RAVEN

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 最後通牒のような甘い脅し文句に、流星は再び足を止めた。射抜くような眼差しに、身体の芯が痺れる。レイヴンは、流星が思っている以上に本気なのかもしれない。
 ここまでいってくれたんだから、信じてみてもいいんじゃないのか? 逃げてばかりいないで、彼に向き合ってみるべきなのでは?
 流星の心が叫んだ。
 これが最後のチャンスかもしれない。ここで彼を拒めば、彼とめぐりあい、芽吹き始めたあらゆる可能性は粉々に崩れ去るだろう。本当に、そんなことを自分は望んでいるのだろうか?
「……お願いです。いかないで」
 葛藤に揺れる流星を見て、レイヴンは慎重に囁いた。痛切な思いがこもった眼差しに、ついに流星は敗北を認めた。
「……判った」
 小さく囁いて、腕を掴むレイヴンの手の上に、自分の手をそっと重ねた。心を覗きこむようにして目をあわせてくるレイヴンに、淡く笑みかける。
「……判ったよ。あとで部屋にいくから、待ってて」
 本当は、ずっとずっと、彼に触れて欲しいと思っていたのだ。
 しかし、最後までするのなら、ちゃんと準備が必要だ。視線を落としたまま、自分の部屋に戻ろうと踵を返すと、レイヴンに腕を掴まれた。
「本当にきてくれますか?」
 哀願するような口調に、流星は振り向いた。不安そうな表情を見て、目を細める。
「うん……待ってて。俺も、レイヴンに愛されたいし……」
 後半を小声で囁くと、珍しくレイヴンが朱くなった。流星もつられて顔が火照り、じゃっあとで! と色気もへったくれもなく、自分の部屋に逃げこんだ。
 よし……と一息ついて、少し冷静になって準備を始める。いつもの要領で浣腸液とシャワーで奥まで洗浄し、念入りにシャワーを浴びて、準備万端。決心が鈍らないうちに、レイヴンの部屋のドアを叩いた。足音が聴こえたと思ったら、すぐにドアが開いた。
「……良かった」
 レイヴンはほっとしたようにいった。
「ごめん、待たせた?」
「いいえ。ただ、きてくれなかったらどうしようって考えていました」
 自信なさそうにいうレイヴンを、流星は意外な思いで見つめた。彼もシャワーを浴びたようで、肌がしっとり濡れている。
「入ってください」
 レイヴンは身体をずらし、流星をなかへ招きいれた。部屋に入り、ぽかんと口をあけて固まっている流星を見て、レイヴンは首を傾げた。
「どうかしました?」
「すごい。広い……」
 彼の部屋に入るのは、初めてだった。子供みたいな驚き方に、レイヴンは微笑している。
「気に入った?」
 流星はほほえみ、部屋を見回した。テラスに続く一面の窓、傍にチッペンデール風の家具が置かれている。バスルームへ続くダブルドア。壁にかけられた六十インチのディスプレイ。各部屋を映し出すセキュリティ・モニターまである。
「……こんなに大きな部屋で、毎日眠っていたんだ」
「うん」
 戸惑ったような顔で、流星はレイヴンを見た。
「すごいなぁ……落ち着かなさそうだ」
「すぐに慣れますよ」
 天蓋のついたベッドを初めて見た。流星は興味深そうに、コリント式の四柱に触れた。溝彫りを施した胡桃材が手にしっくり馴染む。
「飲んで」
 ワイングラスを渡されて、流星はベッドに腰かけたまま、味わうように飲んだ。豊潤な香りと味が、心地よい情熱を体内に宿してくれる。
 ゆっくり、美貌が近づいてくる……唇が重なり、柔らかく押し潰された。表面がこすれるだけで、甘い痺れが腰まで響いた。魅惑的な香りに頭がくらくらする。
 レイヴンは唇を離すと、流星の顔を注意深く覗きこんできた。
「大丈夫ですか?」
「……なんだか緊張する」
 目をあわせられず、視線が泳いでしまう。心臓はうるさいほど喚きたてて、首から上は茹であがったように熱くなっていた。
「真っ赤……かわいいなぁ」
「……黙ってくれ」
 レイヴンはくすっと笑った。
「了解」
 端整な顔が再び迫ってくると、流星はそっと瞳を閉じた。触れるだけのキスを何度か繰り返し、レイヴンは唇のあわいを舌で優しく突いた。おずおずと唇を開くと、舌を挿し入れられた。
「ん……」
