メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

5章:カルタ・コラッロ - 12 -

 感情が昂って、不意に涙が零れ落ちた。お前が泣くなよ、と笑いながら優しい手が涙を拭ってくれる。

「ヴィーと俺は少し似てるんだ。立場や権力に縛られると、人は屈折するか、突き抜けて破天荒になるらしい」

 破天荒……ヴィヴィアンのことだろうか。確かに、彼を語るにうってつけの言葉だ。

「あの男の恋愛観も壊滅崩壊していると思っていたが、ティカのおかげで多少は軸ができたんじゃないか?」

「キャプテンは、自由になりたくて無限海に飛び出したのかな」

 泣いたせいで潤んだ声で尋ねると、シルヴィーは小さく笑った。

「そうだな」

「シルヴィーが一緒にいたから、キャプテンは航海を続けることができたんですね」

 見下ろす青い双眸は、ティカを映してふと和む。

「……お前はかわいいな。ヴィーじゃないが、かわいがる気持ちは判るよ」

 優しい言葉だけれど、子供扱いされているとも感じる。複雑な気持ちで見上げていると、彼は可笑しそうに頬を緩めた。

「きっと今頃、ティカがいなくて寂しいと思っているだろうよ。馬鹿なヴィー。でも赦してやれ、手を出さずにいる為にアイツも大変なんだろ」

 判った振りをして、不承不承に頷いた。
 けれど本当は、納得なんてできそうにない。今夜を過ごす相手よりも、ティカの方が大切だと言うのなら、どうして今ここにいてくれないのだろう。

「もうお休み」

「アイ……」

 部屋を出て行く前に、髪をくしゃっと撫でられた。まるで、小さな弟にするように。その手を煩げに避けると、余計に笑われた。

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 宝石のような夜景だ。
 船橋ブリッジを出ても、すぐに船室デッキに戻る気持ちになれず、船縁ふなべりから煌々と輝く夜の街を眺めていた。
 ヴィヴィアンもシルヴィーも、ティカを当然のように子供扱いする。
 彼等にあって、ティカに無いもの……身長、年齢、経験、勇気、知恵……ないものだらけだ。
 虚しくなり、途中で考えるのを止めた。
 早く大人になりたい。
 どうすれば、大人になれるのだろう……
 異国の風に頬をなぶられ、ぼけっとしていると、不意にささめくような小声に呼ばれた。

「ティカ、ティカ」

 見下ろしてぎょっとした。オリバーとブラッドレイ、それから班で一番大きな体躯を持つ、マクシムがいる。

「えっ」

「迎えにきたぞ、下りてこいよ!」

 皆してティカを見上げて手招いている。

「え、でも……」

 見られていやしないか急に心配になり、左右をきょろきょろと見渡した。

「平気だって、こいよ!」

 ブラッドレイが小声ながら、力強い口調で畳み掛ける。

「うーん、でも……」

「俺らといれば平気だろ。もうすぐショーが始まる。めくるめく大人の世界だぞ」

「お、大人の?」

 今のティカにとって、何よりも魅惑的な言葉だ。禁断の実に手を伸ばすように、船縁から大きく身を乗り出した。

「上陸したってのに、哀愁漂わせて、何たそがれてんだよ。いいから、下りてこい!」

 留守番の言いつけを破って、彼等と行きたい欲求がむくむくと生まれる。ヴィヴィアンは怒るだろうか?

「……判った」

 葛藤は、たったの数秒で終了した。
 こっそり戻れば平気だろう……言い訳を胸に、ティカは音を立てぬよう、タラップを下りて密かに上陸を果たした。
 実に四ヶ月ぶりの上陸である。