アッサラーム夜想曲
花冠の競竜杯 - 24 -
遊戯卓の制作は順調に進んでいた。
形を整えた天板と八脚に、加工と宝飾を施し、天板の縁には千花模様と宝石の象嵌 装飾、脚は中央をくり抜いて水晶に変えた。あとは純銀製の竜を搦めるだけだ。
再び手元の作業に集中していると、思いがけぬ顔が、窓の外にひょっこり覗いた。
「殿下~!」
「ユニヴァース!?」
光希は立ち上がると、道具を置いて窓に駆け寄った。
「お久しぶりです。これ、お土産です」
ユニヴァースは、色とりどりの硝子の小片の入った瓶を差し出した。
「わぁ、硝子?」
「赴任先の近くに大きな硝子工房があって、殿下なら喜ぶかなと思ってもらってきたんです」
「へー、ありがとう!」
「良かった、喜んでもらえて」
「色々な細工に使えそうだよ。そんなところにいないで、中に入ったら?」
「いいんですか?」
そういいながら、ユニヴァースは窓枠に手をかけた。ひらりと中へ入ってくる。
「お前な、表から入ってこいよ」
いつの間にか後ろにサイードがいて、腕を組んでユニヴァースを睨んでいた。
「班長、お久しぶりです」
彼はもう班長ではなく、兵器製造局の長官職を務める軍器太監なのだが、ユニヴァース然 り、クロガネ隊の面々は未だにサイードを班長と呼んでいた。
「おう。いつ戻ってきたんだ?」
「ついさっきです。いや~、アッサラームが恋しかった」
「年明けから大変だったな。首尾はどうだ?」
「諍いは起きていたけど、話し合いで治まりましたよ。工事も軌道に乗り出して、俺は晴れてお役目ご免です」
「お前は賭博に耽溺しているなんて噂があったぞ」
意地の悪い顔でサイードがいうと、ユニヴァースは額に手をあてて天を仰いだ。
「酷いなぁ、まじめに仕事をしていたのに」
「お疲れ様、競竜杯が始まる前に帰ってこれて良かったね」
光希がいうと、ユニヴァースはぱっと表情を明るくし、陽気に相槌を打った。
「殿下、差し入れありがとうございました。嬉しかったですよ」
「本当? 良かった」
「ええ、雑誌を見て現場で盛り上がっていましたよ。どこもかしこも、競竜杯の話題でもちきりですね」
雑談が始まると、弟子のノーアは気を利かせて折り畳み式の丸机を引っ張ってきた。更に紅茶を運んでくると、豊潤な香りに釣られて、スヴェンとケイトもやってきた。
「殿下、良かったらどうぞ」
「お、ありがとう」
暖かく湿った麻布を渡されて、ありがたく手を拭く。凝った肩をほぐしていると、ノーアは茶請けまで持ってきた。木彫りの器に、塩で味つけされた胡桃、干した無花果 、花梨 や林檎が盛ってある。
「ありがとう! ノーアは気が利くなぁ」
顔を輝かせる光希を見て、ノーアは嬉しそうにはにかんだ。ノーアの背後を確認するスヴェンを見て、光希は首を傾げた。
「どうしたの、スヴェン?」
「いえ、たった今、尻尾が見えたような気がしまして」
ノーアは目を細めてスヴェンを睨んだ。
「僕が犬みたいだって、いいたいの?」
「うん」
即答するスヴェンの頭を、ノーアはぺしっと叩いた。周囲から笑いが起こる。他の者も手を休めて集まってきて、小さな丸卓を囲み、しばらく四方山話 で盛り上がった。
紅茶を二杯飲み干したところで、ユニヴァースは敷布の上に置かれた遊戯卓を、興味津々といった様子で見つめた。
「豪華だなぁ……あの遊戯卓、どこに置くんですか?」
「ポルカ・ラセの玄関広間に置くんだよ」
「へぇ~! 道理で豪華なわけだ」
「すごいでしょ、二万個もの宝石を使うんだよ」
作業机に並ぶ宝石を見て、ユニヴァースは席を立ち、ふざけて手を伸ばそうとした。その後頭部をサイードがすかさず叩く。
「痛っ」
「汚い手で触るんじゃない。壊したら、弁償させるからな」
低く、脅す口調でサイードがいうと、ユニヴァースは降参を示すように両手をぱっとあげた。かぶりを振って、恐れをなしたように宝石から距離をとる。
「触るわけないじゃないですか」
光希は笑った。
「気持ちは判るよ。僕も触る時は手が震えそうになるんだ」
「いつ頃完成するんですか?」
「あと数日かな。もうすぐだよ」
「完成が楽しみですね。投票券が販売されたら、殿下の遊戯卓を拝みに俺もポルカ・ラセに足を運びますよ」
「うん、そうして」
「それにしても、あの宝石の総額が気になりますね」
光希は苦笑いを浮かべた。
「どうか訊かないで。考えないようにしているんだ。提供してくれたヘイヴンさんには、一生頭をあげられないよ」
「彼が宝石を?」
「そうだよ。図面を送った次の日には、溢れるほどの宝石を届けてくれたんだ」
「流石はポルカ・ラセの支配人、気前がいいなぁ。俺も硝子じゃなくて、貴石を買ってくれば良かったかな」
光希は目をぱちくりとさせた。
「宝石は遊戯卓に使うんだよ。でも、ユニヴァースにもらった硝子は自分の為に使うよ。ユニヴァースにも何か創ってあげる。何がいいかなぁ」
