アッサラーム夜想曲
第1部:あなたは私の運命 - 11 -
ジュリアスは火で炙る簡単な調理に、ひと手間加えて美味しく仕上げてくれる。
今朝は焼いたチーズと野菜をパンに挟んで、蜂蜜をかけて出してくれた。塩胡椒の味つけに、隠し味の蜂蜜がきいていて美味しい。
食事を終えて、すぐに身支度をしようとするジュリアスの腕を、光希は掴んで引き留めた。
「ごめん、少しだけ時間をちょうだい。見て欲しいんだ、こっち」
用意しておいた枝で砂浜に絵を描き始めると、彼も砂をじっと見下ろした。砂の上に、硝子瓶の輪郭と、その中に人間を描く。モアイ像のようなだが、ジュリアスのつもりだ。
「ジュリだよ、ジュリ」
続けて硝子瓶の外にもう一人、人間を描いた。ハニワのようだが、光希のつもりである。
「これは俺だよ……光希。判る? 俺はね、三日前の大晦日の晩、こことは全く違う、日本という場所で、偶然この硝子瓶を見つけたんだ」
光希は砂に描いた硝子瓶に、ぽたぽたと泉の水を垂らした。
「こうして硝子瓶を濡らしたら、瓶の中にジュリが見えたんだよ」
言葉を切ってジュリアスの様子をうかがうと、考え込むように砂に描かれた絵を凝視していた。
「****、****コーキ****、************」
彼も伝えたいことがあるらしいが、言葉で返されても意味が判らない。立ちはだかる言葉の壁に、光希は歯痒げに沈黙した。
ジュリアスは項垂れる光希の肩に手を置くと、空に浮かぶ青い星を指差して光希を見つめた。
彼の真相をついた仕草に、心臓がどきどきし始めた。光希が地球からきたことを、ジュリアスは理解している?
「ジュリ! 俺は地球からきたんだ。地球に帰りたい! どうすればいいっ!?」
苦痛を堪えるような顔をして、ジュリアスはその場に跪いた。恭しく光希の手を取り、甲に口づける。
「何してるの……」
澄み切った、宝石のように青い光彩を放つ瞳は、まっすぐに光希を映した。
「****、********コーキ、********! ****************************」
「判らないよ」
「……******。**コーキ**********************。************」
「ジュリ……」
「**********、****コーキ、********。****************、********」
こんなに必死に喋るジュリアスを、初めて見た。
言葉の通じないもどかしさを、彼も同じように感じているのだろう。伝えたいことがあるのに、伝える言葉が見つからない。請うように、光希の指先を額に押し当てている。
無意識に、光希は柔らかな金髪に手を伸ばしていた。
弾かれたように顔を上げたジュリアスは、青い瞳で食い入るように見つめてきた。
どうして、そんな目で見るのだろう……
餓 える、青い瞳――
燃え立つ青い炎のような、深い渇望を映す瞳から逃げるように、光希は手を引いて後ろに下がろうとした。
「――っ!?」
ジュリアスは唐突に、光希の腰に腕を回して抱きついた。光希は驚いて身体を強張らせたが、しがみつくような抱擁を、無慈悲に振り解くことはできなかった。
どれだけそうしていたことか。
やがて、ジュリアスの方から腕を解いた。光希の手をとり、指先に恭しく口づける。
それから、光希を驚かせまいとゆっくりと立ち上がった。
「……大丈夫?」
遠慮がちに笑いかけると、激情は落ち着いたように、ジュリアスも穏やかな笑みを返してくれた。
砂漠に吹く風が、二人の間をすり抜けていく。
ジュリアスは名残惜しそうにしながら身支度を再開し、異国の香りを残して飛竜と共にオアシスを後にした。
空を翔けてゆく優美な飛竜の姿を、光希は一角獣と一緒に見送った。
(……さっき、何をいいたかったんだろう?)
ジュリアスはある程度、光希の事情を知っているのかもしれない。光希が空に浮かぶ、あの青い星からきたことを知っているようだった。
それに、どうして跪いたりしたのだろう?
飛竜から降りた人達には、傅 かれて堂々としていたのに、恭しく光希に接するのは、なぜ?
お互いの認識に、激しく齟齬がある気がする。つくづく言葉が通じないことがもどかしい!
