メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

5章:カルタ・コラッロ - 10 -

 雑談しながら過ごすうちに、時計が深夜を告げる音を鳴らした。

「……そろそろ、部屋に戻ったらどうだ?」

 気付けば、結構な時間が経っている。あまり彼の邪魔をしても悪いだろう。諦めて戻ろうとした時、ふと疑問が頭をもたげた。

「シルヴィー」

「ん?」

「キャプテンの恋人って、どんなひと?」

 答えを聞くのが怖いと思いつつ、聞いてしまった。シルヴィーは虚を突かれた顔でティカを見つめている。

「……ヴィーに恋人なんていない」

「会ったことはありますか?」

 彼は珍しく言い淀むと、ペンを置いて腕を組んだ。

「いや……ころころ衣装のように変えるからな。アイツには、馴染の女も男もいないよ」

 言葉に慰めを感じるが、気分はどうしようもなく落ち込んだ。ティカには想像もつかない世界だ。ヴィヴィアンの特別になろうだなんて、どうやっても無理な気がする……

「ヴィーが好きか?」

「アイ……」

 沈んだ声で返事すると、シルヴィーは静かな眼差しでティカを見た。

「ヴィーは遊んでばかりで、掴みどころのない男だけど、俺から見てもティカを大切に想っているよ」

 そうであって欲しい……
 ふいに胸に熱いものが込み上げ、たちまち視界が潤んだ。シルヴィーは小さく息を呑む。

「ティカ」

 滴になる前に、眼を擦って背を向けようとしたら、腕を引かれて抱きしめられた。

「傷つく必要はない。ヴィーに恋人なんていない。誰がどう見ても、アイツが一番気に掛けているのは――」

「僕じゃない! 僕は古代神器の魔法を手に入れただけ……だから、大切にされているだけ。判っています」

 慰めの言葉を遮り、喚くように一息に言うとシルヴィーは押し黙った。否定はできないと思ったのだろう。ヴィヴィアンはティカを大切にしてくれる。でも、ティカが想うようには想ってくれない。

「その気持ちを、ヴィーに伝えたのか?」

「いいえ……」

「本人に言ってみるといい。きっと上手くいくから。他ならぬティカの言葉なら、ヴィーも態度を改めるだろう」

 果たしてそうだろうか。ティカは沈黙で応えた。

「ヴィーは誰にでも愛想がいいが、傍に置く相手は限られている。だから自信を持っていい。誰よりも特別に想われているよ」

 声には多少の必死さが窺えた。慰めてくれようとしていると判り、ティカはようやく口元を緩めた。

「シルヴィーが優しい」

「……魔法のせい、なんて言い出すんじゃないだろうな。言っておくが、もう解けているからな」

 からかわれたと思ったのか、シルヴィーは眼を細めてティカを睨んだ。そんな眼で睨まれても、もう、この優しい航海士を怖いとは思わない。

「でも……魔法が解けた後も、貴方は優しいままだ」

 四ヵ月前、シルヴィーに心を奪う魔法をかけたことがある。
 あの時、クールな航海士は人が変わったようにティカに優しくなった。魔法の効果は一日で消えたが、解けた後も、最初の頃を思えば格段に優しい。

「そう簡単に、忘れられるような体験じゃないからな。魔法で変わったというより、昔の自分を多少なりとも取り戻しただけだ」

「取り戻した?」

「あぁ」

 不思議に思い見上げていると、頭を撫でられた。説明する気はないのか、気ままに撫でるばかりで、口を開く気配はない。

「どういうこと?」

 気になって水を差し向けると、シルヴィーは黙考の末、迷ったように切り出した。

「……俺はティカと同じ年頃の時、身近な人間を殺そうとしたことがある」