楽しそうにいう光希を、ユニヴァースは穏やかな気持ちで見つめた。いつものことだが、彼の傍にいると安堵に気が緩むのを感じる。ああ、アッサラームに帰ってきたのだ……しみじみと実感がこみあげた。
形を整えた天板と八脚に、加工と宝飾を施し、天板の縁には千花模様と宝石の
再び手元の作業に集中していると、思いがけぬ顔が、窓の外にひょっこり覗いた。
「殿下~!」
「ユニヴァース!?」
光希は立ち上がると、道具を置いて窓に駆け寄った。
「お久しぶりです。これ、お土産です」
ユニヴァースは、色とりどりの硝子の小片の入った瓶を差し出した。
「わぁ、硝子?」
「赴任先の近くに大きな硝子工房があって、殿下なら喜ぶかなと思ってもらってきたんです」
「へー、ありがとう!」
「良かった、喜んでもらえて」
「色々な細工に使えそうだよ。そんなところにいないで、中に入ったら?」
「いいんですか?」
そういいながら、ユニヴァースは窓枠に手をかけた。ひらりと中へ入ってくる。
「お前な、表から入ってこいよ」
いつの間にか後ろにサイードがいて、腕を組んでユニヴァースを睨んでいた。
「班長、お久しぶりです」
彼はもう班長ではなく、兵器製造局の長官職を務める軍器太監なのだが、ユニヴァース
「おう。いつ戻ってきたんだ?」
「ついさっきです。いや~、アッサラームが恋しかった」
「年明けから大変だったな。首尾はどうだ?」
「諍いは起きていたけど、話し合いで治まりましたよ。工事も軌道に乗り出して、俺は晴れてお役目ご免です」
「お前は賭博に耽溺しているなんて噂があったぞ」
意地の悪い顔でサイードがいうと、ユニヴァースは額に手をあてて天を仰いだ。
「酷いなぁ、まじめに仕事をしていたのに」
「お疲れ様、競竜杯が始まる前に帰ってこれて良かったね」
光希がいうと、ユニヴァースはぱっと表情を明るくし、陽気に相槌を打った。
「殿下、差し入れありがとうございました。嬉しかったですよ」
「本当? 良かった」
「ええ、雑誌を見て現場で盛り上がっていましたよ。どこもかしこも、競竜杯の話題でもちきりですね」
雑談が始まると、弟子のノーアは気を利かせて折り畳み式の丸机を引っ張ってきた。更に紅茶を運んでくると、豊潤な香りに釣られて、スヴェンとケイトもやってきた。
「殿下、良かったらどうぞ」
「お、ありがとう」
暖かく湿った麻布を渡されて、ありがたく手を拭く。凝った肩をほぐしていると、ノーアは茶請けまで持ってきた。木彫りの器に、塩で味つけされた胡桃、干した
「ありがとう! ノーアは気が利くなぁ」
顔を輝かせる光希を見て、ノーアは嬉しそうにはにかんだ。ノーアの背後を確認するスヴェンを見て、光希は首を傾げた。
「どうしたの、スヴェン?」
「いえ、たった今、尻尾が見えたような気がしまして」
ノーアは目を細めてスヴェンを睨んだ。
「僕が犬みたいだって、いいたいの?」
「うん」
即答するスヴェンの頭を、ノーアはぺしっと叩いた。周囲から笑いが起こる。他の者も手を休めて集まってきて、小さな丸卓を囲み、しばらく
紅茶を二杯飲み干したところで、ユニヴァースは敷布の上に置かれた遊戯卓を、興味津々といった様子で見つめた。
「豪華だなぁ……あの遊戯卓、どこに置くんですか?」
「ポルカ・ラセの玄関広間に置くんだよ」
「へぇ~! 道理で豪華なわけだ」
「すごいでしょ、二万個もの宝石を使うんだよ」
作業机に並ぶ宝石を見て、ユニヴァースは席を立ち、ふざけて手を伸ばそうとした。その後頭部をサイードがすかさず叩く。
「痛っ」
「汚い手で触るんじゃない。壊したら、弁償させるからな」
低く、脅す口調でサイードがいうと、ユニヴァースは降参を示すように両手をぱっとあげた。かぶりを振って、恐れをなしたように宝石から距離をとる。
「触るわけないじゃないですか」
光希は笑った。
「気持ちは判るよ。僕も触る時は手が震えそうになるんだ」
「いつ頃完成するんですか?」
「あと数日かな。もうすぐだよ」
「完成が楽しみですね。投票券が販売されたら、殿下の遊戯卓を拝みに俺もポルカ・ラセに足を運びますよ」
「うん、そうして」
「それにしても、あの宝石の総額が気になりますね」
光希は苦笑いを浮かべた。
「どうか訊かないで。考えないようにしているんだ。提供してくれたヘイヴンさんには、一生頭をあげられないよ」
「彼が宝石を?」
「そうだよ。図面を送った次の日には、溢れるほどの宝石を届けてくれたんだ」
「流石はポルカ・ラセの支配人、気前がいいなぁ。俺も硝子じゃなくて、貴石を買ってくれば良かったかな」
光希は目をぱちくりとさせた。
「宝石は遊戯卓に使うんだよ。でも、ユニヴァースにもらった硝子は自分の為に使うよ。ユニヴァースにも何か創ってあげる。何がいいかなぁ」
楽しそうにいう光希を、ユニヴァースは穏やかな気持ちで見つめた。いつものことだが、彼の傍にいると安堵に気が緩むのを感じる。ああ、アッサラームに帰ってきたのだ……しみじみと実感がこみあげた。