アッサラーム夜想曲
再会 - 5 -
― 『再会・五』 ―
久しぶりに、穏やかな午後をジュリアスと共に過ごした。
満ち足りた、贅沢な時間。延々と話は弾み、合間に甘く爽やかな葡萄酒で喉を潤した。
いつの間にか、眠ってしまったらしい。
眼が覚めた時には、寝台の上で、外はもう暗かった。光希はジュリアスの姿を探して、控えの間にいるナフィーサを訪ねた。
「ジュリは?」
「お目覚めですか? 少し前に、アルスラン将軍に呼ばれて出て行かれました。じきにお戻りになりますよ」
「そう……」
「殿下、今のうちにご入浴されますか?」
「そうだね」
軽い口調で応えたが、光希はかなり緊張していた。夜が色濃くなると、これからの時間を考えてしまう。昼間はこの緊張を忘れたくて、ついつい飲み過ぎてしまったように思う。
恐らくジュリアスは、光希を抱きたいと言うだろう……
けれど、彼の酷い傷痕を見た後では、負担のかかる行為に懸念が先立つ。
迷いつつ、光希は専用の浴室に足を運んだ。ナフィーサは、かなり前から準備していたに違いない。馥郁 たる香りの湯が、浴槽にたぷんと張られている。
今夜は、ジュリアスに負担をかけないよう、光希がリードするべきかもしれない……
煩悶 を振り切り、ほてった身体に冷水をかけて浴室を出ると、灰青色の繻子 の上下に着替えた。
身支度を終えても、往生際悪く長居してしまった。
観念して廊下へ出ると、涼風と共に、どこからか美しい旋律が流れてきた。
音色に誘われて、光希は石壁に穿たれた銃眼 に身を寄せた。
姿は見えないが、誰かが、涙滴 型のラムーダを奏でているのだろう。寄り添う月型の竪琴 、タンバリンの音。微かに、歌声、笑い声も聞こえる。
いい夜だ。
涼しい風が、ほてった肌に心地良い。
天には星が瞬き、青い星の清かな光が、国門の突き出た稜堡 を蒼銀に染めている。包みこむような光は、ジュリアスの纏う青い燐光のよう。
光希は、自然と口元に微笑を浮かべた。恐れることはない。大好きな人と、幸せな時間を過ごせるのだから。
緊張が剥がれ、肩から力が抜けると、迷いのない足取りで私室に向かった。
「あ、お帰り……」
部屋に戻ると、窓辺にジュリアスが立っていた。しどけない様子に光希の胸は高鳴った。
「仕事は終わったの?」
「報告だけ。今日は、何もしませんよ」
傍へ寄ると、腰を引き寄せられた。熱を帯びる、青い双眸。密度の高い光。満ちる、青――
「ん……」
どちらからともなく顔を寄せて、唇を重ねた。愛情を伝えあうように、触れあうだけのキスを繰り返す。微笑する気配を感じて、うっすら瞳を開けた。
「きてくれないのかと、心配していました」
からかうように言われて、光希は照れ臭げに笑った。
「いや、正直、緊張してる……」
心臓がおかしいくらい、早鐘を打っている。眼を合わせられずにいると、そっと抱き寄せられた。
触れ合う鼓動は、光希と同じくらい速い。大きな手に頬を包まれて、そっと上向かされた。
「ん……っ」
口づけは忽 ち深くなり、熱い舌で口腔 を探られた。音が立つほど、激しい口づけ。風に吹かれて、湯冷ましをしたばかりなのに、身体は燃えるように熱くなる。中心に熱が滾 る――
「――っ」
ジュリアスも同じだ。
隙間なく抱きあっているから、互いの昂りが判る。つい逃げ腰になると、強い腕に腰を押さえつけられた。訴えるように、腰を擦りあわせられる。
口づけを繰り返しながら、爪先が浮くくらい抱きしめられて、そのまま寝台に運ばれた。
ゆっくり寝台に降ろされて、滑らかなシーツの上に背中から倒れる。追い駆けるように、ジュリアスが覆いかぶさってきた。
「大丈夫だから……」
右肩に触れずにいる光希を見下ろして、ジュリアスの方から光希の手を取って、肩に乗せた。
