超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -

3章:サヴァイヴァー - 4 -

 十二月十六日。百九日目。午前十時。
「ロミ、ベースいってくる」
 ソファーで寛ぐ広海の前にやってきたレオは、静かに膝をついた。背もたれに沈みこみ、視線を泳がせる広海の目を覗きこもうとする。
「そろそろ慣れろよ」
「無理ッス……」
 くすっとレオは笑うと、照れまくる広海の顔を、上目遣いに覗きこんだ。
「ロミ……」
 熱っぽい視線に鼓動が早くなる。逃げてしまいたいが、顎に手を添えられると、観念して顔をあげた。
(うぅ、免疫付与のためだ)
 一瞬の緊張。吐息が触れたと思ったら、そっと唇が重なった。こちらを驚かせまいとしているのか、最初はいつも触れるだけのキスが繰り返される。少し慣れてくると、上唇をそっとまれて……おずおず唇を開くと、舌を挿しいれられる。
「んぅ」
 反射的に腰を引かせようとしたら、ぐっと抱き寄せられた。逃げまどう舌を優しく吸われて、魔法にかけられたようになる。拒みきれずに、広海は観念してレオの首に両腕を回した。
 途端に唇は激しくなり、餓えたように貪り始めた。舌を吸って、引っ張られ、溢れる唾液を啜られる。ソファーに押し倒されて、シャツのなかに掌が潜りこんだ。
「待って、レオ」
 不埒な手を掴むと、レオは素直に動きを止めた。ちゅっと唇を吸ってから、少し身を引く。欲望と自制がい交ぜになった顔をしている。恐らく広海も同じような表情をしているのだろう。
「……サンキュ」
 レオは、最後に広海の額にキスをして、ソファーからおりた。
「判ってると思うけど、部屋をでるなよ」
「はい」
 入口に向かうレオの後ろをついていくと、扉前でレオは振り向いた。
「なんか欲しいものある?」
「ううん、大丈夫です。気をつけて」
 笑顔を向けると、彼も笑み返してくれた。
「ん。夕方には戻る」
 ドアがしまると、広海は股間に視線を落とした。少し触れられただけなのにきざしてる。
(……俺ってこんなにエッチだったっけ?)
 健全な高校生男子なのだから、悶々として欲望をもてあましても不思議ではないが、その源がレオだと思うと、壁に頭を打ちつけたい気持ちにさせられる。
 既に何度もセックスしているが、なるべくキスにとどめたいというのが本音だ。レオは、補給と称してたまに野獣化するが、基本的には広海の意志を尊重してくれる。
(はぁ~……爛れてるよなぁ……)
 完全に吹っ切れているレオと違って、広海は己の性癖の歪みを意識する度に、こうして胃がしくしくと痛くなる。
 気晴らしにゲームでもしようと、その後、しばらく怠惰に過ごした。
 空が黄昏めいてきた頃、軽く何か喰べようか考えていると、監視モニターからアラート音が聴こえた。
「ぅわっ」
 驚きのあまり、コントローラが手からこぼれ落ちた。
 慌ててモニター前にいくと、代わり映えのない映像に異変が起きていた。
 松岡春香だ。
 十階の踊り場でうずくまり、頬を手で押さえて震えている。
(なんであそこに!? 何があった?)
 広海は手で口を押さえながら、モニタの前でうろうろした。
 迷った末にレオの携帯にかけてみたが、繋がらなかった。ショートメッセージを送って少し待ってみても、反応はない。
 決断を迫られ、広海は下唇を噛んだ。
(レオからの連絡を待つ? だけどもし、彼女があいつら・・・・から逃げてきたのだとしたら?)
