アッサラーム夜想曲

栄光の紋章 - 7 -

 あえかな声を堪能しながら、真珠のように艶めいた肌に紅い花を咲かせていく。
「愛しています……」
 囁きながら肩口を吸いあげた。
 応えようとしない光希に焦れて顔をあげると、反感にきらめく瞳とぶつかった。
「……光希は?」
 返事を待ってみたが、頬は固く引き締まり、愛情の欠片も見いだせない。
「私だけの光希だと、いつかの夜に囁いてくれましたよね……今も、変わりませんか?」
 目をそらされた瞬間、形容し難い苛立ちに襲われた。胸の奥処おくかに黒い不安が芽生える。
「光希」
 頬に手をそえて黒い瞳を覗きこむと、今度は視線を半ば伏せてしまう。
「いいたくない、今は」
 冷たい拒絶に慈悲の心が遠ざかっていく。
 酷く獰猛な感情に任せて、噛みつくように唇を奪った。躰をたぎらせる征服欲に支配されて、柔らかな唇を揉みしだき、逃げ惑う舌を吸いあげる。
「ん、ふぅ……や、めッ」
 白くて柔らかな肌に手を滑らせ、豊満な胸をもみしだくと、指の合間からこごる紅い乳首がのぞいて、たまらなく淫靡だった。
「やめてっ」
 光希は頸を振って暴れるが、逃さない――躰を押さえつけて、頸筋から鎖骨までの、なだらかな線を唇で吸いながら辿っていく。
「や……離してッ」
 腕の動きを封じたまま、色づく乳首を口に含んだ。
「あぁッ」
 甘い蕾を舌で転がし、舐めて、み、そっと歯をたてる。
 声をあげまいと光希は全身を強張らせているが、腰骨の内側に手を滑らせると、白い喉をのけぞらせて、甘いため息を漏らした。
「ひぁっ、ん……」
 甘い花の蜜のような吐息……媚薬のような躰だ。触れるほどに白い肌は仄かに火照り、しっとりと濡れて甘く香る。
 扇情的な媚態を見つめながら、ジュリアスも激しく血潮が滾るのを感じていた。早くも呼気が乱れている自覚がある。
 潤んだ黒い双眸を覗きこむと、赦しを乞うような、弱々しい眼差しが見つめ返してきた。
「やめて……」
 その頼りげなく震えている声に、ジュリアスのなかの庇護欲がうずいた。
 怖がらせたくない。大切にしたい――
 だが彼を安心させるような言葉は何一つ思いつかなかった。脳裏は、手と口で白い肌の隅々まで愛撫し、光希のすべてを感じている情景で占められていた。
 ジュリアスは光希を思いきり抱き寄せた。腕のなかで光希が呻き声を漏らす。無理だ。とても耐えられない。自制心が崩壊していく――己の一部であるかのごとく、ほしいままに求めたい。
 布越しに芯を帯びた肉茎に手を伸ばせば、びくりと躰を撥ねさせ、小さく丸まろうとする。
 構わず下履きに手をかけると、光希は腕をつかって、ジュリアスの下腹を押しあげようとした。
「駄目!」
 他愛もない拒絶だ。それで全力なのかと憐れに思うほど、いともあっさり封じこめられる。
「ぃやだってば!」
「拒まないで。手加減できなくなる」
 瞳のなかに怯えがよぎるのを見て、ジュリアスは咄嗟につけ加えた。
「怖がらせてすみません。だけど貴方が欲しくて、今は抑えることが難しい」
 優しくいったつもりだったが、その声は自分でも欲望で震えて聴こえた。狂おしいほど光希がほしかった。
「ぁ、離してっ」
 逃げようとする腰を両手で掴んで引き戻し、殆どはぎ取るように服を奪った。聖人のごとく白い下腹部が露わになると、欲望に目が眩み、自身は岩のように硬く膨張した。恐らく戦闘時よりも心臓は速く、激しく打っている。
「やめて……お願い……っ」
 声と躰を震わせる光希は、あまりにか弱く哀れだった。
 傷つけたくない――大切にしたい――愛したい――深く、強く、この身を焦がす熱を鎮めたい。
 あらゆる想いが渦巻いて、殆ど暴力的な衝動となって、ジュリアスを突き動かす。
 とても制御できるような感情ではなかった。
 柔らかな躰を組み敷き、両腕を押さえて開いた胸に舌を這わせた。
「あぁっ、はぁ……んっ……」
 口では厭だといっても、素直な躰は、ジュリアスの与える刺激を快感に捉える。その証拠に、潤んだ声は紛れもなく艶めいていた。
 寝台とジュリアスの躰の間に押しつた躰が、蜂蜜のごとく蕩けていく。どこもかしこも柔らかい――剣の柄が手になじむように、彼の躰はジュリアスになじむ。
「光希……」
 緩くきざしている性器を柔らかく握りしめると、眉根を寄せた光希は力なくジュリアスを見あげた。
「やめて……っ」
 拒絶を呑みこむように、唇を重ねる。顔を振って唇をはずそうとするので、わざと下唇を吸いあげた。
「ん……ぁっ」
 閉じた光希の脚の間に、ジュリアスは下腹部を押しつけた。猛った塊を布越しに感じて、光希は慄いたように首を左右に振る。
「ぁ、やだっ」
「愛させて……光希も望んでいるはずです」
「望んでいない」
 否定以外の言葉がほしかった。どんなに小さい声でも構わないから、一言でも望んでくれれば、丹念に愛して、彼が耐えられないほどの快感を与えられるのに。甘い声をあげさせて、もっと欲しいと囁かせたい。お願い、といってほしい。
 その通りに口にだしていえたら良かったのかもしれない。
「……感じているくせに。私ばかり責めるのは、卑怯ではありませんか?」
 実際に口から飛びだした言葉は、愚かにも、本音を糊塗ことした挑発めいたものだった。
 光希は忌々しげに唸ると、手を振りあげた。避けることは十分に可能だったが、そうはしなかった。
 渇いた音と共に、頬に熱が走る。
 怒りに燃える黒い瞳が、上目遣いにジュリアスをめつける。そんな目で見ても、こちらを昂らせるだけだと知らずに。