RAVEN

- 8 -

 同居を始めて一週間が過ぎた。雨の日。
「シャツを脱いでもらってもいいですか?」
 アトリエに入った流星は、レイヴンの指示を聞いて目を丸くした。
「なんで?」
「肩と背中の線を描きたいんです」
 流星は返事を躊躇った。モデルのためとはいえ、彼の前で服を脱ぐのは少々恥ずかしい。
「お願いします。描かせてください」
「でも……」
 最近、彼の指示が少しずつ、刺激的になっているような気がする。昨日は、シャツの釦を上から三つまで開けて、少しはだけた姿を求められた。突き刺さるような視線を感じて、モデルどころではなかった。今日は無難なポーズであることを期待していたのだが……
「お願い、流星さん。描かせて……ね?」
 甘さを含んだ口調に、流星は朱くなった。顔をあげると、熱っぽい瞳と遭い、さらに困惑してしまう。
「流星さん……」
「うぅっ」
 流星を描きたいというのは、彼のアーティストとしての情熱なのか、或いはもっと別の何かなのかは判らない。ただ、その真っすぐな瞳を見てしまうと、もう拒むことはできなかった。
「……判った」
 承諾した流星を見て、レイヴンは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます!」
 時間をかけると余計に恥ずかしいと思い、流星は潔く上を脱いだ。目をあわせないように気をつけながら、逃げるようにして背を向ける。
「完全には脱がないで、片方の袖だけ、腕を通してもらっていいですか?」
 レイヴンは傍にやってくると、流星が脱いだシャツを拾って、片方の袖に通すのを手伝った。デッサンのためだといい聞かせていても、心臓が煩いほど鳴っている。指先が肌をかすめただけで、大げさなほど肩が跳ねた。
「と、ごめんなさい。冷たかった?」
「いや……」
「暖房の温度を少しあげておきますね。すぐに描きますから」
 レイヴンはリモコンを操作すると、キャンパスの前に戻って描き始めた。
 雨音に交じって、鉛筆の走る音がする。今日に限って会話もなく、ただ黙々と時が過ぎた。服を脱いでいるせいか、いつもより無防備になった気がして、酷く落ち着かない。
 鉛筆を置く音と、椅子を引く音が聴こえた時、流星は心の底から安堵を覚えた。
「ありがとうございます」
「もう終わり?」
 流星が肩越しに振り向くと、思ったより傍にレイヴンがいた。紅茶色のまつ毛に縁取られた青碧せいへきの瞳が、翳って見える。白い手が肩に乗せられ、流星はびくっとした。
「……冷えてしまいましたね」
 確かにそうなのかもしれない。彼に触れられている肩を、燃えるように熱く感じる。どうしていいか判らず顔を背けると、彼の息遣いが驚くほど傍に感じられた。どうしよう――迷っているうちに、うなじに柔らかなものが触れて、びくっとした。
「レイヴン?」
 振り向くと、はっとするほど青い瞳と遭った。背筋に震えが走り、慌てて視線をそらす。
「温めてあげますね」
「……え?」
 困惑していると、レイヴンの手が肩から鎖骨の線をゆっくりなぞった。
「っ」
 耳に柔らかくて熱いものが触れて、反射的に首をすくめる。レイヴンは唇で耳に触れて、そのまま頬におりていき……ちゅっとリップ音をたててキスをした。
「ッ、ちょっと、レイヴン」
 流星は上擦った声でいった。立ちあがろうとするが、顎をすくわれ、熱のこもった視線に射すくめられてしまう。端正な顔が降りてきて……そのまま唇が重なった。
「んっ……」
 キスをしている――レイヴンと。何が起きているのかよく判らないまま、背中に腕が回され、隙間がないほど抱き寄せられた。
「だめっ」
「だめ……?」
 レイヴンは囁くと、焦らすように掌で身体の線をなぞり、下腹部に触れた。キスしかされていないというのに、そこは緩やかにきざ していた。
「ちょ、触るなっ……んぅっ!」
 文句をいおうとしたら、唇を塞がれた。下唇をしっとりまれて、舌先が唇のあわいを優しく突いてくる。性的なキスに、背筋がぞくっとした。
「あ……っ」
 薄く唇を開いた途端に、熱い舌がすべりこんできた。