「……手当した?」
「もう塞がっていますよ。そろそろ包帯も不要です」
そういって、ジュリアスは上を脱いだ。肩を覆う白い包帯が痛々しい。
「そんな顔をしないで」
「痛かったでしょ」
「……多少は」
「嘘でしょー」
どうして、そんな見え透いた嘘をつくのだろう。死ぬほど痛かったはずだ。
久しぶりに、穏やかな午後をジュリアスと共に過ごした。
満ち足りた、贅沢な時間。延々と話は弾み、合間に甘く爽やかな葡萄酒で喉を潤した。
いつの間にか、眠ってしまったらしい。
眼が覚めた時には、寝台の上で、外はもう暗かった。光希はジュリアスの姿を探して、控えの間にいるナフィーサを訪ねた。
「ジュリは?」
「お目覚めですか? 少し前に、アルスラン将軍に呼ばれて出て行かれました。じきにお戻りになりますよ」
「そう……」
「殿下、今のうちにご入浴されますか?」
「そうだね」
軽い口調で応えたが、光希はかなり緊張していた。夜が色濃くなると、これからの時間を考えてしまう。昼間はこの緊張を忘れたくて、ついつい飲み過ぎてしまったように思う。
恐らくジュリアスは、光希を抱きたいと言うだろう……
けれど、彼の酷い傷痕を見た後では、負担のかかる行為に懸念が先立つ。
迷いつつ、光希は専用の浴室に足を運んだ。ナフィーサは、かなり前から準備していたに違いない。
今夜は、ジュリアスに負担をかけないよう、光希がリードするべきかもしれない……
身支度を終えても、往生際悪く長居してしまった。
観念して廊下へ出ると、涼風と共に、どこからか美しい旋律が流れてきた。
音色に誘われて、光希は石壁に穿たれた
姿は見えないが、誰かが、
いい夜だ。
涼しい風が、ほてった肌に心地良い。
天には星が瞬き、青い星の清かな光が、国門の突き出た
光希は、自然と口元に微笑を浮かべた。恐れることはない。大好きな人と、幸せな時間を過ごせるのだから。
緊張が剥がれ、肩から力が抜けると、迷いのない足取りで私室に向かった。
「あ、お帰り……」
部屋に戻ると、窓辺にジュリアスが立っていた。しどけない様子に光希の胸は高鳴った。
「仕事は終わったの?」
「報告だけ。今日は、何もしませんよ」
傍へ寄ると、腰を引き寄せられた。熱を帯びる、青い双眸。密度の高い光。満ちる、青――
「ん……」
どちらからともなく顔を寄せて、唇を重ねた。愛情を伝えあうように、触れあうだけのキスを繰り返す。微笑する気配を感じて、うっすら瞳を開けた。
「きてくれないのかと、心配していました」
からかうように言われて、光希は照れ臭げに笑った。
「いや、正直、緊張してる……」
心臓がおかしいくらい、早鐘を打っている。眼を合わせられずにいると、そっと抱き寄せられた。
触れ合う鼓動は、光希と同じくらい速い。大きな手に頬を包まれて、そっと上向かされた。
「ん……っ」
口づけは
「――っ」
ジュリアスも同じだ。
隙間なく抱きあっているから、互いの昂りが判る。つい逃げ腰になると、強い腕に腰を押さえつけられた。訴えるように、腰を擦りあわせられる。
口づけを繰り返しながら、爪先が浮くくらい抱きしめられて、そのまま寝台に運ばれた。
ゆっくり寝台に降ろされて、滑らかなシーツの上に背中から倒れる。追い駆けるように、ジュリアスが覆いかぶさってきた。
「大丈夫だから……」
右肩に触れずにいる光希を見下ろして、ジュリアスの方から光希の手を取って、肩に乗せた。
「……手当した?」
「もう塞がっていますよ。そろそろ包帯も不要です」
そういって、ジュリアスは上を脱いだ。肩を覆う白い包帯が痛々しい。
「そんな顔をしないで」
「痛かったでしょ」
「……多少は」
「嘘でしょー」
どうして、そんな見え透いた嘘をつくのだろう。死ぬほど痛かったはずだ。