アッサラーム夜想曲
第1部:あなたは私の運命 - 14 -
- 今後は日本語の台詞を『』、ジュリアス達との会話は「」で囲います。
十五夜目。
光希はトゥーリオの背に乗って、オアシスの周りを巡回していた。一等明るい星がもう真上まで昇っているのに、ジュリアスが帰ってこないのだ。
息を切らして後ろを振り返ると、オアシスは闇の中に隠れてもう見えなかった。大分遠くまできてしまったようだ。これ以上遠ざかると、戻れなくなる危険がある。
『トーリオ、頼りにしてるよ』
賢い一角獣の首を叩くと、再び砂漠を駆け出した。もし、ジュリアスが帰ってこなかったら――考えたくもない。
砂漠を駆けて、駆けて、駆けて――
とうとう東の空が白む頃になっても、ジュリアスの姿はどこにも見当たらなかった。光希は心が折れたように、一角獣の足を止めた。
『どこにいるんだよ……』
背に乗った主を心配するように、トゥーリオは小さく啼いた。
光希は力なく項垂れると、
ふと、トゥーリオは何かに気づいたように首をもたげた。光希も顔を上げて、大きく目を瞠った。砂の上に、人が倒れている。
「ジュリッ!?」
慌ててトゥーリオの背から降りると、砂に足を取られながら、転がるように駆け寄った。
倒れている男の傍に膝をついたところで、ようやく人違いに気がついた。
(違う、ジュリじゃない……)
落胆のあまり、目の前が真っ暗になった。
もう嫌だ。どうして自分ばかり、こんな目に合わなければいけないのだろう?
「……っ、ジュリ……ッ」
ぱたぱたと涙が零れて、砂に染みを作った。傍へきたトゥーリオが心配そうに頬を舐める。
光希は茫然自失していたが、水、と呻くような呟きを聴いて我に返った。
「水! はい、水です」
飲みやすいように、男を仰向けにして水筒を渡してやった。
男は覆面を下げて厳つい顔を露わにすると、震える手で水筒をどうにか口元へ運んだ。おぼつかない手つきを見て、光希も水筒を手で支えてやる。
無精ひげの生えた、四十前後の体格のいい男だ。
見たこともない灰色の肌をしているが、化粧ではなく地肌らしい。
黒づくめの装束はあちこち切れていて、ところどころ血がこびりついている。全体的に黒いから気づかなかったが、よく見ればぼろぼろだ。
「水を******、*****……****顔*****、砂漠****?」
呻くような濁声は聞き取り辛く、殆ど理解できなかった。光希は困ったように首を振る。
「傷、見ます」
光希が負傷個所を見ようとすると、男は緊張したように身体を硬くした。
腰に
「***黒い髪、黒い瞳、****、砂漠の****?」
困った。何をいわれているのか、半分以上判らない。
男は光希の前で片膝を立て、両手で拳を作り胸の前で合わせた。まるで主君に対するような、厳かで恭しい仕草だ。
何だろうと戸惑ったが、とりあえず手当をさせてくれるようなので、荷を下ろして男の傍に戻った。いろいろ持ってきていて良かった。手当をしている間、男はじっと光希を見つめていた。
「オアシス、いきますか?」
「****オアシス」
男は深く頷いた。了承したように見えのたで、トゥーリオの背に乗せようとすると、トゥーリオが嫌がった。
知らない相手を乗せたくないのだろうか? それとも重そうだから乗せたくないのだろうか?
並ぶとよく判るが、男はかなりの長身だ。恐らく二メートル近いだろう。
「トーリオ」
宥めるように名を呼んで頬を合わせると、トゥーリオは渋々といった様子で男を背に乗せた。
光希はトゥーリオの負担を考慮して、馬上から降りたまま歩き出そうとしたが、せっつくように鼻頭で背中を押された。
『……いいの? 重くない?』
トゥーリオは知性をうかがわせる青い瞳でじっと光希を見つめている。乗りなよ、といわれているようだ。
とはいえ、馬上には既に男が乗っている。二人乗りをしたことのない光希は、どうしたものかと男を見上げた。
男は心得たように、力強い腕で軽々と光希を引き上げると、自分の前に抱き合うように座らせた。困惑する光希の腕を自分の胴に回し、ふり落とされないか体勢を確認すると、一角獣を走らせた。
男は見事な手綱捌きを披露してみせた。
道は賢いトゥーリオが覚えている。この調子なら、陽が昇りきる前にオアシスに戻れるだろう。