 男同士なのに。バイだとはいっていたが、舌を搦めるキスに遠慮や躊躇は全く感じられない。むしろ流星の方が逃げ腰なのだが、レイヴンは逃がさないとばかりに攻めてくる。
「んぅっ……あっ、ン……だめだって、ちょ……んんんっ」
 濡れた音が二人の間から聞こえる。舌を吸われて、どこまでも溶けあって、一つになる……
 キスに溺れそうになったところで、流星はどうにか腕を突きだして身体を離した。
「やめろっ!」
 レイヴンは素直に引いたが、熱っぽく流星を見つめている。
「もう少しだけ……」
 そういって、長い指が胸に触れた。つ、と肌を撫であげ、乳首をかすめた。
「ッ、レイヴン、やめろって――んぅっ」
 腰をよじろうとしたら、強く引き寄せられ、唇を塞がれた。甘く貪られながら、乳首を優しく摘まれ、かと思えば小刻みに弾かれる。繰り返される愛撫に、胸の先端が甘く切なく疼いてたまらない。
「流星さんの、ここ……勃ってきた」
「っ、触るなよ」
 流星はさっと顔を赤らめ、身をよじった。レイヴンを睨みつけると、彼は酷く煽情的な顔をしていた。直視できず、視線をそらしてしまう。年上の威厳などあったものではないが、レイヴンに触れられると、まともにものを考えられなくなる。
「あぁっ」
 きゅっと先端を摘まれて、流星は背を弓なりにしならせた。浮いた胸に、レイヴンが顔を伏せようとする。
「だめっ」
 今度こそ拒もうとするが、その手を搦めとられ、壁際に置かれた革張りのソファーに押し倒された。
「流星さん……」
 欲に濡れた瞳に見下ろされ、全身が甘く痺れる。レイヴンは愛おしそうに流星の頬を撫でると、端正な顔をゆっくり胸に沈めた。片方を指にいらいながら、もう片方の乳首に熱い舌を這わせてくる。
「あっ……ん、ぁッ……レイヴンッ! や……っ」
 二つの突起が甘痒く疼いている。胸から湧きあがる悦楽が股間にまで響いて、昂らせる。突起を男の強さで吸いあげられると、びくびくっと腰が揺れた。
「ああっ、あああ……だめだって、ん……っ」
 レイヴンの肩を叩くが、止まってくれない。もぞもぞと膝をすりあわせていると、レイヴンが膝に手をかけた。
「足、開いて」
「っ」
 流星は真っ赤になり、烈しくかぶりを振った。その要求は、いくらなんでも度が過ぎる。
「少しでいいから……ね?」
 嗚呼……けれども甘えた声で請われると、勝てる気がしない。流星は眉間に皺を寄せ、躊躇いつつ、おずおずと足を開いた。
「……触っていい?」
 答える余裕はなかった。心臓が太鼓のように轟いている。彼の手が伸ばされるのを見、触れる間際に足を閉じようとするが、
「あんっ」
 股間を揉みこまれ、誤魔化しようのない、あられもない声が漏れてしまった。手で口を覆うが、もう遅い。レイヴンを見れば、熱に翳った青い瞳が、貪るように見つめてきた。
「……やめて」
 流星は怯えのいりまじった声でいった。レイヴンは無言のまま、首を伸ばし、慰めるように唇にキスをした。
「大丈夫だから……」
 囁きながら、カーゴパンツのなかに手を入れ、下着越しに昂りに触れる。掌で包みこみ、優しく握りしめた。
「レイヴン!」
「もう少しだけ」
 そういって片手で器用に流星のベルトを緩めると、下着ごとカーゴパンツを足から引き抜いた。
「あっ……」
 レイヴンの視線が股間に落ちる。勃ちあがっている股間をばっちり見られてしまい、流星は真っ赤になった。
「隠さないで……僕に、責任をとらせてください」
「え、えっ!? ちょっ……」
 剥きだしの股間を艶めかしく揉まれて、流星は慌てた。レイヴンの繊細な指が、屹立を撫でる。
「んんっ……!」
 高い声が漏れそうになり、流星は慌てて口を手でふさいだ。真っ赤になっている顔を、レイブンが覗きこんでくる。
「や、見ないでっ……」
 ちょっと触られただけなのに、きそうになっているなんて。必死に顔を隠そうとするが、レイヴンが柔らかく、だが有無をいささぬ力で腕を剥がしにかかる。
「隠さないで、流星さん……見せて。僕で気持ちよくなってくれて、嬉しいから……声も聴かせて」
 ぞくっとするほど艶めいた声で、耳元に囁く。身体中がぐずぐずに溶けていくようだった。
