アッサラーム夜想曲

第1部:あなたは私の運命 - 23 -

「あの、ジュリは?」

 アルスランは黙考すると、シャイターン? と訊き返した。

「はい! シャイターン……」

「シャイターンは**********」

『ジュリはどこにいるんですか? 無事でしょうか?』

 案ずる気持ちが伝わったのか、アルスランは気遣わしげに光希を見つめて、大丈夫、というように首肯した。
 多少は安堵したが、やはり無事な姿を一目見たい。外へ踏み出そうとすると、肩を抱きとめられて阻まれた。

「離してください」

「天幕****出てはいけません」

 反論を許さぬアルスランの厳しい表情を見て、光希は意気消沈しながら中へ戻った。
 しかし、天幕の中にいてもすることがない。退屈すぎる。ジュリアスは本当に大丈夫なのだろうか?
 ぼんやりしていると、昼食が運ばれてきた。扉の向こうから、アルスランがこちらを見ている。光希が大人しくしているかどうか、見張っているみたいだ。

「アルスラン、食事?」

 声をかけると、彼は驚いたように顔を左右に振った。背中を向けたあとは、こちらを見ようともしない。
 昼食後は、しんとした天幕で一人きり、午後の長い時間を持て余した。窓もないから、外の様子は一切判らない。うたた寝をして、目を醒ましても一人きり。
 何だか無償に人恋しくなった。ジュリアスとトゥーリオに会いたい。
 扉を開けると、今度はジャファールがいた。いつの間に交代したのだろう。

「ジャファール、ジュリは?」

「ロザイン***シャイターン。********、夜は天幕に***きます」

 光希は期待をこめてジャファールを見つめた。

『夜? ジュリ、戻ってきますか? 本当?』

 表情を綻ばせる光希を見て、ジャファールはほほえんだ。生真面目そうな印象であったが、笑うと途端に親しみやすくなる。
 年は三十前後で、灰銀の長髪を後ろで一つに結わいている。背は高く、彫りの深い顔立ちは映画俳優のように整っている。神秘的な灰紫色の瞳も魅力的だ。
 ここへきてからというものの、ジュリアスを筆頭に、容姿に恵まれた男ばかり見ている気がする。
 野営地にいる兵士は皆、一八十センチを超える長身だ。明るい小麦色の肌、そして濃淡の差はあれど、一様に灰銀髪をしている。
 そういえば、ジュリアスだけは豪奢な金髪だ。ちなみに光希のような黒髪は一人も見かけない。
 皆長身で大人びた顔立ちをしているけれど、実際の年齢はもう少し若いのかもしれない。
 ジュリアスの年は幾つだろう? 落ち着いているし、光希より、二、三歳は上だろうか?
 大人しく天幕の中でジュリアスの帰りを待っていると、やがて夕食が運ばれてきた。相変わらず上げ膳据え膳で給仕してくれる。
 美味しい食事に満足していると、最後にとろりとした飲み物を渡された。仄かな果物の甘味と、すっきりした後味で美味しい。喉の奥に流しこむと、腹が燃えるように熱くなった。
 今夜は酒が回るのが早い……
 夢心地で船を漕いでいると、壺や小箱を抱えた召使が天幕に入ってきた。
 不思議に思っていると、浴槽まで引っ張られて、服を脱がされそうになった。

『何すんの!?』

 服を押さえて抵抗したが、思うように足腰に力が入らない。あっという間に裸に剥かれた。
 女とは思えぬ力で、身体をがっちり支えられたまま、指の先から耳の後ろまで綺麗に洗われた。尻穴にぐりぐりと小石を詰められた時は、絹を引き裂くような悲鳴が喉からほとばしった。
 まるで腸内洗浄だ。
 絶叫し、慌てふためくうちに、身体の奥まで綺麗にされていた。
 湯から上がり、ぐったり絨緞に倒れ伏していると、両手両脚の爪を磨かれ、金箔で指先から爪まで化粧された。
 ありえない事態なのに、抵抗する気力が起こらない。やけに早い鼓動が頭に響く。
 身体が熱い。身に覚えのある熱だ。く時の悦楽に似ている……

(え、まさか……勃起してる?)

 うつぶせに倒れているからよく判らないが、腰に響くこの熱は……おろおろと急所を手で隠す光希の手を、女達はぴしゃりと跳ねのけた。目にも止まらぬ早業で手際よく着飾っていく。
 完成した自分の姿を見下ろして、光希は絶句した。
 薄い生地の下着のような衣装は、肌を覆う面積が極端に少なかった。性器がどうにか隠れるくらいの前垂れがついているだけ、殆ど紐だ。しかも、硝子玉の連なりが尻に食い込んでいる。
 唖然としていると、硝子玉の腰飾りを幾重も腰に回された。金鎖を首からかけて、宝石のついた腕輪や、額飾りもつけられた。

 蓑虫のように絨緞の上でもぞもぞしていると、顔を固定されて薄化粧を施された。生まれて初めて、唇に紅を引いた。

(何で、こんな……?)

 混乱と恐怖で、視界が潤んだ。女達は慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。意味が判らない。これから何が起きるのだろう。

(怖い……)

 寝台に運ばれて、これでもかというほど花びらが飾られた。むせ返るような甘い香りに、脳が蕩けそうだ。
 朦朧としている間に、いつの間にか女達は消えていた。
 ジュリアスが帰ってくるかもしれない。
 こんな姿を見られるわけにはいかない。
 重い金鎖を、どうにか首から外そうと奮闘していると、非情にも扉の開く音が聴こえた。

 ジュリアスが帰ってきた――