アッサラーム夜想曲
再会 - 3 -
― 『再会・三』 ―
私室に戻った後も、光希の涙は止まらなかった。ジュリアスに抱き寄せられて、蓋をしておいた弱さを、片っ端から開けられてしまったのだ。
「ごめん……こ、んな、泣くはずじゃ……っ」
「我慢しないで」
子供を抱っこするように、膝上に乗せられた。背中を摩 ってくれるジュリアスの首に両腕を回して、ふと彼が重傷を負っていたことを思い出した。
「ごめん! 肩っ」
「平気です。もう殆ど治っているから」
「重傷だったんでしょう?」
「それなりに……今は平気ですよ」
「見せて」
沈黙が返った。青い双眸には、心配そうな色が浮かんでいる。光希が、散々泣いてしまったせいだろう。
「いつかは、見るよ。僕はその時、泣くかもしれない……だったら、どうせ今泣いてることだし、今見せてよ」
視線を逸らさずに見つめていると、ジュリアスはやがて諦めたように上着を脱ぎ、その下のシャツも脱いだ。肩を覆う包帯も、剥がしていく。
傷は、ほぼ塞がってはいるが、まだ治りかけだ。右肩から斜めに走る傷痕が痛々しい。どれだけの血が流れたのだろう……
動揺が表情に出ないよう、歯を食いしばり、目を見開いていたけれど、やっぱり涙は溢れた。大きな手に頬を撫でられると、堪らずその手に縋りついた。
「こんな、こんな、怪我を……」
「見た目程、深くないんですよ」
嘘だ。かなりの血が流れたに違いない。死んでも、おかしくなかったかもしれない……
「もう、戦わないで」
「光希……」
「次は、絶対、耐えられないよ……」
「判っています」
「どこにも行かないで」
「行きません」
迷わずに即答されたけれど、光希は素直に受け取れなかった。
半年前、捻じ伏せた感情が、心の片隅で燻 っていたのだと思い知らされる。傷痕を見て、あの憤 りが再燃した。
“宝石持ち”だから。神剣闘士 だから。総大将だから……そう言ってジュリアスは最前線に向かっていった。誰も止めなかったけれど、本音を言えば、光希は泣いて喚いて引き留めたかった。
――我慢したんだよ、必死にっ!!
抱きしめようとする腕を跳ね除けて、光希の方からジュリアスの腕を掴んだ。
「僕は、ジュリが心配なんだよっ!!」
「光希」
「ジュリが死んだら、生けていけない。置いていかないで……っ」
「置いてなど――」
顔を寄せる気配を感じて、光希は大きく仰け反った。傾いだ身体を、ジュリアスは腕の中に引き寄せる。そのまま、唇を奪われた。
「ん――っ」
キスが欲しいわけじゃないのに、もがいても離してくれない。手首をきつく掴まれて、隙間なく身体を引き寄せられた。
頭の後ろを手で支えられ、口づけは増々深くなる。舌を差し挿れられた拍子に、彼の右肩に手を置いて、思いきり力を込めてしまった。
掌に、ざらついた皮膚を感じる――光希は、眼を見開いて身体を強張らせた。
「ごめ……っ、……んぅっ!」
謝罪は言葉にならなかった。散々泣いた後なので、情熱的なキスは少し苦しい。酸素を求めて顔を傾けた後も、唇の端に何度も口づけられた。
「光希を置いて、死ぬわけがない」
見下ろす青い眼差しは、とても真摯な光を灯していた。
「絶対に、光希を置いて先に死んだりしない」
まるで誓いの言葉のようだ。
「ジュリの姿を見せてくれって、ずっとシャイターンに祈っていたんだ……でもちっとも叶えてくれなかった」
「“光希”の名を宿した剣は、ずっと私を守ってくれましたよ」
優しい慰めに、光希はようやく少しだけ微笑んだ。
「良かった。その剣は、戦場に行けない、僕の代わりだから……」
「ハヌゥアビスと戦った時も、シャイターンがこの剣に力を貸してくれました」
「……僕の願いは聞いてくれないのに、ジュリには力を貸すんだ。いいけどさ」
ふて腐れたように呟く光希の頬を、ジュリアスは愛しそうに手の甲で撫でた。額に優しい口づけを落とす。
「きっと、剣を振るう私の姿を、光希に見せたくなかったのでしょう」
「どうして?」
「……愛する人に、嫌われたくないから」
今度は光希の方から、ジュリアスの頬を両手で挟み込んでキスをした。
「刀身に名前を入れたのは、僕だよ。昔、剣を振るうジュリの姿を、鳥になって見たこともある。ジュリが何をしても、嫌いになんてならないよ」
「……」