 ほんの数日前、アイスホッケーのマスクをつけた二人組が、残酷にゾンビを嬲っている姿が思いだされた。
 あの二人は何をするか判らない。このままだと、彼女が殺されてしまうかもしれない。
 迷っている暇はない――自分を奮い立たせて、金属バッドを掴むと、部屋を飛びだした。
 十階まで降りていくと、春香は、はっと顔をあげた。よほど心細かったのか、広海を見て一瞬、安堵とも笑いともつかぬ表情を浮かべた。
「お願い、助けて」
 彼女は、きらきらと涙で潤った眸で訴えた。半裸で、いかにも弱々しくて庇護欲をそそられるが、妙に香水の匂いがきつくて、広海は眉を潜めないよう自制が必要だった。
「何があったんですか?」
「逃げてきたの。あいつら、私を囮にして、喰料をとりにいかせる心算つもりなのよ」
「お、囮?」
「ゾンビに襲わせるの。その隙に、自分たちは喰料をとりにいくのよ」
「えっ」
「それだけじゃないのよ……私の他にも女の人が二人いたの。だけどあいつら、奉仕しろってレイプするのよ。他の子は自殺しちゃった。こんなの、もう耐えられない……っ」
 春香は頬を押さえていた手を離した。真っ赤に腫れた跡が痛々しく、広海は思わず口を手で覆った。
「それ……殴られたんですか?」
「いつものことよ。反抗した人は、全員処刑された。私や小平さんは、気が弱くて生き残れたけど……時間の問題よ。馬渕が死んでマシになるかと思ったら、最悪。今度は谷山が仕切りだして……あそこにいたら、殺される……ッ」
 嗚咽をもらす春香の背を、広海は撫でた。撫でながら、混乱していた。馬渕は、彼等のなかで最も理性的に見えた男だ。実際は違ったのだろうか? その彼も死んだ――先日でかけた時だろうか。
「判りました。一緒にきてください」
 春香は、縋るような眼差しで広海を見つめた。女性にそのような眼差しを向けられたことのない広海は、照れながら口を開いた。
「えっと、俺の部屋、最上階なんだけど。階段登れそう?」
「はい」
「じゃあ……十五階までいけば、エレベータが動きますから。そこまでいきましょう」
 春香は驚いたような顔をした。
「エレベーター? 動いているの?」
「はい、レオが修理してくれたんです」
「え、すごい。直せるんだ……壊れて動かないと思ってた」
「詳しくは判らないけど、まぁ、動きますから」
「でも十一階に機関銃があるのよね? 撃たれない?」
「俺と一緒なら反応しませんから」
「そう?」
 春香は安堵したようにほほえんだが、いざ三脚で固定された三台の機関銃を見ると表情を強張らせた。広海は彼女を振り向いていった。
「俺から離れないでください。俺の一メートル圏内なら、照準されませんから」
「判ったわ」
 十一階の踊り場から十二階にかけて、二人はぴったりくっついて、慎重にゆっくり歩いていった。
 射程圏内を無事突破すると、春香は詰めていた息を吐きだした。
「……ドキドキしちゃった。この仕掛も君たちが作ったの?」
「えーと、まぁ」
「すごいのね」
 春香は興奮した様子でいった。
 作ったのはレオなのだが、なんとなく広海は誇らしげな気持ちになった。しかし、その一方で心配にもなった。
 警戒心が伝播でんぱしたのか、春香は、神妙な様子でついてきたが、十五階でエレベータに乗った時は、感嘆の声を漏らした。
 六十三階に辿り着くと、広海は少し慌てた。
「ちょっと、ここで待っていてください」
 慌てて部屋に飛びこみ、モニターの電源を落としてカバーをかける。テーブルの上に無造作に置かれている弾薬や武器なんかも全部寝室に隠した。
「お待たせしました」
 若干息を切らせて部屋に招き入れると、春香は表情を綻ばせた。おずおずとした様子で入ってきたが、顔には隠しきれない好奇心が浮かんでいた。冷蔵庫や、整頓されたバスルームを、感心した様子で眺めている。
「素敵な住まいね」
 広海は曖昧に頷いた。相手は柔らかなほほえみを浮かべているか弱い女性なのに、どうしたことか、目をあわせてはいけない気にさせられた。
 女の健気な微笑。無邪気にも見えるが、瞳に灯った光に一種妬ましさのような、どこか歪んだ凶々まがまがしさがあった。
「えーと……何か飲みますか? 紅茶か珈琲、緑茶がありますけど?」
 広海は、意識して愛想笑いを浮かべた。
「ありがとう、紅茶をください」
「わかりました。少しお待ちください」
 彼女をソファーに残し、広海はキッチンに入った。紅茶缶を手にとったところで、ポケットに入れたスマホが振動した。
 レオだ。
 その場に屈みこみ、通話ボタンを押した。
