アッサラーム夜想曲
第1部:あなたは私の運命 - 15 -
風を切って砂漠を疾駆するので、自然と男の胸にぴたりと頬を寄せる恰好になった。隙間を作ろうと努力していたが、次第に疲れて無駄な抵抗は止めた。
どうやら、トゥーリオはかなり高速で走れるようだ。
昨夜から休まず砂漠を駆けているのに、脚力は全く衰えていない。かの赤兎馬にも引けを取らないに違いない。
速度を落とさず駆けるうちに、オアシスが遠くに見えてきた。
ひょっとしたら、入れ違いでジュリアスが戻ってきているかもしれない。一縷 の望みを託して、光希は近づいてくるオアシスを凝視した。
ゴウッ!!
突然、力強く羽ばたく音が砂漠に響いた。東の空に、待ち焦がれた飛竜の陰翳が見える!
しかし、いつもと様子が違う。
先頭の飛竜は、大群を率いてこちらへ向かってくる。
相乗りしている男は舌打ちするや、トゥーリオの腹を叩いて速度を上げた。
ところが、トゥーリオは鋭く嘶くと、その場で足を止めた。
根を下ろした大樹のように動かぬトゥーリオに見切りをつけると、男は光希を抱えて、砂漠を駆け出した。
「トーリオ!」
光希はトゥーリオの傍に戻ろうとしたが、男は許さなかった。光希を荷物のように脇に抱えて、オアシスに向かって一直線に走る。
その後ろ姿を追いかけるように、一騎の飛竜が勢いよく近づいてきた。砂漠の上に巨大な影が落ちる。
「あぐぅっ!」
男は鈍い声と共に砂漠に倒れた。光希も砂の上を転がる。すぐに身体を起こして男を見ると、うつぶせに倒れている背に、矢が刺さっていた。
飛んできたであろう方向を振り返ると、青い炎を全身に纏い、黒弓を手にしたジュリアスが立っていた。
額の石と青い眼差しが、爛と輝いている。
「ジュリ……」
茫然と呟く光希の傍で、男は呻き声を上げながら立ち上がった。手負いとは思えぬ俊敏な動きで、三日月刀 を抜き放つや、ジュリアスに斬りかかる!
「ジュリ!」
光希は蒼白になったが、ジュリアスは難なく太刀を躱 し、男の足を払って砂の上に転がした。呻き声を上げる男の傍へ寄り、三日月刀を握っている手首を容赦なく踏みつけた。苦しげな咆哮が轟く。
光希は瞬きもできずに、茫然とその光景を見ていた。
(まさか、殺す気?)
息を詰めて見守っていると、飛竜に乗った兵士達が駆け寄り、男を拘束してどこかへ連れ去った。
ジュリアスは手にしている弓を他の兵士に預けると、光希の傍に膝をついた。
「コーキ、******?」
「ジュリ……」
ようやく会えたのに、かける言葉が見つからない。
あの男は何者なのだろう? ジュリアスに襲いかかったし、敵なのだろうか? あの男を、どうするつもりだろう?
「コーキ」
連れていかれた男を気にする光希を見て、ジュリアスは苛立ったように名を呼んだ。
青い双眸には、剣呑な光が灯っている。
光希は気圧されたようにジュリアスを見上げていたが、遠くで男の呻き声が聴こえると、反射的にそちらを見た。
「コーキ! ********!」
「――っ」
何をいわれているのか不明だが、責めるような口調だ。声を荒げるジュリアスを初めて見た。
ジュリアスは怯える光希をトゥーリオの背に乗せると、自分もその後ろに跨り、腹を蹴って砂漠を駆けだした。
オアシスに着くと、今度は急かすようにトゥーリオの背から降ろして、光希の服に手をかける。
「ジュリ?」
「コーキ、泉で身体を洗って」
「泉?」
いつもと違う、ぴりぴりしているジュリアスが怖い。
じりじり後じさるうちに、背中に椰子 の幹が当たった。ジュリアスは両腕を幹につくと、腕の中に光希を閉じこめた。
強い、射抜くような眼差し。悪いことはしていないのに、追い詰められている気がする。
漣 のように肩を震わせている光希に気づくと、ジュリアスは少しだけ表情を和らげた。
「コーキ……」
「……っ」
掠れた声で名を呼ばれて、鼓動が跳ねた。無事に再会できた喜びが、ひしひしと胸の内にこみあげてきた。
『……心配したよ。会えて良かった』
涙ぐむ光希を見て、ジュリアスも苦しそうな表情をした。手を伸ばして、慈しむように光希の目尻や顔の輪郭を撫でる。親指でなぞるように唇を触れられても、光希は逃げなかった。
青い瞳に熱が灯る。端正な顔がゆっくり降りてきて、光希はそっと瞳を閉じた。
もう、誤魔化せない――彼のことが好きだ。
どうやら、トゥーリオはかなり高速で走れるようだ。
昨夜から休まず砂漠を駆けているのに、脚力は全く衰えていない。かの赤兎馬にも引けを取らないに違いない。
速度を落とさず駆けるうちに、オアシスが遠くに見えてきた。
ひょっとしたら、入れ違いでジュリアスが戻ってきているかもしれない。
ゴウッ!!