「ジュリを、愛している。その為に、僕はアッサラームへきたんだ」
青い双眸は、うっすらと涙の膜に覆われた。潤んで煌めく様は、まるで宝石のよう……どんな宝石も、ジュリアスには遠く及ばない。光希の至宝だ――
私室に戻った後も、光希の涙は止まらなかった。ジュリアスに抱き寄せられて、蓋をしておいた弱さを、片っ端から開けられてしまったのだ。
「ごめん……こ、んな、泣くはずじゃ……っ」
「我慢しないで」
子供を抱っこするように、膝上に乗せられた。背中を
「ごめん! 肩っ」
「平気です。もう殆ど治っているから」
「重傷だったんでしょう?」
「それなりに……今は平気ですよ」
「見せて」
沈黙が返った。青い双眸には、心配そうな色が浮かんでいる。光希が、散々泣いてしまったせいだろう。
「いつかは、見るよ。僕はその時、泣くかもしれない……だったら、どうせ今泣いてることだし、今見せてよ」
視線を逸らさずに見つめていると、ジュリアスはやがて諦めたように上着を脱ぎ、その下のシャツも脱いだ。肩を覆う包帯も、剥がしていく。
傷は、ほぼ塞がってはいるが、まだ治りかけだ。右肩から斜めに走る傷痕が痛々しい。どれだけの血が流れたのだろう……
動揺が表情に出ないよう、歯を食いしばり、目を見開いていたけれど、やっぱり涙は溢れた。大きな手に頬を撫でられると、堪らずその手に縋りついた。
「こんな、こんな、怪我を……」
「見た目程、深くないんですよ」
嘘だ。かなりの血が流れたに違いない。死んでも、おかしくなかったかもしれない……
「もう、戦わないで」
「光希……」
「次は、絶対、耐えられないよ……」
「判っています」
「どこにも行かないで」
「行きません」
迷わずに即答されたけれど、光希は素直に受け取れなかった。
半年前、捻じ伏せた感情が、心の片隅で
“宝石持ち”だから。
――我慢したんだよ、必死にっ!!
抱きしめようとする腕を跳ね除けて、光希の方からジュリアスの腕を掴んだ。
「僕は、ジュリが心配なんだよっ!!」
「光希」
「ジュリが死んだら、生けていけない。置いていかないで……っ」
「置いてなど――」
顔を寄せる気配を感じて、光希は大きく仰け反った。傾いだ身体を、ジュリアスは腕の中に引き寄せる。そのまま、唇を奪われた。
「ん――っ」
キスが欲しいわけじゃないのに、もがいても離してくれない。手首をきつく掴まれて、隙間なく身体を引き寄せられた。
頭の後ろを手で支えられ、口づけは増々深くなる。舌を差し挿れられた拍子に、彼の右肩に手を置いて、思いきり力を込めてしまった。
掌に、ざらついた皮膚を感じる――光希は、眼を見開いて身体を強張らせた。
「ごめ……っ、……んぅっ!」
謝罪は言葉にならなかった。散々泣いた後なので、情熱的なキスは少し苦しい。酸素を求めて顔を傾けた後も、唇の端に何度も口づけられた。
「光希を置いて、死ぬわけがない」
見下ろす青い眼差しは、とても真摯な光を灯していた。
「絶対に、光希を置いて先に死んだりしない」
まるで誓いの言葉のようだ。
「ジュリの姿を見せてくれって、ずっとシャイターンに祈っていたんだ……でもちっとも叶えてくれなかった」
「“光希”の名を宿した剣は、ずっと私を守ってくれましたよ」
優しい慰めに、光希はようやく少しだけ微笑んだ。
「良かった。その剣は、戦場に行けない、僕の代わりだから……」
「ハヌゥアビスと戦った時も、シャイターンがこの剣に力を貸してくれました」
「……僕の願いは聞いてくれないのに、ジュリには力を貸すんだ。いいけどさ」
ふて腐れたように呟く光希の頬を、ジュリアスは愛しそうに手の甲で撫でた。額に優しい口づけを落とす。
「きっと、剣を振るう私の姿を、光希に見せたくなかったのでしょう」
「どうして?」
「……愛する人に、嫌われたくないから」
今度は光希の方から、ジュリアスの頬を両手で挟み込んでキスをした。
「刀身に名前を入れたのは、僕だよ。昔、剣を振るうジュリの姿を、鳥になって見たこともある。ジュリが何をしても、嫌いになんてならないよ」
「……」
「ジュリを、愛している。その為に、僕はアッサラームへきたんだ」
青い双眸は、うっすらと涙の膜に覆われた。潤んで煌めく様は、まるで宝石のよう……どんな宝石も、ジュリアスには遠く及ばない。光希の至宝だ――