アッサラーム夜想曲

第4部:天球儀の指輪 - 15 -

 屋敷に戻ると、眠りこける前に気力を振り絞って入浴を済ませた。そして、私室に辿り着くと、絨緞の上にばたんと倒れこむ。
 微睡まどろみの中、ジュリアスを想う。まだ撤収作業をしているのだろうか。朝から働き詰めで、さぞ疲れているだろう。

「ん……」

 髪を撫でられる感触に眼が覚めた。いつの間にか、眠っていたらしい。眼の前にジュリアスがいる。

「……おかえり」

「ただいま」

 のそのそと身体を起こすと、優しく抱きしめられた。ジュリアスの肌から、石鹸のいい香りが漂う。ちょうどいい位置に肩があるので、顔を乗せた。素晴らしい心地に眠りを誘われる……

「眠い?」

「んー……遅かったね……」

 身体を持ち上げられて、膝上に乗せられた。向かい合わせに抱っこされて、再び抱きしめられる。

「はぁ……癒される……」

 ジュリアスはしみじみと呟いた。互いに忍び笑いが漏れる。今日はさぞ疲れただろう。裏方も表舞台でも大活躍だった。

「お疲れ様。今日は、すごく恰好良かった」

 青い双眸を細めると、ジュリアスは光希の手を取り、指先に口づけた。甘い空気に誘われて、光希から顔を寄せる。
 自分からするキスは、未だに少しぎこちない。顔を傾ける方向で毎回戸惑うし、一度は鼻をぶつける。
 だから、結局いつもジュリアスが角度を微調整してくれる。唇を触れ合わせるのがやっとで、自分から舌を絡ませることもできない。でも、ジュリアスとするキスは好きだ。いつでも幸せな気持ちにさせてくれるから……

「ん……」

 口づけは次第に深くなる。光希からキスを始めても、途中からジュリアスに主導権を奪われてしまう。
 しっとりと唇を吸われて、舌を挿し入れられた。首に腕を回して応えると、粘膜のあちこちを舌でくすぐられて、絡めた舌を強く吸われる。
 光希の拙いキスとはまるで違う、巧みなキス。どくどくと心拍数は上がり、たちまち顔は熱くなる。身体を引こうとすると、腰に回された腕にきつく抱き寄せられた。

「っ、は、ん……!」

 吐息すら奪うように、唇を奪われる。食べられてるみたい。熱烈に、執拗に求められる。
 腕に置いた手に力を込めて窮状を訴えると、ようやくジュリアスは唇を離した。肩で息をしていると、膝裏をすくわれて身体を持ち上げられた。
 束の間見つめ合い……首に腕を絡ませると、すぐに寝室へ運ばれた。滑らかな敷布の上に降ろされ、乗り上げてきたジュリアスに唇を塞がれる。
 瞼を閉じたら、昼間のジュリアスの雄姿が鮮やかに蘇った。
 今日見た光景を一生忘れない……信じられないくらい恰好良かった。ジュリアスは光希の英雄だ。

「――呼んでくれて、嬉しかったですよ」

「え……?」

 吐息のような囁きに瞼を開けると、青い双眸に静かに見下ろされていた。

「ユニヴァースの相手をしている時、私の名を呼ぶ光希の声が聞こえました」

 本当だろうか。大歓声に紛れて、聞こえなかったのでは……
 光希の疑問を読んだように、ジュリアスはふっと優しい笑みを浮かべると、包みこむように掌で頬を撫でた。

「聞こえましたよ」

「すごかった。夢中だった。ジュリって、なんて恰好いいんだろうって思った」

 見下ろす視線は、更に甘くなる。長い指で、光希の唇をかたどるようになぞり始めた。

「光希はすごくかわいかった。身を乗り出して、夢中で観戦していましたね。無邪気に抱えるほど花を投げ入れたりするから……悔しかったですよ。貴方は時々憎らしい真似をする」

 素直に打ち明けてくれたジュリアスがかわいくて、思わず笑みがこぼれた。笑うと、拗ねたように口を閉ざす。彼のこんな顔、光希しか知らなければいい。誰にも見せないで欲しい、ずっと。

「ジュリって、時々すごくかわいいよね」

 頬を挟んで引き寄せ、鼻の頭にキスをした。見下ろす視線は、照れたように逸らされる。けど、すぐに戻ってくる。熱を乗せて――