アッサラーム夜想曲
第2部:シャイターンの花嫁 - 24 -
次の日、光希は身支度の為に朝から拘束される羽目になった。
「祝賀会は夜からでは? あとで身支度すれば……」
「いいえ、殿下はシャイターンの花嫁 なのですから、腕によりをかけて着飾らせていただきます。お肌のお手入れ、お髪 のお手入れ、やることはたくさんございますよ」
ナフィーサは張り切って告げると、手を鳴らして召使を呼んだ。
「殿下のご入浴をお手伝いなさい。清めたら香油で全身を磨きあげるのです」
「かしこまりました」
ぞろぞろと部屋に入ってくる召使達を見て、光希は焦ったように声を上げた。
「待って! 風呂なら一人で」
「いいえ、殿下。この者達は美容に精通しております。さぁさぁ、安心してご入浴なさいませ」
笑みを湛えてナフィーサが告げると、さぁさぁ、こちらでございます殿下、と洪水に流されるが如く、召使達により光希は浴場へ連れ去られた。
「わぁ――ッ! 待って待って、服くらい脱げます!?」
よってたかって服を脱がされ、あれよという間に木椅子に座らせられた。足を合わせて秘所を隠している間に、髪や背中を手際よく洗われていく。
大事なところはどうにか死守したが、足の指の合間まで人に、それも女性に跪かれて洗われてしまい、光希は何度も声にならない悲鳴を上げた。
「はぁ……」
薔薇やジャスミンの浮いた湯船につかる頃には、披露困憊していた。
暖かな湯の中で重いため息をつく。その間にも、少し離れたところで召使達が花びらや果物を湯に投入している。
風呂から上がると、今度は寝台に横になるようにいわれて、抵抗も虚しく全身を手入れされた。除毛液を塗られて、全身つるつるにさせられたのだ。
『やめてくれよ~もう……女じゃないんだからさぁー……』
つるつるになった腕を見て、光希は情けなくも涙ぐんでしまった。砂漠にいた時ですら、ここまではされなかったのに。
今日は徹底的に全身を磨かれている。陰毛まで綺麗に整えた揚句、除毛液で溶かされた。
肌を再び湯で流したあと、檸檬水を飲みながら、花びらの浮いた湯に入れられる。
髪に香油を塗り、爪を綺麗に磨いて、全身を磨いて……全てが終わる頃には昼を大分過ぎていた。
朝から入浴を開始して、五時間以上にも及ぶ苦行であった。
「公宮の女は、皆こんなことしているの?」
テラスで軽食を口にしながら、光希は疲れきった口調で問いかけた。
「当然です。美しくあることも、宮女の務めでございます。公宮に大浴場や蒸風呂が数多く用意されているのは、その為でございますよ」
「女って大変なんだね……」
「ですが殿下、大変お綺麗になられましたよ。何事も努力あってこそにございます」
晴れやかな笑みを浮かべるナフィーサの言葉に、光希は無言で応えた。
「……いつもより量少ないね。僕もう少し食べたい」
「あまりお召しになると、お着替えが辛くなりますよ。夜には豪勢なお食事が用意されますから、我慢なさいませ」
やれやれ……朝から数えて、通算何度目かのため息をついた。
「ところで殿下、先ほど西妃 様からこのような招待状が届きました」
受け取った封筒には、燕の意匠が描かれており、鈴蘭の紋章の封燭 が押されていた。
封を開けると、レース状に縁抜きされた手紙が一枚、とても美しい書体で綴られている。先日、四阿の下で約束した、ピクニックの正式なお誘いだ。
「うん……出かける約束をしているんだ。返事したいな」
「良ければ代筆いたしましょうか? 西妃様からのお手紙も代筆でしょう」
「そう? じゃあお願いします。お誘いありがとうございます、楽しみにしています、って書いておいてください」
「かしこまりました」
手紙をナフィーサに渡してテラスから戻ると、用意された衣装を見て噴き出しそうになった。
「何これ」
「特別にご用意しました、夜会衣装にございます」
用意された衣装は、上下に分かれた腹の出る縫製で、踊り子の衣装のようだった。繊細な金糸のレースに硝子の珠玉をふんだんにあしらい、裾は金魚のようにひらひらしている。どこからどう見ても、女物だ。
砂漠で着せられた衣装に比べれば露出は少ないが、凱旋の時に見た貴婦人達の恰好と比べると明らかに露出が高い。
「これ、男が着るの?」
思わず、死んだ魚のような眼差しになった。
「宮女の礼装にございます」
沈んだ空気に気づかず、ナフィーサは真顔で応えた。
「もっと普通の服はないの? ナフィーサや、ジュリみたいな服がいい」
ジュリアスはいつも軍服か、落ち着いた貴公子然とした恰好をしている。ナフィーサは足まで隠れる神官の聖衣を羽織っており、どちらも肌の露出は殆どない。
「ですが、殿下は公宮の主にございますから……それに今日は初のお披露目にございます。服装に乱れがあってはなりません」
困り顔のナフィーサを見て、光希は絶句した。これも十分、乱れた服装に見えるが、正しい礼装らしい。
頭痛を堪えるように、光希はこめかみを揉みほぐした。
かくして準備は整った。
腹の出た衣装を着て、薄化粧を施し紅を引いた光希は、虚ろな眼差しで寝椅子に腰かけている。
頭髪には、ジュリアスから贈られた、えもいわれぬ煌めきを放つ、青いダイヤモンドのティアラを飾り、耳にも腕にも揃いの宝石をつけている。爪や手の甲にも、金色の化粧を施されていた。
黄昏、帰宅したジュリアスは、着飾った光希を見て眼を輝かせた。