 鼻にかかった声が漏れると、レイヴンはいっそう流星を抱きすくめ、手を頭のうしろにあてがい、口づけを深める。舌先が触れあい、流星の全身に震えが走った。
「レイ……んぁ……ッ」
 口内をレイヴンの舌に蹂躙されていく。敏感な粘膜のそちこちを刺激され、逃げ惑う舌を搦めとられ、啜られる。
 スタイルが良くてほっそりとして見えるが、しがみついた肩は鋼のように硬い。掌に筋肉の収縮を感じて、身体の芯がぞくぞくと震えた。
「ふ、ぁっ……あっ、んぅ」
 声はどんどん蕩けていき、レイヴンは片手で流星の頭の後ろを支え、荒々しく貪る。そのままベッドの上に仰向けに押し倒された。
「あっ、ん」
 反射的な動きで、彼を押しのけようと肩に手を置くが、びくともしない。流星をやすやすと組み敷く、完璧で圧倒的な肢体に、官能を呼び起こされる。
 艶めかしい水音が二人の間から聞こえて……長いくちづけのあと、最後に流星の上唇を柔らかく吸ってから、ようやくレイヴンの唇が離れた。かと思えば今度は頬……こめかみを伝い、耳たぶに唇が触れる。くすぐるように食み、耳の孔に艶めかしい舌を入れられると、流星はたまらずに吐息を漏らした。
「あっ……あぁ……っ」
 肩を甘噛みされて、流星は仰け反った。シルクのような唇が、胸へと降りていく。刺激を待ち望んで勃ちかけている乳首を、指に弾かれた。
「んんっ」
「……ずっと、触れたいって思っていました」
 陶然とした声の響きに、流星は薄く目を開けた。欲情した青い瞳と目があう。
「流星さんを描きながら、僕はずっと、貴方の肌を妄想していた」
 絵を描いている時のレイヴンは、とても真剣な表情をしていて恰好良かった。視線に煽られ、興奮している自分を後ろめたく感じていたのに、実はレイヴンも不埒な妄想をしていたのだろうか。
「……あの服の脱がし方、」
「すごくセクシーでした」
 そういってレイヴンは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。流星は思わず半目になり、
「趣味かよ」
「貴方を描きながら、このあとどんな風に触れようか、そればっかり考えていました……幻滅しましたか?」
「……いや」
「また描かせてくれますか?」
 耳元で囁かれ、流星はぎゅっと目をつむった。瞼に優しく唇が押し当てられ、そっと目を開けると、渇望に燃える青い瞳に射抜かれた。
「あ……」
 身震いする流星の全身に手で触れながら、レイヴンはゆっくり顔をさげた。唇は徐々におりていき、平らな胸をすべり……小さな突起を唇で挟んだ。
「あんっ」
 思わず、高い声が唇から漏れてしまい、流星は唇をきつく噛みあわせた。
「ん……我慢しないで、声、聞かせて……」
「やぁっ」
 乳首を柔らかく吸われて、シーツを握りしめて仰け反る。荒い息をつきながら、端整なレイヴンの顔を見つめた。欲情した顔を見ているだけで、勃起しそうだ。
「んッ……レイヴン、んぁッ、ああっ……ぁ」
 流星は赤銅色の髪に指を挿しいれ、乳首への愛撫に震えながら、柔らかな髪を握りしめた。
「あぁんっ」
 じゅ、と尖りを強く吸われて、流星の腰が跳ねた。
「流星さんは気にするけれど……年上とか、男とか、そんなこと、僕は本当にどうでもいいんです。貴方が離れていくことだけが、堪らなく怖くて……部屋で待っている間も、すごく不安でした。きてくれなかったら、本当にどうしようって……不安にさせないで」
 甘切の滲んだ声に、流星の心臓は撃ち抜かれた。嬉しくて、心臓が痛い。痛いだけではなく、甘く狂おしい疼きも伴っている。
「お、俺も……っ」
 好き、と囁いた途端に、乳首を摘まれた。
「あんっ」
 喘ぐ流星を眺めながら、レイヴンは乳首をもてあそぶ。舌で烈しく責めたて、ねぶり、優しく癒す……交互に繰り返され、なんだか甘いお仕置きを受けている気分になる。レイヴンを翻弄したことを叱られているような……その代償を受けて、流星は息も絶え絶えになっていた。
「流星さんが欲しい」
 たっぷり乳首だけを弄られたあとに、下腹部をぐっと押しつけられた。熱量のあるものがこすれて、えもいわれぬ悦楽が迸った。
「あぁ……ッ」
 視界に星がちり、危うく極めるところだった。肩で息を整える流星を、レイヴンは動かずに、目で訴えてくる。翠のまじりいった蒼い瞳に、欲望が煌いていた。