超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -

3章:サヴァイヴァー - 2 -

 扉越しに声をかけていたレオは、やってきた広海を見て眉をしかめたが、対話を続けた。
「――助けてやってもいいが、条件がある」
 高圧的な物言いに、扉の向こうから複数人の不満の声が聞こえたが、なんだ? と応じた声は若く、理性的だった。
「部屋は余っているが、使う部屋は制限させてもらう。あんたらを信用することはできない」
「判った」
「水道がまだ機能しているから、水はある」
 この朗報に歓声があがった。
 ありがたい、すごいぞ、複数の声が重なったが、次のレオの言葉で沈黙が流れた。
「でも、喰料の調達は自分達で解決してくれ。あんたらと共有するつもりはない」
 一拍して、不満の声があがった。広海も、思わずレオの顔を見た。
「蓄えがあるなら、少しは回してくれてもいいんじゃないのか?」
 別の男の声だ。苛立ったように続ける。
「ともかく早く開けてくれ! ゾンビに追いつかれる」
「約束が先だ」
 文句の声があがる。彼等を落ち着かせる、理性的な声がした。
「判った。君の指示に従うと約束する」
「……いいだろう」
 レオは鍵を開けた。飛びこむようにして入ってきたのは、男女の五人組だ。
 レオは素早く扉をしめると、鍵をかけた。
「ありがとう、助かったよ」
 理性的な声の男がいった。五人のなかで一番逞しい体躯たいくで、目も口も鼻も大きい。髭面で年齢不詳だが、三十半ばだろうか?
 彼の後ろに、ひょろっとしたシャツとスラックス姿のくたびれた男が一人、大学生と思わしき若い男が二人、紅一点、二十代後半のなかなかの美人がいる。
 全員、疲弊しきった顔をしていた。
 何日もまもとに風呂に入っていないのだろう。垢じみた肌は軽く異臭を放ち、放浪の物乞いのように薄汚れた格好をしていた。
 これまであまり意識していなかったが、広海は、自分がいかに安全圏にいて、恵まれた生活を送っていたのか思い知らされた気がした。
「君たちは、二人かい?」
 髭面の男、理性的な声の持ち主は、レオと広海を見て驚いたように訊いた。
 大学生たちは、高圧的な物言いをした相手が高校生だと判り、明らかに不満そうな顔をした。
「高校生? 態度でかすぎじゃね?」
 広海は怯んだが、レオは顔色一つ変えなかった。それどころか、冷ややかな、刺すような目で見返した。
「見殺しにしても良かったんだけど?」
「んだと、コラ。クソ生意気なガキだな」
「警戒して当たり前だろ。あんた達のことを、何も知らないだ。最初にいっておく」
 レオはいったん言葉を切ると、全員の顔を順に見回してから続けた。
「この建物には、電気と水とガスが通っている。非常電源もある。三階から上に感染者はいない。ネットカフェの個室は五、六階にある。あんたらは五階を好きに使え。六階から上にはあがってくるな。話し合いにも応じない」
 堂々とした口調は理性的だが冷たく、広海は心配になった。
 文句をいいかける大学生を、理性的な男は手で制した。
「喰料の調達は、どうやっている?」
「非常階段で一階に降りて、喰料品店をうろついて調達してる」
「感染者はいないのか?」
「いるさ。やむをえない場合は殺すけど、なるべく刺激しないようにしている。まぁ、工夫してくれ」
 男は少し驚いた顔をした。
「殺すって、君たちが?」
 レオは男をちらと見た。
「まぁね。消音器がついているなら別だけど、銃は音がでかいから使うなよ。三階より上にいく前に、感染者が追ってきていないことを確認してくれ。中に感染者を入れるような下手を打ったら、即刻でていってもらう」
 大学生は憤怒の表情でレオに詰め寄った。
「お前さぁ、高校生だろ? 口の利き方に気をつけろよ。目上に対する態度がなってねぇんだよ」
 レオは鼻で笑った。
「こんな状況で、他人に遠慮する必要がどこにあるんだ? はっきりいっておくが、俺は協力する気は微塵もない。足を引っ張られるのはご免だ。そっちの問題は、そっちで解決してくれ」
 冷淡で無表情な口調に、彼等は怯んだ。
 思わず、広海も怜悧な貌を振り仰いだが、一方で感嘆してもいた。誰に対しても物怖じせず意見できるレオを尊敬する。自分には絶対に真似できない。
 不意に落ちた沈黙は、不満げな声によって破られた。
「そっちの子はどうなの? さっきから一言もしゃべらないけど」
 複数の視線が広海に集まった。レオと広海を、不釣合いな二人組と思っていることは明らかだった。
「えっと……」
 矛先を向けられた広海は、返事に詰まった。レオは広海を背をかばうように立ち、冷笑を男に向けた。
「感謝しろよ。ロミがあんたらを助けようっていいだしたんだ。俺は反対したんだけどな」
 その言葉には、重い威嚇の響きがあった。
 むっと眉をしかめた茶髪の男が噛みつこうとするのを、理性的な男が手で制した。
「ありがとう。おかげで助かった。俺は馬淵まぶち弘定ひろさだ。配線業の技術担当をしていた。彼は谷山たにやま卓也たくや、大学生で、その隣は彼の友人の穂高ほだか修平しゅうへい。スーツを着ているのは小平こだいら昭義あきよしさん、それから松岡まつおか春香はるかさんだ」
 それぞれが頭をさげる。扉の向こうで不平を垂れていたのは大学生の二人らしく、夜遊び好きな若者といった風だ。
 レオはどうでも良さそうな顔で聞き終えたあと、面倒そうに口を開いた。
「俺は神楽レオ。こっちは笹森広海」
「よろしくお願いします」
 お辞儀する広海を見て、大学生の谷山は鼻を鳴らした。
「レオね。ちっとは広海クンを見習えよ。お前、相当感じ悪いぞ」
 レオは顔色一つ変えなかった。
「慣れあうつもりはない。お互い不愉快になるだけだから、もう口利くのやめようぜ」
「お前なぁ……」
 谷山は口元を引きつらせた。
「十一階から上は俺とロミが使ってる。あんたらとは完全に別行動しよう。お互い迷惑をかけない、騒がない。それができないなら、でてってくれ」
「従うよ」
 馬淵はレオの目を見て頷いた。
「十一階にセンサーのマシンガンを設置してある。俺とロミ以外が近づくと、ゾンビだろうが人間だろうが、問答無用で自動射撃フルオートするから」
 彼等はぎょっとしたようにレオを見た。広海もぎょっとしてレオを見ると、ものいいたげな視線を返された。
「マジかよ……」
 谷山が呻くようにいった。
「蜂の巣になりたくなけりゃ、十階より上には登ってくるな」
 そういってレオは拳銃を抜いて、谷山を照準した。
「うわッ、やめろ! こっちに向けるな」
 谷山が焦ったようにいう。レオは黙って銃をおさめると、背を向けた。
「ついてこい。五階まで案内する。色々と罠を仕掛けてあるから、死にたくなけりゃ勝手に動くなよ」
 レオが先導して階段を降り始めた。その隣を歩きながら、広海がちらと振り返ると谷山と目があった。彼は愛想の良い笑みを浮かべたが、どういうわけか不吉な胸騒ぎはいや増した。
「どした?」
 レオに声をかけられ、広海はかぶりを振って前を向いた。
「なんでもない……」
 自分からいいだしたくせに、彼等を招き入れたことに、もう不安を覚えている。衝動的な正義の浅薄せんぱくさを、思い知らされた気分だった。