「何て美しいのだろう……私の花嫁……困ったな、誰にも見せたくありません」
褒められても嬉しくない。光希は複雑な心境で、気まずそうに視線を逸らすのであった。
「祝賀会は夜からでは? あとで身支度すれば……」
「いいえ、殿下はシャイターンの
ナフィーサは張り切って告げると、手を鳴らして召使を呼んだ。
「殿下のご入浴をお手伝いなさい。清めたら香油で全身を磨きあげるのです」
「かしこまりました」
ぞろぞろと部屋に入ってくる召使達を見て、光希は焦ったように声を上げた。
「待って! 風呂なら一人で」
「いいえ、殿下。この者達は美容に精通しております。さぁさぁ、安心してご入浴なさいませ」
笑みを湛えてナフィーサが告げると、さぁさぁ、こちらでございます殿下、と洪水に流されるが如く、召使達により光希は浴場へ連れ去られた。
「わぁ――ッ! 待って待って、服くらい脱げます!?」
よってたかって服を脱がされ、あれよという間に木椅子に座らせられた。足を合わせて秘所を隠している間に、髪や背中を手際よく洗われていく。
大事なところはどうにか死守したが、足の指の合間まで人に、それも女性に跪かれて洗われてしまい、光希は何度も声にならない悲鳴を上げた。
「はぁ……」
薔薇やジャスミンの浮いた湯船につかる頃には、披露困憊していた。
暖かな湯の中で重いため息をつく。その間にも、少し離れたところで召使達が花びらや果物を湯に投入している。
風呂から上がると、今度は寝台に横になるようにいわれて、抵抗も虚しく全身を手入れされた。除毛液を塗られて、全身つるつるにさせられたのだ。
『やめてくれよ~もう……女じゃないんだからさぁー……』
つるつるになった腕を見て、光希は情けなくも涙ぐんでしまった。砂漠にいた時ですら、ここまではされなかったのに。
今日は徹底的に全身を磨かれている。陰毛まで綺麗に整えた揚句、除毛液で溶かされた。
肌を再び湯で流したあと、檸檬水を飲みながら、花びらの浮いた湯に入れられる。
髪に香油を塗り、爪を綺麗に磨いて、全身を磨いて……全てが終わる頃には昼を大分過ぎていた。
朝から入浴を開始して、五時間以上にも及ぶ苦行であった。
「公宮の女は、皆こんなことしているの?」
テラスで軽食を口にしながら、光希は疲れきった口調で問いかけた。
「当然です。美しくあることも、宮女の務めでございます。公宮に大浴場や蒸風呂が数多く用意されているのは、その為でございますよ」
「女って大変なんだね……」
「ですが殿下、大変お綺麗になられましたよ。何事も努力あってこそにございます」
晴れやかな笑みを浮かべるナフィーサの言葉に、光希は無言で応えた。
「……いつもより量少ないね。僕もう少し食べたい」
「あまりお召しになると、お着替えが辛くなりますよ。夜には豪勢なお食事が用意されますから、我慢なさいませ」
やれやれ……朝から数えて、通算何度目かのため息をついた。
「ところで殿下、先ほど
受け取った封筒には、燕の意匠が描かれており、鈴蘭の紋章の
封を開けると、レース状に縁抜きされた手紙が一枚、とても美しい書体で綴られている。先日、四阿の下で約束した、ピクニックの正式なお誘いだ。
「うん……出かける約束をしているんだ。返事したいな」
「良ければ代筆いたしましょうか? 西妃様からのお手紙も代筆でしょう」
「そう? じゃあお願いします。お誘いありがとうございます、楽しみにしています、って書いておいてください」
「かしこまりました」
手紙をナフィーサに渡してテラスから戻ると、用意された衣装を見て噴き出しそうになった。
「何これ」
「特別にご用意しました、夜会衣装にございます」
用意された衣装は、上下に分かれた腹の出る縫製で、踊り子の衣装のようだった。繊細な金糸のレースに硝子の珠玉をふんだんにあしらい、裾は金魚のようにひらひらしている。どこからどう見ても、女物だ。
砂漠で着せられた衣装に比べれば露出は少ないが、凱旋の時に見た貴婦人達の恰好と比べると明らかに露出が高い。
「これ、男が着るの?」
思わず、死んだ魚のような眼差しになった。
「宮女の礼装にございます」
沈んだ空気に気づかず、ナフィーサは真顔で応えた。
「もっと普通の服はないの? ナフィーサや、ジュリみたいな服がいい」
ジュリアスはいつも軍服か、落ち着いた貴公子然とした恰好をしている。ナフィーサは足まで隠れる神官の聖衣を羽織っており、どちらも肌の露出は殆どない。
「ですが、殿下は公宮の主にございますから……それに今日は初のお披露目にございます。服装に乱れがあってはなりません」
困り顔のナフィーサを見て、光希は絶句した。これも十分、乱れた服装に見えるが、正しい礼装らしい。
頭痛を堪えるように、光希はこめかみを揉みほぐした。
かくして準備は整った。
腹の出た衣装を着て、薄化粧を施し紅を引いた光希は、虚ろな眼差しで寝椅子に腰かけている。
頭髪には、ジュリアスから贈られた、えもいわれぬ煌めきを放つ、青いダイヤモンドのティアラを飾り、耳にも腕にも揃いの宝石をつけている。爪や手の甲にも、金色の化粧を施されていた。
黄昏、帰宅したジュリアスは、着飾った光希を見て眼を輝かせた。
「何て美しいのだろう……私の花嫁……困ったな、誰にも見せたくありません」
褒められても嬉しくない。光希は複雑な心境で、気まずそうに視線を逸らすのであった。