、昴の学校の成績は良くなかったが、連は違った。
 二人で同じだけゲームに時間を費やしているはずなのに、彼は異様に頭が良かった。良かった、なんてものじゃない。一度見たり聞いたりしたことは二度と忘れなかった。家庭教師もつけず、予備校にも通わず、全国模試の上位ランカーで東大に現役合格確実とさえいわれていた。
 昴は早い段階で大学受験は捨てて、二年コースのプログラマー養成専門学校に進む道を考えていた。プロゲーマーへの憧れはあっても、現実的ではないと判っていたのだ。
 一方、連は見事に東大理Ⅲに合格した。
 親友が眩しくて仕方なかった。妬ましさ半分、寂しい気持ちもあったが、二人の関係が変わるわけではない。
 歩む道は違っても、この先も二人でBLISを続けていくのだろう――そう信じて疑わなかった。

 卒業する日までは。

 卒業式を終えて、友人との別れを惜しむよりも、二人はさっさと家に帰ってBLISのチャンネルをチェックしていた。配信動画を見ながら、とりとめのない会話を続けていた。
 不意に連が無言になり、物いいたげに昴を見たかと思えば、昴の両肩に手を置いた。

「……連?」

 呼びかけても、返事をしない。見つめ合った体勢で、沈黙が流れた。端正な顔がゆっくり降りてきて、呆然としているうちに、唇が重なった。

「ッ!?」

 慌てて身体を押しのけると、連はあっさり引いた。昴の反応を予期していたかのような、自然な動作だった。
 今思えば、無機質で端正な顔には、諦念が浮いていたように思う。
 その時は、言葉が出てこなかった。何をいえばいいのか判らず、昴はそこから逃げ出した。

 その日を最後に、連とは会っていない。

 あくる朝、連絡をとろうとしたら、携帯番号もメールも、あらゆるSNSのアカウントを凍結していたのだ。アパートまで引き払っていた。連に一緒に暮らす家族はいない。本気で行方を眩まされると、連絡の取りようがなかった。
 唖然とした。
 BLISにもさっぱりログインせず、完全に音信普通になった。
 しかも彼は、東大に合格しておきながら入学しなかった。高校の担任から、彼の身に何か起きたのかと連絡をもらって初めて知ったのだ。何が起きたのか? 昴が聞きたいくらいだ。

 どうしてキスをしたんだ?

 ここまで徹底して避けるくらいだから、冗談や悪ノリでなはなかったはずだ。今でも信じられないが、連は昴のことを好きだったのか……
 全然、気付かなかった。
 そんな素振り、少しも見せなかった。
 あの場から逃げてしまったことを、ずっと後悔している。まさか、あれきりになるとは思わなかった。
 キスをされて動転したが、二度と会いたくないなんて思わない。
 大親友なのだ。
 何をするにも一緒で、楽しい毎日を送るのに欠かせない存在だった。あんなに一緒にいたのに……こんな風に切られるとは思っていなかった。
 親友を失って、昴は打ちのめされた。
 それでも、BLISは続けた。
 Soloque(一人でランク戦をすること)を繰り返しては、リプレイと解説動画を見比べて自分のプレイを評価し、反省と改善できる点を探し続けた。
 BLISは現実逃避であり、唯一自慢できるゲーミングスキルを発揮できる場所でもあった。
 BLISにログインする度にフレンドリストをチェックしているが、あれ以来、連は一度もログインしていない。引退したのか、或いは別アカウントを作っているのかもしれない。
 連に会いたい。
 あの日から、連のことばかり考えている。逃げたことを謝り、また一緒にBLISをやりたい。他愛もない雑談をしたい。寂しい。とにかく、もう一度会いたかった。

 二〇XX年三月の終わり。
 連と音信不通のまま、一年が過ぎた。
 間もなく日本では、世界大会への切符を争う夏季リーグ、BLIS JL――Battle Line In Stars Japan League 20XX Summer Season――が始まる。
 日本リーグは、他国同様、春と夏の二シーズンで闘い、夏の大会で優勝したチームが世界大会に進出できる仕組みだ。
 TwitterでBLISの速報を見て、昴はすぐに公式ページを開いた。出場チームの一つ、Hell Fireのメンバー写真を見て我が眼を疑った。写真の真ん中に映っているのは、連だ。

 ポジション:MID FIELDER。HN/Double Face

 写真と共に、そう紹介されている。
 知っている名前だ。ここ一年の間に登場したランカーで、三ヵ月前にランキングの最高峰、スターゲート・ランク(十億人中の上位〇.〇〇〇一五三%圏内)に昇格し、ファンの間で話題になっていた。まさか連だったとは!!