突然、力強く羽ばたく音が砂漠に響いた。東の空に、待ち焦がれた飛竜の陰翳が見える!
しかし、いつもと様子が違う。
先頭の飛竜は、大群を率いてこちらへ向かってくる。
相乗りしている男は舌打ちするや、トゥーリオの腹を叩いて速度を上げた。
ところが、トゥーリオは鋭く嘶くと、その場で足を止めた。
根を下ろした大樹のように動かぬトゥーリオに見切りをつけると、男は光希を抱えて、砂漠を駆け出した。
「トーリオ!」
光希はトゥーリオの傍に戻ろうとしたが、男は許さなかった。光希を荷物のように脇に抱えて、オアシスに向かって一直線に走る。
その後ろ姿を追いかけるように、一騎の飛竜が勢いよく近づいてきた。砂漠の上に巨大な影が落ちる。
「あぐぅっ!」
男は鈍い声と共に砂漠に倒れた。光希も砂の上を転がる。すぐに身体を起こして男を見ると、うつぶせに倒れている背に、矢が刺さっていた。
飛んできたであろう方向を振り返ると、青い炎を全身に纏い、黒弓を手にしたジュリアスが立っていた。
額の石と青い眼差しが、爛と輝いている。
「ジュリ……」
茫然と呟く光希の傍で、男は呻き声を上げながら立ち上がった。手負いとは思えぬ俊敏な動きで、
「ジュリ!」
光希は蒼白になったが、ジュリアスは難なく太刀を
光希は瞬きもできずに、茫然とその光景を見ていた。
(まさか、殺す気?)
息を詰めて見守っていると、飛竜に乗った兵士達が駆け寄り、男を拘束してどこかへ連れ去った。
ジュリアスは手にしている弓を他の兵士に預けると、光希の傍に膝をついた。
「コーキ、******?」
「ジュリ……」
ようやく会えたのに、かける言葉が見つからない。
あの男は何者なのだろう? ジュリアスに襲いかかったし、敵なのだろうか? あの男を、どうするつもりだろう?
「コーキ」
連れていかれた男を気にする光希を見て、ジュリアスは苛立ったように名を呼んだ。
青い双眸には、剣呑な光が灯っている。
光希は気圧されたようにジュリアスを見上げていたが、遠くで男の呻き声が聴こえると、反射的にそちらを見た。
「コーキ! ********!」
「――っ」
何をいわれているのか不明だが、責めるような口調だ。声を荒げるジュリアスを初めて見た。
ジュリアスは怯える光希をトゥーリオの背に乗せると、自分もその後ろに跨り、腹を蹴って砂漠を駆けだした。
オアシスに着くと、今度は急かすようにトゥーリオの背から降ろして、光希の服に手をかける。
「ジュリ?」
「コーキ、泉で身体を洗って」
「泉?」
いつもと違う、ぴりぴりしているジュリアスが怖い。
じりじり後じさるうちに、背中に
強い、射抜くような眼差し。悪いことはしていないのに、追い詰められている気がする。
「コーキ……」
「……っ」
掠れた声で名を呼ばれて、鼓動が跳ねた。無事に再会できた喜びが、ひしひしと胸の内にこみあげてきた。
『……心配したよ。会えて良かった』
涙ぐむ光希を見て、ジュリアスも苦しそうな表情をした。手を伸ばして、慈しむように光希の目尻や顔の輪郭を撫でる。親指でなぞるように唇を触れられても、光希は逃げなかった。
青い瞳に熱が灯る。端正な顔がゆっくり降りてきて、光希はそっと瞳を閉じた。
もう、誤魔化せない――彼のことが好きだ。