アッサラーム夜想曲
第3部:アッサラームの獅子 - 15 -
アルサーガ宮殿から南に向かって、馬で駆けること半刻。
とんがり赤茶屋根がずらりと並ぶ、可愛らしい街並みが見えてきた。
サンマール広場下町地区である。
大通りは見渡す限りテントの海で、大小様々な露店が所狭しとひしめき合い、大勢の人で賑わっていた。
「でん……っと、何て呼びましょうかね?」
ユニヴァースは言葉を切ると、光希を見て首を傾けた。
「何でも良いよ。適当に、ありふれた名前で呼んで」
黒髪が零れないよう、深く帽子をかぶり直した。
「んー……じゃあ、テオで」
「判った」
「テオ、テオ、テオ……」
練習するように復唱するので、光希も真似をして、テオ、テオ、僕はテオ……と暗示をかけてみた。
「よし、テオ。腹が空きませんか? 買い食いしたことはありますか?」
光希が首を振ると、ユニヴァースは近くの露店で骨付き肉を二つ買い、一つを光希に渡してくれた。
香ばしい匂いに食欲をそそられる。はふはふと頬張ると、熱い肉汁が口の中に拡がり、光希は満面の笑みを浮かべた。
更に別の露店でケイジャンチキンサンドを買い、石の階段に並んで腰掛け、盛大にかぶりついた。
光希もそれなりに食べる方だが、ユニヴァースに比べたら少食だ。彼は、ボリュームのあるサンドイッチを瞬く間に三つ平らげ、別の露店で豆のチリスープを買うと、腹をさする光希の隣で旨そうに飲み干した。
「いいなぁ、それだけ食べて太らないなんて」
「食べれる時に食べるようにしているんです。どんなに食べても、訓練するとすぐ腹が減るんですよ」
そういうユニヴァースは、歩きながら香草焼ソーセージを食べている。
「……肉ばっかりだと身体に悪いよ。野菜も食べないと」
「いざとなったら、その辺に生えてる草も食べますからね。肉は食える時に食わないと」
洗練された外見に反する逞しさに、光希は密かに感心した。流石は軍人である。
「僕も、鍛えたら変わるかなぁ……」
ぽよぽよした腹を摩っていると、ユニヴァースはふと無言になった。どうした? 見上げて首を傾げると、生暖かい眼差しで見下ろされた。
「まぁ、テオはそのままで良いんじゃないですか? 可愛らしくて?」
「良くない」
「英雄から寵愛をいただいているお姿なんですから。白くて柔い肌を、損なわない方がいいですよ」
納得しかねるが、反論は控えた。本音をいえば、ユニヴァースのような淡い褐色の肌が羨ましい。アッサラームの人は皆そうだ。気にしてもしょうがないが、並んで歩いていると劣等感を刺激されてしまう。
会話の合間に、ユニヴァースは色鮮やかな果物露店に寄り道をして、二つカップを持って戻ってきた。一つを光希に渡してくれる。
「ありがとう。ねぇ、ユニヴァースは日焼けしているの? 本当はもっと白いの?」
「生まれた時から、肌の色は同じですよ」
「ふぅん、いいなぁ。僕は全然陽に焼けなくて……筋肉もないし」
「陽を浴びる度に、肌色が変わったら大変じゃないですか。まぁ、身体を鍛えたいなら手伝いますけど、走り込みしただけで倒れそうですよね……」
「酷いなぁ」
笑いながら歩いていると、反対側から色鮮やかな衣装を纏った若い女性達が歩いてきた。柳のような身体つきの美女ばかりだ。見栄えのいい軍人、ユニヴァースに気付くと足を止めて秋波を送る。
「軍人さん、どこに行くの?」
光希は雷に打たれたような衝撃を受けた。
(逆ナンかよ! すげぇ、ユニヴァースすげぇっ!!)
