メル・アン・エディール - まほろばの精霊 -

2章:まほろばの楽園と、泡沫の寵愛 - 3 -

 彼の姿があまりにも眩し過ぎて、オフィーリアは逃げるように顔を俯けた。

「オフィーリア?」

 肩を縮こまらせ、震えるオフィーリアを見て、アシュレイは表情を曇らせた。

「……私が怖いですか?」

 数歩を詰め寄られて、思わずオフィーリアは後じさった。

「あ……」

「どうか、怯えないでください」

「そ、そうではなく……」

「オフィーリア?」

「あぁ……なんと、お詫びを申し上げればいいか」

 無垢な眼差しが辛い。胸を抑えながら喘ぐと、アシュレイは小さく眼を瞠った。

「お詫び? 何を詫びるというのです?」

「尊い御身に、魔法をかけてしまったことを」

せた心に火を灯し、生きる喜びを与えてくださいました。感謝しても、しきれません」

 青い双眸を見つめて、オフィーリアは首を左右に振った。

「許されることではありません! 私は精霊界ハーレイスフィアとは相容れぬ、地上ハロビアンに堕ちた暗きもの。輝きを纏う御身とは、かけ離れた存在です」

「貴方こそは、私を照らす宵の明星。どこに在っても、清らかに輝く星そのものです。それでも堕ちるというのなら、貴方へと続く道を、どこまでも照らしてみせましょう」

 伸ばされる腕から、オフィーリアは巧みに逃げた。

「天の輝きが、私のような地を這う者に降りてはなりません」

「我が喜びです」

「ありえません! 思い出してくださいませ、全て魔法のせいなのです」

「貴方の尊い献身で、我が身に絡みつく楔を断ち切り、青褪めた心を灯してくださいました。なぜ否定するのです?」

 なぜですって?
 あまりの変わりように、魔法のせいと知っていても、オフィーリアは苛立ちを覚えた。美貌を正面から睨みつけて、たかぶる感情のままに口を開く。

「……お忘れですか? 我が君は、私を見て蔑んだのです。冷たい冬の湖水のような瞳で私を見下ろして、お前はあいの子、ロゼとは立場が違うのだと、私の全てを否定なさったのですッ」

 暗い憎悪の眼差しを向けられ、アシュレイは小さく息を呑んだ。怒るでもなく、美貌を悲しげに曇らせる。
 その瞬間、オフィーリアの全身から血の気が引いた。

「ご、ご無礼を」

 口を両手で押さえると、蒼白な顔でオフィーリアは跪いた。罰を待つ信徒のように、両手を組んで顔を俯ける。

「謝るのは私の方です。貴方が私に腹を立てるのも、無理はない。深く傷つけてしまったのですから……」

 声には切ない響きが滲んでいたが、その謝罪も魔法があればこそだ。
 苦い思いを噛みしめるオフィーリアの傍に、アシュレイは膝をついた。はっとしてオフィーリアが顔を上げると、優しく微笑みかける。

「跪かなくて良いのです」

「で、ですが」

「誰も見ておりませんよ。ここには、私と貴方しかいません」

 彼のいう通り、広い回廊に人影は見当たらない。手を優しく引かれて、オフィーリアはぎくしゃくと立ち上った。

「わ、我が君」

「名を呼んでくださいませんか?」

「え?」

「臣民のように、振る舞う必要はありません。私は、貴方を恋い慕う者。傅くのではなく、瞳を見て、名を呼んで欲しい」

「……」

 一途な告白に、返す言葉が見つからない。互いの瞳を見たまま、どうにもならない沈黙が流れた。