アッサラーム夜想曲

花冠の競竜杯 - 17 -

 翌日。
 仕事の終わり告げる鐘が鳴ったあと、光希はアルシャッドを捕まえて、遊戯卓の件を相談した。
 一通り聞き終えたあとで、アルシャッドはいつものようにのんびりとした口調で、そうですねぇ……と相槌を打った。
「シャイターンの忠告には耳を傾けるべきとも思いますが、魅力的な依頼ですね」
「一晩考えてみたけど、やっぱり僕は挑戦してみたいと思っています。クロッカス邸を手掛けた、アーナトラさんと一緒に仕事できるまたとない機会なんです」
「お気持ちはよく判りますよ」
 アルシャッドが頭ごなしに否定せず、共感を示してくれたことに、光希は勇気づけられた。
「……よし、決めた。ジュリを説得するぞ」
 光希は瞳に闘志を燃やして、気合いの腕まくりをした。不思議そうにしているアルシャッドを、きりっとした顔で見つめる。
「今日の仕事は終わりました。僕、ちょっと居残りしていきますね」
「それは構いませんが、何を作るのですか?」
「小道具です」
「小道具?」
 光希は曖昧な笑みで誤魔化すと、すぐに作業に取りかかった。太い螺子、細い螺子、鉄の環、余っている部品を寄せ集めて棕櫚の作業机に並べた。
 その様子を傍で見守っていたローゼンアージュは、光希が何を作ろうとしているのか見抜いて、きらりと瞳を輝かせた。
「動きを封じる、拘束具ですね」
「うん」
「痛めつけるために?」
「まさか!」
 驚いた顔をする光希を見て、ローゼンアージュもまた驚いた顔をした。
「違うのですか?」
「そんな物騒なものじゃないよ、ただ動きを封じたいんだ」
「なら、輪の内側に牛皮か毛皮を貼るといいですよ」
「なるほど」
「それから、留め金の位置はこのあたりに」
「ふんふん……さすがアージュ、見るところが違うね」
 光希は早速、あまっている革の端切れ持ってきて、輪の内側に縫いつけた。指摘をもらった留め金も調整してみる。
「指摘してくれて助かるよ。これをつけられたら、ちょっとやそっとじゃ抜け出せないね」
「大抵の者は」
 その言葉に、光希は首を捻った。ジュリアスは大抵の者に含まれるだろうか?
「どんな相手でも、絶対に外せない仕組みにしたいんだ。改善できる所はまだあるかな?」
 ローゼンアージュの瞳がきらりと光る。光希の隣に座ると、本格的に剣分を始めた。
「鎖の接合部、厚みを倍にするか、留め金を増やして補強をしてください」
「判った」
「縁の縫いとりを二重にしてください。糸をかえるといいですよ」
「ふんふん……」
 真剣な顔で拝聴する光希の手元を、同僚のケイトは不思議そうな顔でのぞきこんだ。
「殿下、何を作っているのですか?」
「ちょっとね」
「不思議な道具ですね」
「拘束具だよ」
「なんでまた?」
「ケイト、ちょっと両手を出してみて」
「両手?」
 大人しく両手を差し出すケイトの腕に、光希は試作したばかりの拘束具を嵌めてみた。
「殿下?」
「どう? とれそう?」
 いわれて、ケイトはがちゃがちゃと鎖を鳴らした。困惑した顔で光希を見つめる。
「取れませんよ。外してください」
「よし、ケイトなら余裕だ」
「何がですか」
 こっちの話、といいながら光希は枷を外した。隊員を次々と捕まえて、光希の自信は確信に変わる。ローゼンアージュにもつけてみようとしたら、さっと避けられた。
「逃げないで、アージュ」
「嫌です」
 いつになくきっぱり、即答する青年を光希は慈母の眼差しで見つめた。
「怖くない、怖くない……あれっ」
 一瞬で手にしていた枷を奪われ、逆に自分の両手首につけられてしまった。
「アージュ君?」
 手錠をつけた青年は、無表情に……いや、少しばかり楽しそうに光希を見ている。
 様子を見にやってきたサイードは、光希の手を見てぎょっとした。
「おいおい、殿下を拘束したらまずいだろう。いくらお前でも」
 サイードは光希の手錠を外すと、物珍しそうにしげしげと枷を眺めた。
「ほぉ、輪を連結しているのですか。いろいろとよく思いつきますね」
 アッサラームでは、主に罪人を拘束する際に、平らな板に穴を二つあけた拘束具を使う。光希の試作した手錠は、工房にいる誰も見たことがなかった。
「軍で活用できそうですか?」
「そうですね……軽量で小さいし、この大きさなら場所も取らない。実用に向いているかもしれませんね」
 ちなみに、サイードのこん棒のような手首には、そもそも枷が入らなかった。
「つける相手によって、大きさを調整できないといけませんね」
 サイードの言葉に、光希は頷いた。
「確かに……でも使いたい人には、問題ないと思うから平気です」
 やりとりを見守っていた隊員達は、そろって首を傾げた。
「「誰に使うんですか?」」
 一斉に視線が集まり、光希は慌てた。控えめな咳払いをする。
「……ちょっと、護身用に」
 まさか、ジュリアスに使うとはいえない。周囲は納得したように頷いたが、ローゼンアージュはものいいたげな眼差しを投げてよこした。光希は気づかぬふりで手元に視線を落とすと、せっせと器具の調整をするのだった。