考えても、答えは出ない。
悩むことをやめると、光希は素っ裸になり、今日も泉に潜った。
散々潜ったが、泉は何の変哲もない、美しいごく普通の泉であった。
一つ成果があったとすれば、溺れた際に失くした眼鏡を見つけたのだが、陸に上がって耳にかけた途端、レンズがぽろっと落ちて、うっかり自分の足で踏んで割ってしまった。
がっくりきたが、漫画のような一連の流れに、笑いがこみあげた。
まだ笑う余裕が残っていることに、少しだけほっとした。
今朝は焼いたチーズと野菜をパンに挟んで、蜂蜜をかけて出してくれた。塩胡椒の味つけに、隠し味の蜂蜜がきいていて美味しい。
食事を終えて、すぐに身支度をしようとするジュリアスの腕を、光希は掴んで引き留めた。
「ごめん、少しだけ時間をちょうだい。見て欲しいんだ、こっち」
用意しておいた枝で砂浜に絵を描き始めると、彼も砂をじっと見下ろした。砂の上に、硝子瓶の輪郭と、その中に人間を描く。モアイ像のようなだが、ジュリアスのつもりだ。
「ジュリだよ、ジュリ」
続けて硝子瓶の外にもう一人、人間を描いた。ハニワのようだが、光希のつもりである。
「これは俺だよ……光希。判る? 俺はね、三日前の大晦日の晩、こことは全く違う、日本という場所で、偶然この硝子瓶を見つけたんだ」
光希は砂に描いた硝子瓶に、ぽたぽたと泉の水を垂らした。
「こうして硝子瓶を濡らしたら、瓶の中にジュリが見えたんだよ」
言葉を切ってジュリアスの様子をうかがうと、考え込むように砂に描かれた絵を凝視していた。
「****、****コーキ****、************」
彼も伝えたいことがあるらしいが、言葉で返されても意味が判らない。立ちはだかる言葉の壁に、光希は歯痒げに沈黙した。
ジュリアスは項垂れる光希の肩に手を置くと、空に浮かぶ青い星を指差して光希を見つめた。
彼の真相をついた仕草に、心臓がどきどきし始めた。光希が地球からきたことを、ジュリアスは理解している?
「ジュリ! 俺は地球からきたんだ。地球に帰りたい! どうすればいいっ!?」
苦痛を堪えるような顔をして、ジュリアスはその場に跪いた。恭しく光希の手を取り、甲に口づける。
「何してるの……」
澄み切った、宝石のように青い光彩を放つ瞳は、まっすぐに光希を映した。
「****、********コーキ、********! ****************************」
「判らないよ」
「……******。**コーキ**********************。************」
「ジュリ……」
「**********、****コーキ、********。****************、********」
こんなに必死に喋るジュリアスを、初めて見た。
言葉の通じないもどかしさを、彼も同じように感じているのだろう。伝えたいことがあるのに、伝える言葉が見つからない。請うように、光希の指先を額に押し当てている。
無意識に、光希は柔らかな金髪に手を伸ばしていた。
弾かれたように顔を上げたジュリアスは、青い瞳で食い入るように見つめてきた。
どうして、そんな目で見るのだろう……
燃え立つ青い炎のような、深い渇望を映す瞳から逃げるように、光希は手を引いて後ろに下がろうとした。
「――っ!?」
ジュリアスは唐突に、光希の腰に腕を回して抱きついた。光希は驚いて身体を強張らせたが、しがみつくような抱擁を、無慈悲に振り解くことはできなかった。
どれだけそうしていたことか。
やがて、ジュリアスの方から腕を解いた。光希の手をとり、指先に恭しく口づける。
それから、光希を驚かせまいとゆっくりと立ち上がった。
「……大丈夫?」
遠慮がちに笑いかけると、激情は落ち着いたように、ジュリアスも穏やかな笑みを返してくれた。
砂漠に吹く風が、二人の間をすり抜けていく。
ジュリアスは名残惜しそうにしながら身支度を再開し、異国の香りを残して飛竜と共にオアシスを後にした。
空を翔けてゆく優美な飛竜の姿を、光希は一角獣と一緒に見送った。
(……さっき、何をいいたかったんだろう?)
ジュリアスはある程度、光希の事情を知っているのかもしれない。光希が空に浮かぶ、あの青い星からきたことを知っているようだった。
それに、どうして跪いたりしたのだろう?
飛竜から降りた人達には、
お互いの認識に、激しく齟齬がある気がする。つくづく言葉が通じないことがもどかしい!
考えても、答えは出ない。
悩むことをやめると、光希は素っ裸になり、今日も泉に潜った。
散々潜ったが、泉は何の変哲もない、美しいごく普通の泉であった。
一つ成果があったとすれば、溺れた際に失くした眼鏡を見つけたのだが、陸に上がって耳にかけた途端、レンズがぽろっと落ちて、うっかり自分の足で踏んで割ってしまった。
がっくりきたが、漫画のような一連の流れに、笑いがこみあげた。
まだ笑う余裕が残っていることに、少しだけほっとした。