「……マジかよ。プロになったのか」

 やはり新しくアカウントを作り直していたのだ。アカウントを作り直して、一年と経たずに最高峰のランクに上り詰めたのか。
 Double Face……いわれてみれば、得意ディオスやプレイスタイルが連に似ていると思った。でも、アイテムビルドやエンチャントリストはこれまでの連のメカニクスとは随分違う。すごく成長している……BLISを研究し続けていた証拠だ。
 ネットを見る限り、Double Faceの評判は上々だ。
 どのroleをやっても、敵をふるぼっこにする、Soloqueでは世界最高峰のプレイヤーだと評価されている。そのうちどこかのプロチームに引き抜かれるだろうと昴も思っていたが、まさかのHell Fire……
 Hell Fireは、BLIS JLを牽引する屈指の安定感と成績を誇るチームの一つで、数々の日本タイトルを手中に収めてきた。過去に世界大会予選――International Wild Card Invitational――で、準決勝まで進んだ栄光もある。
 だが、二年前のBLIS JLでは精彩を欠き、内部分裂を起こして状況が一変している。
 二年前、スター選手が名を連ねていたHell Fireのメンバーは一名にまで減り、チーム再建は難航し続けた。
 今年に入ってからも選手の入れ替えを繰り返し、夏季リーグまで三ヵ月を切った今も、安定していない。
 チームの中で競技シーン経験者は二人だけで、そのうちの一人、ACE(通常攻撃の火力担当、兼、司令塔)を務める二十二歳のLeeは、一ヵ月前にチームに入ったばかりだ。
 誰もが、Hell Fireは落ち目だと思っている。
 そんな状況で、新生Hell FireのMID FIELDER。しかも、司令塔に連が大抜擢されたのだ。
 あらゆる意味で、モニターに映る連から眼を離せない……
 黒と赤のユニフォームを着て腕を組む姿は、ファッション雑誌に登場するモデルみたいだ。どこか憂いを帯びた無表情は、相変わらず嫌味なほど整っている。
 高校の時から、連の人気は凄まじかった。BLISには女性ファンも多いし、さぞモテるだろう。連に限らず、新生Hell Fireのメンバーときたら、揃いも揃って美形ばかりだ。

「てか、連絡くらいしろよ……」

 こんなビッグニュースを、彼の口から聞けないとは口惜くやしい。
 BLISファンの集まるSNSを覗いてみると、案の定、Hell Fireのイケメンぶりに毀誉褒貶きよほうへんが飛び交っていた。
 携帯が震えてポケットから取り出すと、知り合いのリーグ関係者、にしき淳史あつしから連絡がきていた。

“Hell Fireの発表見た? 来週末、秋葉原のe-Sports GGGでHell Fireの練習試合があるよ。くる?”

「マジか」

 錦はBLIS JLを牽引する代表企業の社長であり、e-Sports専用施設、e-Sports GGGのオーナーでもある。連と昴は中学生の頃から、e-sports GGGに通っており、自然と彼と打ち解けた。今では、入場制限のある試合でも、顔パスで入れてくれたりする。
 それにしても、錦は知らないと話していたが、本当は連の行方を知っていたのだろうか?
 競技シーンの渦中にいる人が、Hell Fireの新生メンバーを知らないわけがない。知っていて、昴に伏せていた?
 連が昴には黙っていてくれ、と錦に頼んだのだろうか? だとすれば、連は再会を望んでいないのかもしれない……
 そう考えると、胸に刺すような痛みが走った。
 この一年で、連に関しては完全に自信喪失している。返信を打つ指が震えそうだ。
 怖い気持ちもあるが、やはりもう一度会いたい。拒絶されるにしても、先ずは会ってからだ。

“いきます! 連に会いたい”

 打ちこんだ文字を数秒間眺めて、送信を押した。