アッサラーム夜想曲
第2部:シャイターンの花嫁 - 17 -
「……そっか。ありがとう、答えてくれて」
「待って、完結しないで。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」
ジュリアスは立ち上がると、光希の肩を強く掴んだ。抜け殻のような身体が、軽く揺れる。
「今日はさ……祝賀会にどんな人がきていたの?」
すっかり落ち込んで落胆していたが、素直に感情を吐露する気になれず、代わりに別の話題を振ってみた。
「軍関係者や、皇族や貴顕 達、公宮関係者から各国の賓客まで大勢きていましたよ」
「皆で集まって、どんなことをするの?」
「どんなことって……退屈な時間を過ごすだけですよ。食べて飲んで、踊って、世辞を聞いて……」
端正な顔に目を注ぎながら、心は遠くにあった。思い知らされる。ジュリアスのことを、何も知らないのだと。
今更ながら、出会ってから、まだ半年も経っていないのだと実感する。
花嫁 と呼ばれて、この先もやっていけるだなんて、どうしてそんなに能天気に考えていられたのだろう。こんな状態で、本当に結婚なんてできるのだろうか?
「コーキ……?」
「あ、うん……楽しそうだね。僕もいってみていい?」
「そう楽しいものではありませんよ?」
「駄目なの?」
「構わないけど……一度顔を出すと、次を期待されて鬱陶しいので、七日後の最終日だけ参加してみますか? 最終日はジャファールやアルスラン達を含め、軍の人間も全員参加しますよ」
「ジュリがいく時は同行したい。今日みたいに遅い時間でも良いから……声をかけて。一人でいかないで」
「判りました。でも、無理はしないでくださいね」
「うん……」
「表情が晴れませんね……私のせいですか?」
その通りなのだが、何もいえずにいると、ジュリアスに抱きしめられた。
「ねぇ、祝賀会が明けたら結婚式っていっていたよね……日程を伸ばすことはできない?」
「どうして……?」
身体を離すと、ジュリアスは怖いくらいに真剣な眼差しで、光希の瞳を覗きこんだ。
いつもなら怯むところだが、この時は光希も冷静に見返した。
「結婚のこと、少し考えたい」
「なぜ?」
「この先、ジュリと暮らしていけるのか、自信がない」
「すみません、意味が判らない……どういう意味? コーキ一人くらい自信を持って養っていけるけど」
「そういうことじゃない」
「じゃどういうこと?」
「……」
「話してくれないと判りませんよ」
その台詞は、酷く癇に障 った。
『うるせーな、お前の方こそいちいち説明が足りねーんだよ』
「コーキ、怒らないで。ちゃんと話して」
もうこれ以上話しても感情的になるだけだと思い、ジュリアスの手を振り払うと部屋を飛び出した。
「コーキ! 逃げるな!」
咎める声を背中に聞いた瞬間、目の奥から熱い涙が零れた。螺旋階段を駆け下りる途中、後ろからジュリアスが追いかけてきた。
絶対に捕まりたくなかった。泣き顔を見られるくらいなら、死んだ方がマシだと思えた。
全速力で走ったのに、結局、玄関に辿り着く前にあっさり捕まってしまった。
「コーキ!」
「嫌だ! 見るな! 離して! 離してぇっ!」
逃げ出そうともがいて、泣き喚いても、ジュリアスは離してくれない。少し離れたところからナフィーサやルスタム達が心配そうにこちらを見ている。
「見るな! いけ!」
ジュリアスの鋭い怒声を浴びて、使用人達は主に見えないよう姿を消した。ナフィーサ達の背中に、光希は夢中で叫んだ。
「待って、いかないでっ! 助けて!」
「いい加減にしろ! 私を……怒らせるな!」
刹那、耳を聾 する雷鳴と共に、青い稲妻が光希の足元に落ちた。
ジュリアスの怒りが、神力を呼び起こしたのだ。彼から発せられる青い燐光が、空気中に砕け散った。
焦げつき、砕けた床石を見つめながら、光希の身体は漣 のように震え出した。
「すみません……」
彼にしては、酷く悄然とした声で呟くと、光希の腕から力なく手を離した。光希は震える身体を、両腕で守るように抱きしめた。
お互いに、言葉が出てこなかった。
いつでも優しいジュリアスに、こんな風に怒りをぶつけられたことがショックで、光希は無言で足を踏み出すと、玄関の扉に震える手を伸ばした。
「――いかないで。お願いだから……今夜は一人で部屋を使って、私は客間で寝ます」
万軍を率いる英雄とは思えない、頼りない声だった。
