月狼聖杯記

12章:ラピニシア - 9 -

 十ニ月の終わりから、シェスラは拠点をペルシニアに移し、戦後の調整や、諸国との外交に費やしていた。遠征軍はインディゴに任せ、既にセルトへの帰還に入っている。
 兵らの顔は明るい。特に登攀組は、なだらかなペルシニア領を通って帰れることを喜んだ。それも華々しい凱旋帰還である。疲れも忘れて、笑みをこぼした。
 シェスラとラギスも、あとから軍に合流し、十三月、女神の降誕月にはセルトに凱旋する予定である。
 やることは多いが、大局を乗り切り、始終ラギスが傍にいるので、シェスラの機嫌は良かった。
 セルト凱旋と共に予定されている婚儀披露に備えて、ラギスは嫌々ながらも衣装あわせや、行儀習いに励んでいた。
 しかし、剣舞の練習まで申し渡されると、我慢に我慢を重ねていたラギスの忍耐袋の緒もとうとう切れた。
「貴族の剣舞なんて俺は御免だ。そんなもの、四騎士とやればいいだろうが!」
 人払いされた豪華なこの広間の、金箔を張った格子天井に、ラギスの怒声が反響した。
「国を挙げての華燭かしょくてんぞ。我慢せよ」
 自ら稽古をつけようとしていたシェスラは、優しくなだめるようにいったが、猛獣は牙を剥いて唸った。
「俺は見世物じゃねぇ」
 絹布と鈴のついた剣を持っての舞は、きららかで華美があり、見る分には構わないが、自分が舞うとなると話は別だ。
「月狼なら、闘いの儀式だろうが!」
 そういってラギスは金刺繍の上着を脱ぎ、両足を大きく開いて床を踏みしめ、腰を落とした。気合のかけ声を吠える。
 肩を叩き、胸を叩き、太ももを叩いて、大地を踏みしめる。はっ、と鋭く声を威放った。

 ナガラの星を見よ
 いざ闘いの時
 この両脚に大地を踏み締め
 我らが故郷に呼応せよ
 闘いの律動を響かせ
 月狼の咆哮を轟かせ
 ヤクソンの大地に生きて死ね

 道具は要らない。己の肉体だけを楽器のように、武器のように使う、荒々しく迫力のある戦士の舞闘だ。
 古来ゆかしき、伝統的な月狼の舞闘。戦闘民族である月狼が、闘いの前に自分達を鼓舞し、敵を威嚇するために行っていたもので、今でもそれぞれの部族で息づいている。
 見応えはあるが、婚儀で披露するようなものではない。
 当然却下されるだろうとラギスは思ったが、意外にもシェスラは目を輝かせた。
「素晴らしいな! よし、決めたぞ」
「はっ? 決めた?」
「我ら月狼の民族舞闘だ。婚儀で披露しよう。騎士団の連中にも覚えさせよう」
 ラギスは度肝を抜かれた。
「冗談だろう?」
「本気だ」
「ふざけるな! 俺はじろじろ見られるのは御免だ」
「諦めろ。これ以上は譲歩せぬ」
「ちくしょう……決闘していた方がよほどマシだぜ」
 ラギスはそっぽを向いていった。子供のように拗ねる姿に、シェスラは肩を揺りあげた。
「なんで笑う」
 不満そうな顔を両手にたばさみ、端正な顔を近づけた。
「そなたは不満かもしれないが、私は嬉しいよ……ラギス」
 そっとくちびるを押しつける。ラギスもほっそりした腰に両腕を回し、唇をあわせた。
「……お前は、なんだかんだで一途だよな」
「そなたは?」
「まぁ……最初は、若くて美貌だし、大王で、そこら中に女がいると思っていたんだがな」
 青い双眸が、甘やかに細められた。細い指で、優しく黒髪を撫でる。
「ラギスに出会ってから、私はそなたしか見ていない」
 シェスラは、そっとラギスの唇を塞いだ。厚みのある唇を味わうように食む。しばらくそうしてから、吐息すら飲みこむように、深く口づけていった。
「私の子を産むのは、ラギス一人でいい」
 シェスラは、ラギスの下腹を優しく撫でた。複雑な顔で押し黙るラギスを見て、麗しい笑みをこぼす。