心の底からユニヴァースを尊敬する。しかし彼は、ごめんね、とつれない返事をすると、彼女達の横をすり抜けてしまう。思わず振り返ったのは光希の方だ。
「いいの?」
小声で尋ねると、ユニヴァースは苦笑を洩らした。
「いくら俺でも、テオを連れている時に、女引っかけようなんて思いませんよ」
自信のある男はいうことが違う。殴ってやりたくなった。
「せっかく、声をかけてもらえたのに! 連絡先とか交換しておかなくていいの?」
「いいんですよ、面倒臭いし」
「えぇっ!? あ……恋人いるの?」
「恋人ぉー? いないかな?」
「何で疑問形なの?」
「特定の恋人は、いないかな?」
軽薄な言葉に、光希は白い眼を向けた。
「アージュみたいな眼で見ないでください。テオにされると傷つきます。付き合う時はいつも期限を先に伝えているし、その間は一人だけにしていますよ」
ユニヴァースは焦ったように弁解した。
「期限?」
「任務を優先したいし、戦場にも出たいから。誰かと長い付き合いは出来ません」
思いのほか真面目な顔で応えるので、それ以上追及することは躊躇われた。
とんがり赤茶屋根がずらりと並ぶ、可愛らしい街並みが見えてきた。
サンマール広場下町地区である。
大通りは見渡す限りテントの海で、大小様々な露店が所狭しとひしめき合い、大勢の人で賑わっていた。
「でん……っと、何て呼びましょうかね?」
ユニヴァースは言葉を切ると、光希を見て首を傾けた。
「何でも良いよ。適当に、ありふれた名前で呼んで」
黒髪が零れないよう、深く帽子をかぶり直した。
「んー……じゃあ、テオで」
「判った」
「テオ、テオ、テオ……」
練習するように復唱するので、光希も真似をして、テオ、テオ、僕はテオ……と暗示をかけてみた。
「よし、テオ。腹が空きませんか? 買い食いしたことはありますか?」
光希が首を振ると、ユニヴァースは近くの露店で骨付き肉を二つ買い、一つを光希に渡してくれた。
香ばしい匂いに食欲をそそられる。はふはふと頬張ると、熱い肉汁が口の中に拡がり、光希は満面の笑みを浮かべた。
更に別の露店でケイジャンチキンサンドを買い、石の階段に並んで腰掛け、盛大にかぶりついた。
光希もそれなりに食べる方だが、ユニヴァースに比べたら少食だ。彼は、ボリュームのあるサンドイッチを瞬く間に三つ平らげ、別の露店で豆のチリスープを買うと、腹をさする光希の隣で旨そうに飲み干した。
「いいなぁ、それだけ食べて太らないなんて」
「食べれる時に食べるようにしているんです。どんなに食べても、訓練するとすぐ腹が減るんですよ」
そういうユニヴァースは、歩きながら香草焼ソーセージを食べている。
「……肉ばっかりだと身体に悪いよ。野菜も食べないと」
「いざとなったら、その辺に生えてる草も食べますからね。肉は食える時に食わないと」
洗練された外見に反する逞しさに、光希は密かに感心した。流石は軍人である。
「僕も、鍛えたら変わるかなぁ……」
ぽよぽよした腹を摩っていると、ユニヴァースはふと無言になった。どうした? 見上げて首を傾げると、生暖かい眼差しで見下ろされた。
「まぁ、テオはそのままで良いんじゃないですか? 可愛らしくて?」
「良くない」
「英雄から寵愛をいただいているお姿なんですから。白くて柔い肌を、損なわない方がいいですよ」
納得しかねるが、反論は控えた。本音をいえば、ユニヴァースのような淡い褐色の肌が羨ましい。アッサラームの人は皆そうだ。気にしてもしょうがないが、並んで歩いていると劣等感を刺激されてしまう。
会話の合間に、ユニヴァースは色鮮やかな果物露店に寄り道をして、二つカップを持って戻ってきた。一つを光希に渡してくれる。
「ありがとう。ねぇ、ユニヴァースは日焼けしているの? 本当はもっと白いの?」
「生まれた時から、肌の色は同じですよ」
「ふぅん、いいなぁ。僕は全然陽に焼けなくて……筋肉もないし」
「陽を浴びる度に、肌色が変わったら大変じゃないですか。まぁ、身体を鍛えたいなら手伝いますけど、走り込みしただけで倒れそうですよね……」
「酷いなぁ」
笑いながら歩いていると、反対側から色鮮やかな衣装を纏った若い女性達が歩いてきた。柳のような身体つきの美女ばかりだ。見栄えのいい軍人、ユニヴァースに気付くと足を止めて秋波を送る。
「軍人さん、どこに行くの?」
光希は雷に打たれたような衝撃を受けた。
(逆ナンかよ! すげぇ、ユニヴァースすげぇっ!!)
心の底からユニヴァースを尊敬する。しかし彼は、ごめんね、とつれない返事をすると、彼女達の横をすり抜けてしまう。思わず振り返ったのは光希の方だ。
「いいの?」
小声で尋ねると、ユニヴァースは苦笑を洩らした。
「いくら俺でも、テオを連れている時に、女引っかけようなんて思いませんよ」
自信のある男はいうことが違う。殴ってやりたくなった。
「せっかく、声をかけてもらえたのに! 連絡先とか交換しておかなくていいの?」
「いいんですよ、面倒臭いし」
「えぇっ!? あ……恋人いるの?」
「恋人ぉー? いないかな?」
「何で疑問形なの?」
「特定の恋人は、いないかな?」
軽薄な言葉に、光希は白い眼を向けた。
「アージュみたいな眼で見ないでください。テオにされると傷つきます。付き合う時はいつも期限を先に伝えているし、その間は一人だけにしていますよ」
ユニヴァースは焦ったように弁解した。
「期限?」
「任務を優先したいし、戦場にも出たいから。誰かと長い付き合いは出来ません」
思いのほか真面目な顔で応えるので、それ以上追及することは躊躇われた。