魂が震える。滂沱 の涙を流しながら、ジュリアスを想い、帰れない故郷を想い、どこにも逃げ場のない気持ちを持て余したまま、搾り出すように呟いた。
「僕が、客間で寝ます……」
踵 を返してジュリアスを一瞥もせずに、ふらふらと客間の方へ歩いていくと、どこからかナフィーサが現れて、泣きそうな顔で手を引いてくれた。
「待って、完結しないで。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」
ジュリアスは立ち上がると、光希の肩を強く掴んだ。抜け殻のような身体が、軽く揺れる。
「今日はさ……祝賀会にどんな人がきていたの?」
すっかり落ち込んで落胆していたが、素直に感情を吐露する気になれず、代わりに別の話題を振ってみた。
「軍関係者や、皇族や
「皆で集まって、どんなことをするの?」
「どんなことって……退屈な時間を過ごすだけですよ。食べて飲んで、踊って、世辞を聞いて……」
端正な顔に目を注ぎながら、心は遠くにあった。思い知らされる。ジュリアスのことを、何も知らないのだと。
今更ながら、出会ってから、まだ半年も経っていないのだと実感する。
「コーキ……?」
「あ、うん……楽しそうだね。僕もいってみていい?」
「そう楽しいものではありませんよ?」
「駄目なの?」
「構わないけど……一度顔を出すと、次を期待されて鬱陶しいので、七日後の最終日だけ参加してみますか? 最終日はジャファールやアルスラン達を含め、軍の人間も全員参加しますよ」
「ジュリがいく時は同行したい。今日みたいに遅い時間でも良いから……声をかけて。一人でいかないで」
「判りました。でも、無理はしないでくださいね」
「うん……」
「表情が晴れませんね……私のせいですか?」
その通りなのだが、何もいえずにいると、ジュリアスに抱きしめられた。
「ねぇ、祝賀会が明けたら結婚式っていっていたよね……日程を伸ばすことはできない?」
「どうして……?」
身体を離すと、ジュリアスは怖いくらいに真剣な眼差しで、光希の瞳を覗きこんだ。
いつもなら怯むところだが、この時は光希も冷静に見返した。
「結婚のこと、少し考えたい」
「なぜ?」
「この先、ジュリと暮らしていけるのか、自信がない」
「すみません、意味が判らない……どういう意味? コーキ一人くらい自信を持って養っていけるけど」
「そういうことじゃない」
「じゃどういうこと?」
「……」
「話してくれないと判りませんよ」
その台詞は、酷く癇に
『うるせーな、お前の方こそいちいち説明が足りねーんだよ』
「コーキ、怒らないで。ちゃんと話して」
もうこれ以上話しても感情的になるだけだと思い、ジュリアスの手を振り払うと部屋を飛び出した。
「コーキ! 逃げるな!」
咎める声を背中に聞いた瞬間、目の奥から熱い涙が零れた。螺旋階段を駆け下りる途中、後ろからジュリアスが追いかけてきた。
絶対に捕まりたくなかった。泣き顔を見られるくらいなら、死んだ方がマシだと思えた。
全速力で走ったのに、結局、玄関に辿り着く前にあっさり捕まってしまった。
「コーキ!」
「嫌だ! 見るな! 離して! 離してぇっ!」
逃げ出そうともがいて、泣き喚いても、ジュリアスは離してくれない。少し離れたところからナフィーサやルスタム達が心配そうにこちらを見ている。
「見るな! いけ!」
ジュリアスの鋭い怒声を浴びて、使用人達は主に見えないよう姿を消した。ナフィーサ達の背中に、光希は夢中で叫んだ。
「待って、いかないでっ! 助けて!」
「いい加減にしろ! 私を……怒らせるな!」
刹那、耳を
ジュリアスの怒りが、神力を呼び起こしたのだ。彼から発せられる青い燐光が、空気中に砕け散った。
焦げつき、砕けた床石を見つめながら、光希の身体は
「すみません……」
彼にしては、酷く悄然とした声で呟くと、光希の腕から力なく手を離した。光希は震える身体を、両腕で守るように抱きしめた。
お互いに、言葉が出てこなかった。
いつでも優しいジュリアスに、こんな風に怒りをぶつけられたことがショックで、光希は無言で足を踏み出すと、玄関の扉に震える手を伸ばした。
「――いかないで。お願いだから……今夜は一人で部屋を使って、私は客間で寝ます」
万軍を率いる英雄とは思えない、頼りない声だった。
魂が震える。
「僕が、客間で寝ます……」