「よく俺なんかを孕ませたいと思えるな」
「思うさ。きっと強い子が生まれる」
「これまで、女に生ませようとは思わなかったのか?」
「思わなかったな。必要性も感じなかった。王が必要になった時、最も力ある月狼が群れを率いれば良いのだ」
「ふぅん……」
「だが、そなたには、いつか私の子を産んでほしいと思っている」
「……」
「初めて見た時から、そなたに惹かれている」
 熱のこもった眼差しから視線を逸らすと、頬を撫でられ、目と目があった。
「王にも屈しない不羈ふきの精神、臆すことなく万軍を率いて立ち向かっていく雄姿、心を惑わす甘い香り……そなただけだ、私をこのような気持ちにさせるのは」
「俺が男で、この通りの巨躯であることに、お前は少しも思うところはなかったのか?」
 シェスラはほほえんだ。
「何の障害にもならなかったな。むしろ、敵を返り討ちにできるほど頑強でいてくれて良かった」
「そのうち、お前にも勝つぜ」
「ふふ、楽しみにしている」
「余裕こいてるのも、今のうちだ。いつまでも、俺がいいようにされていると思うなよ」
 脅すように告げると、シェスラは美しい微笑を浮かべた。
「なら、そなたを繋ぎ留めておけるよう、私も全身全霊を懸けて努力しよう」
 シェスラは身を乗りだし、絨毯の上にラギスを押し倒した。美しい水晶の瞳に、燃えるような欲情を乗せて、覆い被さってくる。
 開いた唇に、シェスラの舌が忍びこんできた。
 彼に誘惑されると、拒絶できない。
 無力感に襲われ、しまいには自分の何もかもを差しだして服従したくなるのだ。
 シェスラは美貌をさげ、首筋に唇で触れた。熱い舌に舐めあげられ、下腹部が反射的に震える。
 鎖骨のくぼみにキスをして、厚く盛りあがった胸についばむようなキスを幾つも落としていく。
 乳首に、温かい吐息が触れた。また吸われてしまうのか……ラギスは衝撃に身構えた。
「あぁ、美味そうだ……」
 陶酔に満ちた声で、シェスラはいった。恐る恐るラギスが視線を向けると、尖端から霊液がにじみでて、表面はうっすらと琥珀に濡れてかがやいていた。なんといやらしいことか。
「はぅっ、んっ!」
 つん、と突かれた瞬間、ラギスは背を弓なりにした。図らずも胸を突きだすような恰好になる。
「ラギスッ……」
 シェスラは御馳走とばかりにしゃぶりつき、溢れでる霊液サクリアを啜りあげた。
 そんなつもりはなかったのに、乳首から迸る感覚が、たまらなく快感で、ラギスは腰の震えを止めることができなかった。
「あぁぁっ」
 喘ぎの声が迸る。喉をのけぞらせると、シェスラはやんわりと首すじを唇でんだ。その刺激に、また官能の声が喉から迸る。
 乳首がふるっと震えて、とろりとした一際濃厚な蜜が噴きあがった。シェスラは餓えた狼のように、喉を鳴らして飲む。
「あ、あぁっ……もういかん、吸うな」
 ラギスは混乱した。絶頂が迫っている。乳首を吸われただけで達してしまいそうだった。
「ん……足りぬ。もっと与えよ」
 シェスラの声が、遠くから聞こえるようだ。心臓が煩いほどなっていて、周りの音が聴こえない。
「ん、あ、あぁっ」
 絶頂に近づいた瞬間、シェスラは顔を離した。頬を上気させ、瞳は快楽に濡れていた。奪うようにしてラギスの服を脱がせると、自らも全て脱ぎ去り、巨躯を組み伏せる。股間に顔をうずめた。屹立を口に含み、顔を前後させて激しくしゃぶりたてる。
「あ、あ、あぁ……ッ、ん」
 烈しい愛撫に、ラギスは身悶える。王の口にだすのは躊躇われて、必死に抗おうとするが、絶妙な舌技にとどめを刺された。
「あ、あぁっ……あ――~……ッ!」
