アッサラーム夜想曲

第3部:アッサラームの獅子 - 37 -

 美しい、青い双眸に見下ろされる。
 瞼の上に優しく口づけられた。唇は離れていかず、そのまま頬や鼻筋を辿っていく。
 愛情に満ちた優しいキスに、怯えと緊張は和らいだ。強張った肩から、力が抜け落ちる。唇に吐息がかかると、誘われるがままキスを受け入れる。唇が重なる瞬間、ユニヴァースの顔が胸をよぎった。

「んっ」

 唇をやんわり食まれて、口腔こうこうを熱い舌であちこち刺激される。甘いキスをしているのに、苦い想いが胸にこみあげた。
 窓辺に意識を逸らす光希を叱るように、ジュリアスはシャツを捲り上げ、大きな掌で背中を撫で上げた。

「ジュリッ」

 離れようとすると、きつく抱きしめられ、そのまま寝室に運ばれた。ジュリアスは光希の肩に手を置くと、全身鏡の前に立たせた。

「どんな格好をしていようと、周囲の眼に貴方は私の花嫁ロザインとして映るのです。どうしてそんなに平然と、素肌を晒すことができるの?」

 鏡の中で見つめ合い、光希は慎重に口を開いた。

「ごめんなさい……汗や泥で汚れていたし、暑かったから、汗を流したくて……」

「ここの浴室を使えば良かったでしょう」

「そうなんだけど、さっきは本当に疲れていて、面倒臭くて……」

 ジュリアスは信じられないという顔をした。その顔を見て、光希は自分の迂闊さに内心、ほぞを噛んだ。

「面倒臭いって……意味が判りません。同じ軍舎内ではありませんか。貴方は面倒臭いと感じれば、誰とも知れぬ人前で素肌を晒すというの?」

「ごめんなさい! 共同の大浴場を使っちゃいけないって、知らなくて――」

「自覚して欲しいと、いっているんです!」

 両肩を掴まれ、憤懣ふんまんたぎった声で責められた。
 視界は潤みかけるが、同時に反発心も芽生えた。鏡の中で睨み返すと、両腕を振って拘束を解いた。

「だって皆、共同の大浴場を使っているじゃない! どうして僕だけ駄目なの? そんなに怒るなら、最初に教えてよっ!」

「どうして判らないのです」

「何で僕だけ――」

 鏡の中で喚くと、ジュリアスは光希のシャツのボタンを素早く外して、前をはだけさせた。自分も乱暴に上を脱ぎ捨てる。
 呆気にとられていると、大きな掌に両肩を包まれた。

「全然違うんです、私と貴方は。どこもかしこも白くて、柔らかくて……触りたくなる。貴方の肢体はとても艶めいていて、魅力的なんです……同じ男とは思えません」

 恐いくらいに真剣な顔で告げると、美しい顔を下げて、光希の肩に口づけを落とした。肩を包んでいた掌は、ゆっくりと降りていき、二の腕を撫でる。離れたと思ったら、胸を包み込まれた。

「鏡を見て」

 いわれた通りに顔を上げて、唖然とした。
 しなやかで逞しい、鋼のような褐色の身体が後ろから覆いかぶさり、厭らしい手つきでぷっくりした両胸を揉みこんでいる。
 淡く色づいた乳首は指の合間に挟まれて、つんとしこっていた。

「っ、あ、ん……っ、やだ」

 ジュリアスと比べたら、筋肉のない白い身体が、なよく見える。人より肉付きがいいとしか思っていなかった胸は、ジュリアスの手で厭らしく形を変えて、誘うように色づいていた。

「やだっ、あ、嘘」

「思わず触れたくなる……」

 ジュリアスは光希の口内に指を潜らせると、優しくかき混ぜた。そっと抜くと、濡れた指で凝った胸の先端を弾く。

「――っ」

 甘い刺激が全身に走った。
 中心に熱が集まる……膝が笑ってくずおれる身体を、ジュリアスは後ろから支えて、寝台の端に腰を下ろした。
 無意識に太ももを擦り合わせると、片手で器用にベルトを外され、隙間から手を差し入れられる。
 長い指で脈打つ屹立に触れられて、ひくんっ……と下肢が揺れた。ジュリアスは、顔を背けた光希の耳朶に唇をつけると、吐息を吹き込むように囁いた。

「――そう思うのは、私だけではありません。あの場にいた多くの男が、濡れた貴方を食い入るように見つめていました」

 嫉妬の滲んだ声で告げると、ジュリアスは光希の首筋に舌を這わせた。跡が残るくらいに、強くそこに吸いついた。

「っ、ん……っ! うっそ……だぁ」

「いとけないのに、眼を離せないほど艶っぽくて……心配なんです。お願いだから、もう誰にも肌を見せないと約束して」

「んぅ、あぅっ……んん……わかッ」

 首筋を吸いながら、ジュリアスは忍ばせた手で屹立を愛撫した。たまらずに喉の奥から嬌声がほとばし

「ね、光希……私に強請らなくていいの?」

「え……?」

「今日は、ユニヴァースの為に頑張ったのでしょう。面会を希望するんじゃなかった?」

 考えもまとまらぬうちに、ジュリアスは手淫を加速させて光希を煽る。亀頭を愛撫されると、あっけなく放出を迎えた。
 余韻に震えていると、ジュリアスは外したアスコットタイで、掌に受け留めた白濁を拭き取り、光希の濡れた下肢も綺麗に拭った。
 自分だけ乱れてしまった羞恥を感じていると、後ろから顔を覗きこまれた。

「一日様子を見て、私が判断していいのでしたよね」

 光希はぼんやりとジュリアスを見上げた。長い指は頬を滑り、唇に柔らかく触れる。

「サリヴァンに免じて、今回は見逃しますが……次はありませんから」

 端正な顔に、凄艶せいえんな笑みを浮かべた。見惚れるほど美しい笑みだが、眼は少しも笑っていない。

「面会は、見送りかな……当然でしょう?」

 唇に、触れるだけの口づけが与えられた。全て知られていることを悟り、光希は無言で頷いた。