アッサラーム夜想曲

第2部:シャイターンの花嫁 - 1 -

 スクワド砂漠の聖戦から二ヵ月。
 アッサラーム・ヘキサ・シャイターン軍一行は、灼熱の熱砂を抜けて、遂にバルヘブ西大陸の中心都市、聖都アッサラームへ辿り着いた。

「コーキ、見えてきましたよ」

「うわぁ……」

 光希はジュリアスの腕の中、飛竜の上で可能な限り身を乗り出した。地平線の彼方に、金色に揺らめく蜃気楼が見える。
 聞いていた通りだ。
 玉ねぎの形をした金色屋根の宮殿が、光の悪戯で空まで伸びて見える。

金色こんじきのアルサーガ宮殿ですよ」

「すごい……とても大きいですね」

「宮殿の敷地内に、大神殿も宿舎も全部入っていますから。いけば判るけど“足”がなければとても移動できませんよ」

「そっかぁ……」

「高度を落とします。覆面をつけて」

 飛竜が下降を始める。慌てて覆面で顔を覆ったものの、目の前の光景に目を奪われて、光希はなかなか目を閉じれなかった。
 噂に違わず、アッサラームは美しい都だ。
 周囲を薄い水膜に囲まれ、水鏡にアッサラームの白と金色の建物が映り込み、この世の楽園のような幻想的な光景を作り出している。
 空と湖水の境目が溶けた世界。
 なんて綺麗なのだろう……!
 感動のあまり、風圧に負けじと目を見開いて、網膜にしっかりと美しい光景を焼きつけた。
 飛竜隊はアッサラームから少し離れた所に着陸した。
 この後は、重騎兵隊と足並みを揃えて、聖都アッサラームに凱旋する予定だ。
 この二ヵ月――
 決して楽な道のりではなかったが、幸いにして、誰一人として病にかかったり、騎乗獣を乗り潰すこともなく、賊に襲われることもなかった。
 行軍の間に、光希は様々なことを学んだ。
 特にジュリアスが身を置くアッサラーム軍については、聖都に暮らす領民よりも詳しくなったかもしれない。
 軍の空気にも大分馴染んだし、叶うことなら、いずれ軍の内勤として働きたい。ジュリアス次第ではあるが、手先は器用な方なので、できれば工芸職か技術職に就きたい。
 言葉も最初に比べれば、大分理解できるようになった。
 相手がゆっくり発音してくれれば、どうにかヒアリングできる。
 ぽっちゃり体系は相変わらずだが、青白かった肌は多少陽に焼けて、少しは砂漠の男らしくなった気がする。
 周囲が砂漠を奔走する中、ジュリアスは部下に簡易天幕を張らせ、隣に光希を侍らせて優雅に寛いでいた。凱旋を前に呑気なものだ。
 けれど、ジャファールやアルスラン、ナディアといった司令官達も、見れば木陰で休んでいる。
 隊伍たいごを整えて凱旋するのは、恐らく明日の早朝になるだろう。
 それまでは、比較的自由に過ごせるようだ。とはいえ、雑務をこなす下士官以下は例外のようで、汗水を流しながら奔走している。

「疲れましたか?」

「ん? ううん、平気です」

「公宮に戻れば、広い湯殿があります。早くコーキを入れてあげたいな……」

 ジュリアスは絨緞の上に寝そべったまま、光希の膝に手を伸ばすと、そのまま膝から太ももまで緩やかに撫で上げた。
 瞳を伏せて鼻歌を口ずさむジュリアスは、いつになく上機嫌だ。
 行軍中は、ゆっくり身体を重ねる暇もなかったので、傍にいながら何度も我慢させてきた。
 慣れ親しんだ公宮に帰れば、ようやく思いのまま愛し合えるので、今から楽しみなのかもしれない。
 光希としても、ジュリアスと二人きりで過ごせるのは楽しみだが、身体の負担を考えると手放しで喜べない。
 無意識にため息を落とすと、ジュリアスは青い瞳で覗きこむように光希を見上げた。

「どうしたの? 色っぽいね……」

「え……」

 硬直する光希を、ジュリアスは蕩けるような眼差しで見つめている。
 今も謎なのだが……日本では埋没していた平凡な容姿の光希を、ジュリアスは絶世の美女――いや、美少年だと本気で思っているようなのだ。彼等人種に通じる共通美意識かというと、決してそうではなく、ジュリアス以外の人は礼節の範囲内で光希に接している。ジュリアスだけが光希の一挙手一投足に、極端な反応を見せるのだ。
 かといって、ジュリアスの審美眼が狂っているわけではない。
 “宝石持ち”のジュリアスにとって、青い星から遣わされた光希は特別なのだ。
 当初は訳も判らず“ロザイン”と呼ばれていたが、今はある程度、意味を理解している。
 光希はジュリアスの半身、唯一無二の至上の存在。欠けた心を補う花嫁ロザインなのである。