アッサラーム夜想曲

神の系譜 - 4 -

「判ったよ……僕の不満は知っての通り、ザインへいくことを認められないことだよ」
「はい」
 真っ直ぐな視線を向けるジュリアスを見て、光希も気持ちを切り替えて姿勢を正した。
「啓示の内容に進展があったよ。捕えられているリャン・ゴダールは、シャイターンの系譜に関わる者かもしれない」
「リャン・ゴダールが?」
「憶測だけど……彼の子供か、或いは彼の血筋に“宝石持ち”が生まれるのかもしれない」
「どのような啓示なのです?」
「うつ伏せで、リャンの顔はよく見えないんだけど、額の辺りに青い輝きが視えるんだ」
「……それだけ?」
 軽んじる口調に、光希は少々たじろいだ。ジュリアスが口を開く前に、慌ててこうつけ加えた。
「でも、薄暗い部屋で、そこだけぼんやりと光るんだ。ジュリやサリヴァンのように“宝石持ち”を暗示しているのかも」
 光希の言葉に、ジュリアスが息をのむ。何かを警戒している様子だが、いったいなぜ?
「それは……」
 形の良い唇を戦慄わななかせ、視線を伏せる。濡れたように輝く睫毛が頬のうえに影を落とした。物憂げな表情は美しいが、彼の輪郭から青い炎が揺らめくのを見て、光希はびくっと動きを止めた。
「ジュリ?」
「まさか……その啓示は、光希を他の“宝石持ち”に引きあわせる為?」
「えっ」
 予想外の話の飛躍に、光希は言葉を詰まらせた。
 どうしたら、そんな発想になるのだろう……いや、呆けている場合ではない。珍しく動揺しているジュリアスの頬を、光希はそっと両手で手挟たばさんだ。
「僕はジュリだけの花嫁ロザインだよ。シャイターンは“宝石持ち”の存在を公にしたくないから、僕に伝えたんじゃないかな」
「“宝石持ち”の存在?」
 深刻そうにジュリアスがいった。
「違った。“宝石持ち”が生まれるかもしれない、家系の人」
 光希は即時にいい直した。
「そうだとしても、なぜ光希がいく必要があるのです?」
 ジュリアスの顔に警戒の色が広がるのを見ながら、光希は話を続ける。
「それは啓示を受けたのが、僕だからだよ。もう網膜に焼きつくほど視せられたんだ。僕を信じて」
 青い瞳が真摯な光をたたえて輝いた。
「信じています。私の心に光を灯すことができるのは、貴方だけです、光希」
「だったら――」
 ジュリアスは頬を包む光希の手を外すと、強い意志の光を瞳に灯して、光希を見つめた。
「光希も私を信じて、私に任せてください。決して貴方の期待を裏切ったりしません」
 光希は戸惑ったように視線を揺らした。
「もちろん信じているよ。でも……僕も招待されているんでしょう? 僕がいなければ印象を悪くするよ。軍を差し向ければ警戒を煽るんじゃないかな」
「なにも戦争をしにいくわけではありません。牽制が目的ですよ」
「そういうのを脅迫っていうの。だからさ……僕という花嫁ロザインがいれば、向こうの印象も大分変わると思うんだよ」
 外された手を、今度はジュリアスの肩に置いて膝立ちになった。目に力をこめて見下ろすと、ジュリアスは厳しい表情を浮かべた。
「光希を政治に利用するのは、好ましくありません」
「何を今更。ジュリにもいえることでしょ。いいんだよ、利用してくれて。偶像のようなものだし」
「偶像ではありません! 貴方は天上界でも最高位の御使い、シャイターンの花嫁ロザインであり、私の花嫁ロザインですよ?」
「そうだね……」
 でた、と思いながら光希はやや投げやりに相槌を打った。不服そうに、ジュリアスは「事実です」と返す。
「とにかく、僕とジュリが一緒にいけば歓呼で迎えられるよ。抗争にも歯止めをかけられるかもしれないよ」
「それは、そうでしょうけれど」
「リャンは本当に危ういんだ。酷い状態で捕らわれていて……早くしないと、死んでしまう。彼を助ける為にも、やっぱり花嫁ロザインの存在が必要だと思うよ」
「ならば、身代わりを立てます」
「身代わりぃ?」
 思わず胡乱げな声がでた。訝しむ光希を見つめて、ジュリアスは真顔で首肯する。
「誰でもいい。光希でなければ」
「僕を知っている人がいたら、どうするの?」
「なるべく姿を見せないように配慮します。人前に立つ時は、面紗ヴェールをかけていれば問題ありません」
 問題だらけだ。
「そんな手間をかけるなら、僕を連れていこうよ!」
 揺さぶってやりたい衝動を堪えて喚くと、ジュリアスは嫌そうな顔をした。
「光希を連れていきたくありません」
 つまるところ、彼の本音はその一言に尽きる。