 噴きあがる琥珀の蜜を、シェスラは恍惚の表情で飲み干していく。味わうようにして、ゆっくり喉を動かし、ラギスの絶頂を長引かせる。
 眼裏まなうらが燃えあがるほどの快感だった。
 唇をだらしなく開いたまま、恍惚に浸され、震える下肢からびゅくびゅくと吐きだすたびに、筋肉に鎧われた躰は妖しく波打った。
 シェスラは痴態を眺めおろしながら、ひくつく尻孔の淵を指でなぞった。そこは既に潤んでいて、蜜をこぼしていた。そっと指を埋めて、抜いて……抽挿する動きが早まるにつれ、淫靡な水音が響いた。
「ん、あ、あっ、あぁ……ッ」
 なんと淫らな刺激であることか。腰の痙攣が止まらない。霊液サクリアに濡れた孔を指でかきまぜられ、さらに溢れでた蜜が、シェスラの指をしとどに濡らしていく。
「ラギス……っ」
 指を抜いたシェスラは、両の親指で孔を拡げた。そこは朱く腫れて、潤んで、さらなる刺激を求めていた。
「挿れるぞ……美味しそうな、この熟れた孔に。私のもので突いてやろう」
 体をずらされ、唇を奪われる。濃厚な口づけをかわしながら、ゆっくり熱塊が沈んでいく。
「ぁぐ、あぅッ!」
 たまらず、ラギスは腰を浮かそうとするが、強引に引き戻される。深く刺さって、背を弓なりにした。
「んぁッ!」
「逃げるな」
 うなじにやんわりと歯をたてられ、ラギスは身を伏せる。はずみで入り口までひきもどされ……再び奥まで突きあげられた。
「あァッん!」
 淫らな衝撃に、視界が燃えあがる。追い打ちをかけるようにして、律動が始まった。
「ん、んぁ、あ、あ、あ゛ッ」
 何度も、何度も、何度も――勃ちあがった乳首をいじられながら、突かれまくる。熟れた孔に、灼熱の熱塊が乱暴にでいりし、さしものラギスも限界だった。
「も、無理だ……っ」
 たまらず弱音を吐けば、シェスラはほほえみ、
「ふ、しっかり飲むがよい……く、はぁッ」
 雄々しく突きあげ、最奥に灼熱の飛沫を放った。しとどに濡らされ、ラギスの全身が激しく痙攣する。
「あぁぁ! ぁん……っ」
「愛している、ラギス……」
 耳をまれながら、囁かれた睦言に、魂までもが快感でぞくぞくと震えた。
 吐精を終えても、荒ぶる血潮は激しく、心の臓が、耳の奥でこだましているようだった。
 しばらく、つがいの月狼は無力でいた。
 交歓の余韻に浸りながら、絨毯のうえに四肢を投げだし、裸身のまま寛いでいる。
 ぼんやりとした意識のなか、不意に、ラギスの胸にある想いが沸き起こった。
「なぁ、シェスラ」
 たくましい胸にもたれていたシェスラは、顔を少しあげて、ラギスの顔を覗きこんだ。
「どうした?」
「うむ……あのな、」
「うん?」
「その……落ち着いたら、俺がお前に家族を作ってやるよ」
 シェスラが長いこと無言なので、聞こえていなかったのかとラギスは顔をさげた。青い瞳と遭う。どきりとするほど、一心に見つめられていた。
 ラギスは照れくさそうに頭をかいた。聖杯としての務めをずっと否定してきたが、その頑なさはもうなかった。それどころか、シェスラに子を抱かせてやりたいとすら思っている。
「……ありがとう」
 シェスラの顔いっぱいに、ほほえみが拡がった。蒼氷色の瞳は、潤んで、熱を帯びている。ラギスの両脇から両腕を回し、甘えるように胸に頬を押し当てた。ラギスが背を撫でてやると、頬ずりをしてくる。
「小さな子供みたいだな」
「……そうだな」
 シェスラはくすっと笑うと、口ではいえない感動を表すかのように、柔らかなため息をもらした。
 なめらかな白銀髪を指ですいてやりながら、ラギスもそっと目を閉じた。
 戦いが全ての狼生ではない。
 つがいの傍で憩い、安息を得るひと時だってある。そうした優しさを思いださせてくれたのは、シェスラだ。