メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

10章:ナプトラ諸島沖合海戦 - 2 -

 果たして、船が海中を潜航できるのか。
 半信半疑であったものの、シルヴィーは流石に仕事が早かった。敵を最新魔導改造潜水艦と仮定し、当意即妙とういそくみょうに対抗策を講じた。
 探知される危険のある、エーテル消費を最小限に抑止し、こちらのエーテル消費を傍受していたであろう敵潜の混乱を誘う。
 やがて活発化した敵潜航のスクリュー音を、受動型の聴音探知機にて捉えた。
 潜水位置を看破すると、航程を読んで直ちに針路変更。左右を激する潮流に守られ、海底火山の隆起する潜水難解海域へ、ヘルジャッジ号を移す。
 必然、敵は深く潜ることも叶わず、上下のどちらから迫るしかない。
 冷静沈着な航海士は、針路後方を哨戒しょうかい区域に指定、誘爆雷撃網を海中に張り巡らせた。雷撃に臆せず、ゆっくりした水上航行で敵の油断を誘う。
 仕掛けた誘爆の一つが、深度一〇〇から迫る魚雷を捉えるまでに、そう時間はかからなかった。
 作戦開始から三日。
 期号ダナ・ロカ一五〇三年四月三日。昼過ぎ。
 海面に、巨大な水飛沫が上がった!

「敵だァッ!!」

 敵潜発見の一報は、たちまちヘルジャッジ号を駆け巡った。
 敵は潜航よりなお深海から迫る誘爆に追い上げられ、ついに浮上。その鋼の威容を現した。
 商船組合から聞いていた通り、エーテル機関の完全機船で、平らな甲板には帆柱マストも風を孕む帆もない。風を必要としない、人工動力のみで動く鋼の巨体だ。
 見慣れぬ、楕円のつるりとした船体に、ヘルジャッジ号の乗組員は眼をしばたいている。
 船縁ふなべりに掴まり、ティカも眼を丸くしてその威容を眺めた。

「変わった船だなぁ……」

「ティカの言う通りだったな。敵は深海を潜航していた。終日潜航可能な、驚くほど最新鋭の潜水艦だ」

 呆然自失するティカに、シルヴィーは視線は前方そのままに応えた。

「航海長! 合図は?」

「停船、降伏勧告、攻撃警告を出せ」

 甲板に立つ水夫に、シルヴィーはすかさず指示を出した。攻撃停止を求む合図が、音と旗による信号で敵船に伝えられた。
 しかし、敵は高らかに太鼓を打ち鳴らし、金管を吹く――宣戦布告だ。
 触即発の剣呑な空気が、ヘルジャッジ号に流れた。
 甲板に姿を見せたヴィヴィアンも、双眼鏡を眼に当てて、蒼風の吹く水界の彼方を見やった。
 ティカが傍へ駆け寄ると、彼は視線を前に向けたまま、風にそよぐ黒髪を撫でた。助手から報告を聞いて、シルヴィーも傍へやってきた。

「身元が判った。ビスメイルの傭兵だ。ブラッキング・ホークスの傘下で、一五〇〇万ルーヴの賞金首、ルノワ海賊団だそうだ」

 双眼鏡から眼を離すと、ヴィヴィアンは不思議そうに首をかしげた。

「ルノワ海賊団? 知らないな」

「西洋では、そこそこ名が売れてるらしい。うちを倒して、てっとり早く名を上げたいんだろう」

 敵船は、甲板に水がはけた途端、武装乗組員達が踊り出てきた。長距離砲の準備を進めている。
 ライフルやカトラスを掲げて、怒号を叫ぶ者もいる。接舷すれば奔流のように雪崩れ込んでくることは明らかだ。

「単独航海で無茶するなぁ。最近、無謀な新参者ルーキーが増えたと思わない?」

 呆れを含んだ眼差しで前方を見据え、ヴィヴィアンは面倒臭さそうにぼやいた。

「というより、俺達が有名になったせいかもな」

「拍が足りないかのかもよ。今度ビスメイルに攻め入っとく?」

 投げやりにヴィヴィアンが口にすると、隣に立つ航海士の眼は針のように細められた。

「そんな真似してみろ、俺がアンタの息の根を止めてやる」

「俺は賛成だぜ」

 しかし、後ろからやってきたロザリオは、会話を拾って好戦的に笑う。舷側から敵船を眺める三人の元へ、サディールが指示を仰ぎにやってきた。

「向こうは、停船命令を無視して突っ込んできますよ」

「どうする?」

 その場にいる、全員の視線がヴィヴィアンに向かう。視線で問われて、ヴィヴィアンは肩をすくめてみせた。

「どうもこうも、向こうがやる気なら仕方ない――“汝、平和を欲するならば、いくさへの備えをせよ”だ」

 戦闘を決めたヴィヴィアンは、幹部乗組員達の顔を眺めて、余裕たっぷりに嗤った。

「了解。とっとと決着をつけよう」

「アイアイ、キャプテン」

 冷静に応え、航海長も指示を出すべく踵を返す。同じくロザリオも好戦的に笑み、戦闘部隊の元へ足を向けた。

「聞いたか、野郎共ぉッ! 上甲板に土嚢を積んでおけ。甲板、砲列甲板にも砂撒き。右舷、左舷、砲門準備!」

 水夫長のサディールは腹に響く低音で、戦闘指示を甲板に響かせた。忽ち甲板は騒然となる。空気が張り詰めてゆく。
 ナプトラ諸島沖七〇〇海里。
 鋼の潜水艦を相手に、ヘルジャッジ号は海戦を始めようとしていた。