「無理! できな……ぁっ」
「大丈夫、できるから……我慢しないで」
「ここ、アトリエっ」
「誰も見ていませんよ。僕と流星さんしかいません」
「でもっ、大塚さんが……」
 シェフや家政婦の人はきているはずだ。レイヴンはちょっと冷静になった流星の瞳を覗きこみ、
「彼等はアトリエに近づきませんよ。だから……ね? 気持よくなって……って?」
 上下にしごかれると、ひとたまりもなかった。目も眩むほどの快感が迸り、絶頂に抗おうとしたが、あっけなく吐精してしまった。
「やぁ、ああぁぁっ!」
 繊細な指が白濁に塗れているのを見て、流星は死にそうになった。羞恥と罪悪感に襲われながら、自分のシャツを掴む。彼の手にかけたものを拭きとろうとするが、レイヴンはさっと避けて、あろうことか、見せつけるようにして、ぺろっと舐めた。
「レイヴンッ!!」
 流星は本気で焦った。もう、言葉が見つからない。
 蒼白になっている流星の頬を、レイヴンは労わるように包みこんだ。
「ありがとう、流星さん。すごくかわいかった」
 ちゅっと頬にかわいらしいキスをする。
「ッ!? ……ッ!!!」
 流星はごめん寝をするように、上半身を折り曲げ、頭をソファーに押しつけた。超弩級の羞恥混乱に翻弄されるが、はっと気がついた。一人だけすっきりしておいて、レイヴンは何もしていない。流星が相手では、勃たないのだろうか? 股間をそっと盗み見るが、ゆったりしたカーディガンに隠れてよく判らない。
「レイヴンは、その……平気?」
 遠回しに訊ねると、レイヴンは少し困ったように笑った。
「平気……ではないけど、気にしないでください。いきなり、求めすぎはよくないと思うから」
 つまり、興奮していないわけではないのだ。流星は励まされる思いで、おずおずと顔をあげた。
「俺でよければ……手でしようか?」
 ぱっとレイヴンの瞳が輝いた。
「本当?」
「うん……」
「嬉しい。じゃあ……触ってくれますか?」
 流星は頷いて、おずおずと手を伸ばした。カーディガンを掴むと、レイヴンはさっとそれを脱いで、苦しそうにしている股間をくつろげた。流星の表情を慎重に見ながら、ボクサーパンツごと、デニムパンツを脱ぎ捨てた。形のよい、筋張った長大な陰茎は、既にきざしていた。流星はごくりと喉を鳴らし、
「……触るよ」
 小さく宣言してから、彼に触れる。熱くて、柔らかいはずなのに、驚くほど硬い。手のしたで艶めかしく脈打つの感じて、触れているだけで流星は恍惚となった。
 と、レイヴンが手を伸ばして流星の頬に触れた。顔をあげると、美しい顔がゆっくり降りてくる……彼がそっと顔を傾けるのを見、流星も静かに目を閉じた。
「ん、ふ……っ」
 キスをかわしながら、流星とレイヴンのものを手で掴み、上下に擦りあげた。流星の手の上に、レイヴンもそっと手を重ねた。手の動きにあわせて、腰が揺らめいてしまう。
「は、は、あっ、あああ、ああ……っ」
 手のなかで、熱い塊がぐっと膨れあがったように感じられた。原始的な動きでお互いの腰を押しつけあい、求めあう。悦楽を貪り、やがて小刻みに震える屹立から熱い精を吹きあげた。互いの手のしたで、二つの熱塊がびくんびくんと脈打っている。
「あ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」
 荒い呼吸を繰り返しながら、流星はかつてないほどの充足感を覚えていた。自分の手で極めてくれたことが嬉しい。レイヴンがたまらなく愛おしい……
 彼がしたみたいに、指を濡らす白濁を舐めてみようかと思ったが、それよりも早くレイヴンがハンカチで拭いてしまった。
「ありがとう、流星さん。すごく気持ち良かった……」
 レイヴンは、はにかみながら、首を伸ばして流星の頬にキスをした。感謝をこめて、かわいらしいキスをしてくるレイヴンに、流星の胸はきゅんと痺れた。
「……また、してもいいですか?」
 上目遣いに請われて、流星は盛大に戸惑った。首から上は真っ赤で、眉を悩ましげに寄せ、唇は引き結んでいる。彼は一言も喋れなくなり、肩を縮こまらせ……迷った末に、小さく頷いた。