メル・アン・エディール - まほろばの精霊 -

2章:まほろばの楽園と、泡沫の寵愛 - 1 -

 かぐわしい朝。
 木漏れ陽に誘われて、オフィーリアは眼を覚ました。
 硝子の張られた金縁の天蓋から、煌めきが降り注いでいる。いつになく空気が澄んでいるのは、どうしてだろう……ぼんやり思ったところで、完全に覚醒した。

「え……」

 身体を起こしたオフィーリアは、滑らかな手触りに視線を落とした。白い絨毛が指先を擽る。すぐ隣に花草模様ギルランドで意匠された寝台があるが、恐れ多くて横になれなかったのだ。柔らかな絨緞の上で、いつの間にか眠りこけていたらしい。

(ロザリアは?)

 視線を彷徨わせて、すぐに思い至った。
 そうだ……精霊王に魔法をかけてしまい、精霊界ハーレイスフィアの中心、世界樹宮へ連れてこられたのだ。その後、ロザリアはこの部屋を訪れて、必ず戻ると約束をして、いってしまった……
 急速に気が落ち込んでしまい、オフィーリアは視線を床へ落とした。

「オフィーリア様」

 扉をノックする音に、弾かれたように顔を上げた。

「はい」

 外套のフードを被り直してから返事をすると、麗しい古代精霊ティタニアの召使達が、部屋に入ってきた。やぼったい恰好のオフィーリアを見るなり、眉をひそめる。

「お召し替えを」

「……平気です」

 俯きがちに首を振ると、召使達は不服そうな顔をした。

「これから、我が君にお会いいただきます。入浴の準備ができておりますから、こちらへどうぞ」

「結構です」

 怯えたようにオフィーリアが後じさると、召使達はその分だけ距離を詰めた。

「……人間臭いのです。地上の穢れを清めていただかなければ」

「そのような姿で、我が君にお会いさせるわけには参りません」

 冷ややかな口調、侮蔑の込められた視線に、オフィーリアは縮こまった。
 絶対に、肌を見られたくない。
 壁伝いに距離を取ると、召使達は苛立ったように眉をひそめた。空気は緊張を孕んで重くなる。伸ばされる手に恐怖して、オフィーリアは一目散に駆け出した。

「お待ちください!」

 勢いよく部屋を飛び出したが、どこへいけばいいか判らない。広い回廊を駈けながら、視界に飛び込んでくる見事な大樹に瞳を奪われた。
 昨日は下ばかり見ていたせいで気付かなかったが、部屋は吹き抜けの回廊に面しており、天まで届く大樹をコの字で囲むように続いていた。
 優美な大樹。母なる世界樹アンフルラージュだ。
 星屑の煌きが大樹の周りに充満しており、美しい大樹をいっそう神秘的に見せている。
 煌々こうこうと輝いて、辺り一面に平等に降り注ぐ。
 金緑の輝きに見惚れながら駆けていると、追い駆けてきた召使に髪を掴まれた。

「痛いッ」

「どこへいくのですか!」

 召使達は、容赦なくオフィーリアの身体を押さえつけた。部屋に戻そうと、強引に引きずる。

「痛い、痛いッ! は、離して!」

「はしたない。勝手に走り出さないでくださいませ。宮が汚れます」

 足を突っ張って抵抗したが、数人がかりで押さえつけられては敵わない。視界が潤みかけた時、針のように突き刺さる冷気が辺りに流れた。

「その手を離しなさい」

 悋気を帯びた冷たい声で、精霊王が命じる。
 凍てつくような覇気は、召使達を震え上がらせた。青褪めた顔で、お許しください、と我先にぬかづく。