月狼聖杯記

4章:月光の微笑 - 9 -

 あの日から、一月。
 シェスラに対して、ラギスはいまだとるべき態度に迷っていた。
 あの日からというより、闘技場で王と邂逅してから、一度たりとて理路整然と考えられた試しがなかった。
 いつでも混沌としていて、窮地に立たされている。
 肉体的には過酷でも、復讐に集中していられた昔の方が、精神的には楽だったかもしれない。
 シェスラと出会う前に戻れるのなら、何を対価に支払ってでも、そうすべきだとすら思う。
 或いは、もっと別の出会い方があれば良かったのかもしれない。
 故郷を奪われた復讐者と、奪った王ではなく……否、その思想も既に破綻している。
 当時は、王命で酷薄な官吏が送りこまれ、無体な徴兵を強いたゆえに集落は反旗を翻し、報復を受けたのだと考えていた。
 しかし、シェスラは今でこそ頭の切れる男だが、往時は三歳の子供にすぎなかった。
 王の名を掲げて兵を差し向けたのは、シェスラの叔父、摂政を務めていたバシリアだ。しかも五年前にシェスラは彼と対決し、勝利した上で処刑している。
 若き大王に、全ての因果を結びつけて考えることは、間違っている。
 十七年前、シェスラがいたからヤクソンが滅んだのではない。
 逆だ――シェスラがいなかったから、滅んだのだ。
 その先を考えるのは、恐ろしくもある。
 復讐の対象でなければ、シェスラは何なのだろう?
 導きだされる答えを否定しては、自問自動を繰り返す。埒の明かぬまま、今日を迎えてしまった。
 もうすぐ、シェスラが還ってくる。
 昼過ぎには到着するとジリアンから聞かされ、気持ちが落ち着かず、朝から露台で空ばかり眺めている。
 匂いたつ夏の空だ。
 不沈城グラン・ディオへきた頃は、まだ肌寒い初春だったのに、いつの間にか滴るような緑が香っている。
(――きた)
 アカシアと檸檬の爽やかな匂いに、うっとりするような香気が混じった。
「ラギス」
 表情を変えずに振り向くと、夢にまで見た銀色の面影が、圧倒的な存在感で窓辺に佇んでいた。
 お互いの姿を目に映しただけで、胸がいっぱいになった。
(……無理だ)
 想いを封印して心をよろっていても、どうしようもないほど、惹かれてしまう。
 傍へ歩み寄ると、水晶の瞳に熱が灯った。気づかないふりをして視線を逸らしたが、シェスラはラギスの腕を引いて、頬を両手で包みこんだ。
「会いたかった」
「……」
 心は、複雑に揺れた。彼に会いたかった気もするし、永遠に会いたくなかったような気もする。
 これ以上顔を寄せることを躊躇い、身体に力を籠めたが、シェスラは強引に唇をあわせてきた。
「ッ」
 顔を離そうとしても、追い駆けてくる唇に塞がれる。官能を呼び起すように、唇を食みながら吸いあげる。うっすら開いた隙間から、熱い舌を挿しこまれた。
「ん、ぅ」
 拒むことも、応えることもできない。
 嵐が落ち着くのを待つように、口づけを受け入れることしか……
 だが、寝台に押し倒されて、性急な手つきで服の襟を乱されると、ラギスの身体は強張った。拒もうと突きだした腕を、シェスラは少々乱暴に掴んだ。熱の籠った蒼い目でラギスを射抜く。
「抗うな。一月もそなたに触れられなかったのだ。気が狂いそうだった」
「ん……ッ」
 首筋に吸いつかれて、ラギスは喘いだ。熱い唇に触れられて、自分も餓えていたことに気がついた。
 シェスラは男らしく服を脱ぎ捨てると、ラギスの服も性急な手つきで奪いとった。
 素肌と素肌の触れあう心地良さに、陶然となる。
 開いた胸を掌で覆うように撫でられ、突起を指先に弾かれると、ラギスは背を弓なりにしならせ、呻いた。
「う、ぁッ」
 胸の奥から、奔流が突きあげてくる。
 陽を弾いて煌く、吹きあがる琥珀の霊液サクリアを、シェスラは賞賛と欲望の眼差しで見つめた。美しい顔を胸に沈めると、烈しい舌遣いで吸飲する。
「ひぁ、ん……ぁっ」
 しこった乳首を熱い口内に含まれ、淫靡な水音を立てて霊液サクリアを吸いあげられると、ラギスはひとたまりもなかった。銀色の髪に指を潜らせて抗議するが、シェスラはやめようとしない。それどころか、いっそう乳首にしゃぶりついてくる。
「ふぁっ……ん、あぁッ!」
 深い悦楽に呑みこまれて、眼裏まなうらに無数の星が散った。
 陶然と息を喘がせるラギスの顔を、シェスラは食い入るように見つめている。唇を重ねあわせ、霊液サクリアの味に二人して恍惚となった。
 貪るように口づけながら、痛いほど張り詰めている互いの股間を、原始的な動きで擦りあわせる。
「シェスラ……ッ」
 口づけの合間に、喘ぐようにラギスは訴えた。シェスラは低く唸ると、ラギスの両足を開き、猛った熱塊で一気に貫いた。
「あァッ」
 深く貫かれて、反り返った屹立から霊液サクリアが飛び散った。身体を揺さぶられて、シェスラの肩に手を置くと、再び唇を塞がられる。
「ン――ッ! んッ、んんッ」
 くぐもった声をあげながら、深く、穿たれる。
 身体を前後に揺さぶられながら、舌を甘噛みされ、啜られる。
 シェスラは一際強く、腰を打ちつけた。
 奥を飛沫で満たされ、ラギスは恍惚の表情を浮かべた。シェスラは燃えるような水晶の瞳で、琥珀に濡れたラギスを見つめている……
 断続的な吐精を終えたあと、シェスラは身体を倒してラギスに覆い被さった。艶めかしく、舌で琥珀を舐めとっていく。
「ッ……は、ラギス……」
 欲に濡れた掠れ声を聞いて、ラギスの股間は再び硬くなった。
 燃える水晶の瞳で、ラギスの顔を見つめながら、張り詰めた股間を揉みしだいた。
「ッ」
 刺激に耐えるラギスを眺めてから、シェスラは美しい顔をさげていき、濡れた陰茎に唇で触れた。舐め吸って、精管を舌で突いて、残滓をあまさず吸いあげる。
「ん、んぁっ」
 銀糸の髪に手を挿し入れ指で梳くと、シェスラは舌を這わせたまま、少し上目遣いにラギスを見た。
「……離れている間は、そなたのことばかり考えていた。私を誘惑する甘い香り……肌の熱さや、脈打つ心臓の音を求めて、夜毎苛まれたぞ」
 強い眼差しに、聖杯を宿す躰が甘く痺れた。
 ぬかるんだ後孔が、充溢を求めてひくついている。誘うように腰を動かすと、シェスラは唸り声をあげて、身体を起こすなりラギスの足を掴んだ。
「まだ足りぬ」
 ぬかるんだそこを、一気に貫かれ、失神しかけた。
「――ッ」
 声にならぬ悲鳴をあげるラギスを、シェスラは荒々しく揺さぶった。獣のようにまぐわい、絶頂を駆けあがる。
 いつの間にか陽は傾いて、窓の向こうに、沈みゆく夕陽が見えていた。
 寝台にまで届く黄昏の射光が、シェスラの裸身を神々しい金色に縁取っている……
 無比の美しさに見惚れていると、愛おしそうに頬を掌で包まれた。最奥を穿たれ、貪るように口づけを交わした。