<ロミ、今どこ? ……一人?>
「要塞です。春香さんと一緒です……」
 極めて小声で囁いた。
 電話越しに重苦しい沈黙が伝わってきて、広海は、緊張で手が湿るのを感じた。
<――すぐ戻る。危ない時は俺の拳銃を使えよ>
「え? けん……いや、はい。判りました」
 反論をのみこみ、広海は頷いた。レオが帰ってくることを考えると、緊張もするが、一方で安堵もしていた。
 広海は紅茶とミルク、砂糖を盆に載せて春香の前にもっていった。
 春香は表情を綻ばせ、紅茶に砂糖をたっぷり溶かした。
「……美味しい。紅茶を飲んだの、久しぶり」
 ほとんど独りごとのように呟く。淡々とした調子は、香水でよろった彼女の、素の表情に見えた。
「喰料は足りていますか?」
「一応、三日、四日先までは確保してある。贅沢はいえないけど、缶詰と乾燥喰品ばっかり……飽きてくるけどね」
 広海は頷いた。
「私、ここにいてもいいかな?」
 春香は上目遣いに広海を見た。
 女性らしい艶とこびに、初心うぶな広海は朱くなって視線を泳がせた。
「えーっと……レオに訊いてみないと、なんとも」
「じゃあ、レオ君に訊いてみて。お願い。もう下の連中といたくないのよ。私、色々と手伝えることがあると思う」
 いかにも儚げな口調だが、砒素ひそ入の砂糖を舐めたような気分にさせられた。
「はい……もうすぐ帰ってくると思うので、訊いてみますね」
 広海はどうにか愛想笑いを浮かべた。
 それからしばらく、とりとめのない雑談が続いたが、話すほどに喉の渇きにも似た憂鬱は増していった。
 扉の開く音が聴こえた時、思わず広海は内心で安堵のため息を漏らした。
 部屋に入ってきたレオは、春香を見て脚を止めた。おじゃましています、と会釈する春香を一瞥し、咎めるように広海を見る。
「何してんの」
 棘のある口調に、広海は、頭を掻きながらレオを見つめ返した。
「五階の連中から、逃げてきたんだって。あいつら外道だよ……助けてあげられないかな?」
「はぁ?」
 レオの眼差しが険しくなる。びくっとする広海を見つめて、
「人のこと心配している場合かよ。俺達だって、いつゾンビにやられるか判ったもんじゃねェんだぞ」
「うん……」
 しょげたように広海がいうと、レオは広海の肩を抱き寄せ、髪にキスをした。いつもの癖で受け入れてしまった広海だが、春香が目を丸くして見ていることにが気がついて、慌てて躰を離した。
「仲がいいんだね」
 にこっと春香。広海は、後ろめたさを秘めた愛想笑いを浮かべた。
 一瞬、彼女の目が吊りあがったようにも、うちなる狂気と鬼の顔がそこに覗いたようにも見えたのだ。
 しかし、すぐにその表情は消え去り、凪いだ笑みだけが浮かんでいた。
 ……見間違えたのだろうか?
 とりあえず一晩はいていいとレオが許可をだし、三人で喰事をすることになった。
 いつもは手料理を振る舞うレオは、不機嫌面を隠しもせず、缶詰とカップ麺をさしだした。
 その露骨な振る舞いに、広海は口元を引きつらせたが、春香は笑顔だ。明るく振る舞っていたが、お互いの事情に話題が及ぶのを巧妙に避けて、会話は上滑りしていた。
 相槌を打つのは広海ばかりで、レオは、春香を完全に無視していた。春香が誘うような微笑を浮かべても、全く動じなかった。
 わざとらしくない程度に喰事を切りあげ、いつもより早い時間に、しんに就いた。
 寝室は広海とレオが使い、春香にはソファーで寝てもらうことになった。
 広海は寝室を譲っても良かったのだが、レオが許さなかった。いっそ清々しいくらい、女性への気遣いが皆無な男だった。
 あまりにも空気を読まないレオに、広海は焦りを覚える一方で、安堵を覚えもした。変化に弱い広海は、春香を守らなければと思う反面、レオとの生活が変わってしまうことに怯えてもいたのだ。
 二十ニ時。
 壁一枚向こうに、女性が寝ていると思うと落ち着かない。
 何度か寝返りを打ち、もぞもぞしていたが、そのうち眠気を催した。
 しばらく眠っていたが、物音がして目を醒ました。ふと隣を見れば、レオがいない。
 扉の隙間から、かすかな光が漏れている。静かにベッドを降りると、部屋をでて、薄明かりを灯したリビングを覗きこみ――凍りついた。キッチンの手前で、春香がレオの首に白い腕を回していたのだ。
 唖然と立ち尽くしていると、薄闇のなかでかがやく金緑の瞳と遭った。
 息が止まるかと思った。
 広海は、ぱっと身を翻して部屋に戻った。
 心臓が煩いほど鳴っている。どうして自分は、こんなにも酷く動揺しているのだろう? 
