アッサラーム夜想曲

再会 - 2 -

 ― 『再会・二』 ―




 石畳の中庭では、壮大な歌劇オペラが繰り広げられていた。
 至る所で再会の喜びを分かち合っている。無理もない……ここに辿り着くまでに、彼等の一人一人が過酷な道のりを乗り越えてきたのだ。
 その様子を感無量で眺めていると、やがてジュリアスと光希の傍にも、続々と将達が集まってきた。

「殿下、お久しぶりです」

 ずっと安否を懸念されていた将軍の姿を見て、光希は眼を輝かせた。

「ジャファールッ! お帰りなさい!」

 隣には、アルスランがいる。笑みを浮かべている二人を見上げて、光希も満面の笑みを浮かべた。ジャファールは少しやつれたように見えるが……目立った怪我はなさそうだ。

「お元気そうですなぁ、殿下」

 ヤシュムとアーヒムも揃って姿を見せた。

「ただいま戻りました」

 更に後ろから、ナディアまで。アッサラームの名だたる驍将ぎょうしょうが勢揃いだ。周囲の兵士達は、近寄るに近寄れず遠巻きにこちらを見ている。
 豪勢な顔ぶれに、光希も少々気圧されたが、喜びの方が大きい。ずっと、こんな光景を見たいと思っていたのだ。

「いい日だなぁ……」

 しみじみと呟くと、皆も明るい笑顔を浮かべた。
 奇跡だと思う。
 何が起きても可笑しくない戦いだった。こうしてまた、皆で笑い合えるのは、奇跡と言っていいはずだ。
 ふと、少し離れた所に立つユニヴァースと眼が合った。

「ユニヴァース!」

 光希が叫ぶと、周囲の将兵らも一斉にユニヴァースを見た。あ、ごめん……と思ったが、ユニヴァースは大して怯まずに近づいてきた。

「殿下、お久しぶりです」

「うん、久しぶり!」

 笑顔を浮かべたまま光希が振り向くと、ローゼンアージュは少し首を傾げ、閃いたように口を開いた。

「――あ、昼までに帰還されましたね」

「そうだけど、違うっ!」

 つい、全力で突っ込んでしまった。

「よぉ、アージュ」

 ユニヴァースが屈託なく笑うと、ローゼンアージュは澄ました顔で、おかえり、と応えた。彼等との他愛のないやりとりを、とても懐かしく感じる。嬉しくて、くすぐったいような、胸にこみあげるものがあった。
 少し場が和んだせいか、遠巻きにしていた他の将兵らも集まってきた。
 もっとのんびり話せたらいいのだが、彼等の中には、すぐに出発する者もいる。
 最大五万人を収容可能な国門だが、これからも後続部隊がやってくるので、全員は収容しきれないのだ。国門に留まる兵士は全体の半分もいない。殆どの部隊は国門で補給を済ませると、聖都アッサラームに向けて行軍を再開するのだ。

「気をつけてくださいね」

 アッサラームに発つ将兵らに、光希が声をかけると、全員、眩しい笑顔で応えた。

「ありがとうございます!」
「お会いできて光栄でした。殿下も、どうかお気をつけて」
「一足先に、アッサラームに向かいます」
「アッサラームでお待ちしております!」

 先発歩兵隊は国門から、およそ二ヵ月かけて聖都アッサラームを目指す。光希も、かつて聖戦から帰還する時は、行軍の大半を歩兵と共に進んだ。

 ――シャイターン。どうか、彼等を無事に、アッサラームへ帰してください。

 長い道のりであることは知っている。彼等の旅の無事を祈るばかりだ。
 逆に今、国門の警備を交代する為に、聖都アッサラームから国門に向かっている部隊もいる。
 ちなみに光希は、ジュリアスと共にしばらく国門に留まり、軍の大半が移動を終えたところで、飛竜に乗って合流する予定である。アッサラームに凱旋を果たすのは、まだ三ヵ月は先だろう。

「アッサラームが恋しいね」

 慌ただしい旅立ちの様子を眺めながら、光希は隣に立つジュリアスに声をかけた。

「そうですね……」

「大分ここにも馴染んだけどね」

「殿下、そろそろ、私室にお戻りになられては?」

 小さくため息をつくと、絶妙なタイミングでナフィーサに声をかけられた。

「うん……ジュリは?」

「私も戻ります。流石に疲れましたよ」

「そうだよね。ついでに着替えたら? ちょっと砂っぽいみたいだし」

 袖についている砂を叩いて落としてやると、すみません、とジュリアスは光希の肩から手を離そうとした。思わずその腕にしがみつく。

「光希?」

「いいんだよ」

「いえ、汚れますよ」

「気にしない」

 光希が手を離さないでいると、彼も諦めたように腕から力を抜いた。

「到着すると判っていたのに……野営が長引くと、身の周りを疎かにしがちでいけませんね」

「ジュリはいつも綺麗だよ。ちょっと砂っぽかっただけ。ここに運ばれてくる負傷兵ときたら、どうしてそうなった……っていうくらいドロドロで……」

 不意に、こめかみにキスをされた。

「よく頑張りましたね」

「……うん」

 皆が血を流して前線で戦っている間、光希も国門ここで戦っていた。
 眼を背けたくなるような出来事もたくさんあったけれど、いつでも、彼に恥じない自分で在りたい。その挟持きょうじがあったからこそ、どうにか今日までやってこれたのだと思う。
 頭を引き寄せられた瞬間、視界は一瞬で潤み、ポロッと涙が零れた。

「――……っ」

 溢れる涙を慌てて拭うと、包みこむように肩を抱き寄せられた。力強い腕が支えてくれるから、俯いて歩いていても少しも怖くない。