メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

9章:鯨の歌 - 5 -

 沈黙が長引くほど不安になる。
 どんな答えが返るのか……戦々恐々としていると、ヴィヴィアンは言葉を選ぶように口を開いた。

「俺の理性が飛んで、ティカに襲い掛かっかたら大変だろ?」

「……」

「脅かしたくないし……」

 結局、ティカが子供だから、彼は一歩引いて遠慮しているということだろうか……

「ティカの身体は成長中なんだよ。焦って身体を開かなくても、自然に愛し合うようになるのを待った方がいい」

 言い聞かせる響きを感じて、ティカが視線を伏せると、ヴィヴィアンは額に口づけた。

「急がなくてもいいよ。俺、待てると思うから」

「僕、子供じゃない」

「そう?」

 彼の口ぶりときたら。まるでティカを信用していない。
 とはいえ、子供じゃない、と言い張るうちは子供な気がする。ティカは言った傍から、自分の口を呪いたくなった。


「ふ、船乗りは十五で大人です」

 ところが、無知蒙昧むちもうまいと知りながら、子供じみた反論を止められない。

「まぁ、そうなんだけど……」

「僕、もう十五です」

「知ってるけど」

「ならっ!」

 歯痒げな視線を向けると、ヴィヴィアンは流れるように、ティカのあらぬところへ視線を落とした。

「……ティカの身体は小さいからなー、たぶん、挿入はいらないよ。俺のなんて」

 意味が判らず、奇妙な顔になるティカを、微笑を浮かべたままヴィヴィアンは抱き寄せる。腰に手を滑らせ、尻のあわいへ指を潜らせた。

「や……」

 秘めやかな蕾を、ぐっと押し込まれた。指先が入ってしまいそうだ。これまで彼に、身体中を触れられてきたけれど、そこを、そんな風に弄られたことはない。

「ここに、俺のを挿れるんだよ。十分に広がらないと、流血沙汰になる」

 言葉もなく青褪めるティカを見て、ヴィヴィアンはからかうような笑みを浮かべた。

「判った?」

「……ほ、本当に?」

「そうだよ。だから、少しずつ慣らしてからね」

「……どうやって?」

 恐る恐る尋ねると、彼はおののくティカを宥めるように背中を撫でながら、一方の手で後孔を撫でた。

「やだ」

「挿れないよ。そのうち、ちゃんと教えるけど……結ばれるには、準備がいる。指が三本は出入りするくらいに解してからでないと、怪我をする」

 指一本でもきついのに、三本も?
 しおしおとティカが頷くと、ヴィヴィアンは悪戯めいた笑みを、優しい笑みに変えて、宥めるように頬に口づけた。

「いつかは隅々まで暴くけど、今すぐじゃなくていい。だから、触れられることを恐がったりしないで」

「うん……」

 声に出して返事をすると、親指で瞼を撫でられた。誘われるように瞳を閉じると、閉じた瞼の上にも口づけが降る。
 素肌に触れる、彼の優しい唇。うっとりするような、絹の手触り……
 広いベッドの上で手足を思いきり伸ばし、波間をたゆたうような心地良さを味わいながら、眠りに誘われてゆく……
 微睡まどろみの中、ふとアリーやアルルシオに聞いた話を思い出した。

「そうだ……ヘルジャッジ号の後ろを、鋼の船が深海を潜って追い駆けてきているみたい」

「うん?」

「それから、ブルーホールには恐ろしい生き物がいるって……」

「恐ろしい生き物?」

「軟体の殺戮者だって……十分に気をつけろって、言われました」

「誰に?」

「イルカのアリーと、鯨のアルルシオ」

 呟くと、ヴィヴィアンはくすりと微笑した。ティカが瞼を開けると、傍に抱き寄せて頬にキスをする。

「信じてない?」

「いや、信じるよ。さっきは、ティカが鯨と一緒に海へ消えてしまうかと思った」

 穏やかな口調だが、どこか真剣な声色だった。思わず横になったまま仰ぎ見ると、青い瞳に見つめられた。

「不思議な子だなって、出会った時から思っていたけど……ティカはまるで、海からやってきたみたいだ」

 ふと、アルルシオの話していた遥かなる旅路――魂の巡航を思い出した。なぜか、胸を締め付けられる。

「ヘルジャッジ号が僕の家です。ずっと、ヴィヴィアンの傍にいたい」

 衝動的にヴィヴィアンに抱き着くと、しっかり抱き寄せられた。

「当たり前だよ。ティカは俺が見つけたんだから。永久とわに俺のもの」

 ずっと、ヴィヴィアンのもの。
 素敵な言葉だ。安心して、心地いい温もりに眼を閉じた。どうか離さないでいて欲しい……祈りながら、今度こそ眠りへと誘われていった。