 人生で初めてといってもいい類の妬みを感じていることに、自分でもショックを受けていた。
 なにか激した口調で、春香が喚いている。
 入口の方が慌ただしくなり、広海が様子を見にいこうか迷っているうちに、扉の閉まる音が聞こえた。
 静寂。
 恐る恐る部屋をでると、二人はもういなかった。モニターのカバーを外して電源を入れると、エレベータに乗っている二人が映った。
(今夜は泊めるんじゃなかった?)
 困惑しながら見守っていると、十五階で降りたあと、レオは春香の腕を掴んで、機関銃の圏外である十階まで連れていった。レオが踵を返すと、春香はその腕にすがりつこうとしたが、レオは容赦なく突き飛ばした。
(えっ、置いていくの?)
 唖然呆然。どうやら本当に置いていくらしい。レオは振り返りもしなかった。春香はしばらく階段を見つめていたが、やがて諦めたように階段を降りていった。
(……さっき何があったんだろう。抱きあってたけど、レオが望んだわけじゃなかったのか?)
 煩悶はんもんしていると、レオがエレベータを降りた。
 慌ててモニターを消してカバーをかけると、寝室に入って、布団にもぐりこんだ。
 目を閉じて寝たふりをしていると、入口から物音が聴こえた。足音は真っ直ぐ寝室に近づいてくる。扉が開いた瞬間、鼓動が強く撥ねた。
「……ロミ?」
 返事をしないでいると、枕元が沈みこんだ。レオがベッドの縁に腰かけ、広海の顔を覗きこもうとしている。
 頬を手の甲で優しく無でられ、広海の身は意思に反して小さく震えた。
「ロミ、顔見せて……」
 耳元で囁かれて、広海は肩を縮こめた。声をあげまいとし、唇をきつく噛みしめる。
「誤解してるだろ? あの女とは何もしてねぇよ。寝室まで夜這いにきやがったから、引き剥がそうとしていただけだ」
「……そうですか」
 思ったより棘のある声がでた。広海は自己嫌悪を覚えたが、いまさら訂正もできなかった。
「疑ってるだろ」
「……」
「なァ、こっち向けよ」
 広海が無視すると、肩を掌に包まれ、優しく揺すられた。
「やめて……」
 広海は腕をつかって振り払おうとするが、レオはその手を掴み、胸のなかに抱きこんだ。髪、こめかみ、頬にちゅっちゅっとキスの雨を降らせる。
「ゃだ」
「……なんで?」
 レオは広海の頭の後ろを掌で支えて、唇を重ねてきた。驚いて離れようとする広海に押し被さるようにして、唇をあわせてくる。
「ちょっ……レオ、ぁ……待って、松岡さんは?」
「追いだした」
「なんで?」
 広海はレオを見つめた。
「いい大人が、高校生に色目使ってくるんだぜ。淫行罪だろ」
「だからって……いくところないのに」
 広海は上半身を起こして、扉を見た。シーツについた手に、レオは掌を重ねた。
「ロミさ、あの女が虐待から逃げてきたと思ってるんだろうけど、違うからな」
「え?」
「偵察にきたんだよ。俺がいないタイミングを狙って、お人好しのロミが引っかかるかも、って踊り場で餌垂らして待ってたんだよ」
 広海はまじまじとレオの顔を見つめた。
「……じゃあ、松岡さんいっていた……レイプとか、嘘なの?」
「それは知らねーけど、下心があったのは本当だろ。なのに、部屋にあげて、エレベータの秘密も教えちゃって、お前はホントに……」
 憫笑びんしょうされ嘲笑されていると感じたが、広海は反駁はんばくできなかった。ぐっと唇を噛んで、視線をうつむける。
 レオは肩を抱き寄せた。
「まぁ、そういうわけだから、もう五階の連中には関わるなよ。次になんかあっても、放っとけ」
「……」
「寝ようぜ」
 広海はレオの顔を伺い見た。かすかな反発心が胸に広がって、唇を尖らせる。
「……やりたくない」
「ンだよ、何もしねぇよ」
 レオは不服げにいった。
 少し躊躇い、広海が躰をずらすと、レオは隣にもぐりこんできた。背中にぴったりとくっついて、抱えこむ。頸筋に顔を埋め、くんくんと鼻を鳴らした。
「……何?」
 広海は棘のある声でいったが、レオは柔らかなため息を吐いた。
「は――……癒やされる。あの女、マジ臭かった」
 うんざりした物言いに、思わず、広海も笑ってしまった。
 確かに、彼女の臭気はきつかった。レオのいう通り、最初から色目が目的で、半裸に香水を振りまいていたのかもしれない。
 女性を追いだしてしまったことを気に病んでいたのだが、彼女にも下心があったのだと思うと、良心の呵責がいくらか薄れるのを感じた。