アッサラーム夜想曲

織りなす記憶の紡ぎ歌 - 12 -

 しがみつく腕の震えに気づいて、ジュリアスは光希をそっと抱き寄せた。背を摩ってやると、次第に強張りは解けていった。
「泣かないで……光希が忘れてしまっても、私が覚えています。いつでも話して聞かせてあげる。少しずつ、知っていきましょう?」
 背中を撫でていると、光希はさらに身を寄せてきた。気持ちを抑えられずに、ジュリアスは黒髪を指ですき、額に唇を落とした。
 ここが限界かもしれない。
 理性が危ぶむ声をかける。このままでは、何をしでかすか判らない――離れようとすると、光希は腕に力をこめた。離れまいとしがみつき、潤んだ双眸で仰ぐ。煽情的な表情に、ジュリアスの鼓動は撥ねた。少し開いた唇に視線を吸い寄せられてしまう。
「“ジュリ……俺たちは、どんな関係なの?”」
 遠慮がちに伸ばされた手が、ジュリアスの頬を撫でた。潤んだ眼差しに魅入られながら、ジュリアスは頬を撫でる手の上に、自分の手を重ねた。
「……私が、恐くないの?」
 この間の夜から、避けられている自覚はあった。酔っているとはいえ、今夜はどうしたのだろう?
「“俺たちは、恋人なの? ジュリは、俺のことをどう思ってる……?”」
 泣きだしそうな顔を見て、ジュリアスは重ねた手を握りしめた。これ以上触れていたら、取り返しのつかないことになるかもしれない――そう思っても、すがりついてくる光希を突き放すことは、とてもできなかった。
「“……俺は、独りじゃないのかな……ここで、ジュリと過ごしてきたんだよね、きっと……”」
 瞼を伏せる光希を見つめながら、ジュリアスは寝癖のついた黒髪を撫でた。唇にそっと指で触れると、光希は恥ずかしそうに視線を逸らした。照れてはいても、嫌がっているようには見えない。
(……許されている?)
 躊躇いつつ顔を傾けると、光希は静かに瞼を閉じた。はっきり許されていると判り、喜びがジュリアスを貫いた。だが、貪りたい衝動をこらえ、驚かせないように優しく唇を重ねあわせた。幸せを感じながら、ゆっくり顔を離すと、光希は蕩けた瞳でジュリアスを見つめた。
「……ジュリ」
「ん?」
「“もう一回して?”」
 首を傾けるジュリアスを仰いで、光希は躊躇いがちに身を乗りだした。首を伸ばして、唇の端にそっと口づける。
「光希……」
 深い幸福感に包まれて、ジュリアスは言葉を失った。まさか光希から口づけてくれるとは思っていなかった。どんな感情でそうしてくれたのかは判らないが、渇いた心の奥底まで、潤っていくように感じられた。
「“……嫌だった?”」
 唇を押さえているジュリアスを見て、光希は心配そうに訊ねた。
「私に触れられるのは、嫌ではない?」
 互いに、疑問口調を繰り返して、沈黙する。
 ジュリアスは、腕のなかで大人しくしている光希の顔を覗きこみ、試すようにこめかみに口づけた。光希は、甘えるように体重を預けてくる。
「光希……」
 少しだけ身体を離して顔を覗きこむと、光希は潤んだ目でジュリアスを見た。彼もジュリアスを求めている――そう感じた瞬間、柔らかな身体を組み敷いていた。
 視界が反転し、光希は息をのんだ。襟の紐を解かれて、薄紗の夜着に手が入りこむ。丸い腹に掌をぴったりと押しあて、軽く揉みこむように撫であげられると、たちまち首から上が燃えるように熱くなった。
 記憶の抜け落ちている光希にとって、直に素肌に触れられるのは、これが初めてだ。
 咄嗟に撥ね退けようともがくと、両腕を頭上でまとめられて、きつく絨緞の上に縫い留められた。仄昏い部屋のなかで、額の宝石と青い双眸だけが、不思議な光彩を放っている。
「ジュリ……ッ」
 射抜くような強い眼差しに、ぞくりと背筋が震える。この瞳を知っている。この身体は、彼に愛されたことがある。彼の指と唇に全身を愛撫されて、最奥を突きあげられた。何度も、何度も――期待が膨らみ、胸を反らした瞬間、
「あんっ」
 柔らかく乳首を摘まれた。圧し潰すような刺激を与えられ、甘痒い疼きが走る。
「ん……や、ぁっ……あんっ」
 乳首を弄られて、感じている自分が信じられない。けれども、胸を少し触られただけで、股間が昂っている。服をたくしあげられ、肌が青い眼にさらされた瞬間、息がとまるかと思った。弄られたせいで、そこが尖っているのが見なくても判る。
「“見ないで……”」
 光希は羞恥に顔を倒した。恥じ入る姿はいじらしく、同時に扇情的で、ジュリアスを刺激した。
「……誘ったのは、貴方だ。今夜ばかりは、私を責めないで欲しい」
 深みのある艶めいた声に、ぞくりと光希の背筋はふるえた。