COCA・GANG・STAR

4章:恋 - 5 -


 病院の帰り道、優輝は車で自宅まで送ってもらった。駐車場で別れる間際、おもむろに遊貴は口を開いた。

「……北城組を潰したら、日本を発つ予定でいたんだ」

「え?」

「本当は、最初から支部が派遣される予定だった。でも、日本の桜を見たくて、俺が名乗り出たんだ」

「そうだったの?」

「うん。本当は学校にいく必要もなかったんだけど、平和なハイスクールを体験してみたくてね。一学期だけ編入手続きをしたんだ」

「え……学校、やめるの?」

「寂しい?」

 そういって腰を屈めると、遊貴は優輝の顔を覗き込んだ。菫色の瞳に、不安そうな顔をした優輝が映っている。

「……遊貴はどうなの?」

「寂しいよ」

「軽くいいやがって」

「本当だよ。日本で優輝ちゃんと過ごした数ヶ月が、今まで生きてきた一六年間の中で、一番楽しかった」

「じゃあ、やめるなよ!」

 声には必死さが滲んだ。先のことなんて判らないが、こんな唐突に終わるとは思っていなかった。まだ何も始まっていないのに。

「俺がいても、優輝ちゃんにいいことなんて一つもないよ」

「勝手に決めるな!」

「俺にいてほしい?」

 紫の双眸が眇められる。心を試されているようで、優輝は顔を歪めた。

「いて、欲しいよ……ッ」

 声が潤んだ。顔を隠そうとする優輝の腕を取り、遊貴は距離をつめた。腰を屈めて額にキスをする。

「ッ!」

「優輝ちゃんになら、殺されてもいい」

「……何いって」

「好きだって、いってるの」

 拗ねたように口を尖らせる優輝を見て、遊貴は胸が暖かくなるのを感じた。
 澄んだアンバーの瞳には、恋い慕う色が浮かんでいる。

(初恋かも……)

 視界に映っているだけで、幸せと思えるなんて。
 身体の隅々までエネルギーがいき渡り、充足感に満たされる。そこに優輝がいるだけで、世界が輝いて見える。
 甘くて、特別な存在だ。星屑のように煌めいて、雪のように純粋なコカインのように。

「好きなんだ。一番近くで見ていたい……」

 小柄な身体を抱き寄せると、耳朶に甘く囁いた。
 すると、優輝は恥ずかしそうに顔を伏せて、耳の先まで朱く染める。いつまでも見ていたくなる、かわいい反応だ。

「誰よりも傍にいたい。危険を伴うし、束縛もするけど……俺にできることなら、何でもしてあげる」

 おとがいを指ですくうと、優輝は上目遣いに顔を上げた。あどけないのに、色っぽい。食べたくなるほど、そそられる表情だ。

「俺が好き?」

「ぅ……」

「好きっていってよ」

 右目の下の黒子を指でなぞると、遊貴はそこに唇を押し当てた。

「うひゃ……っ」

 間の抜けた声すら、愛おしく感じる。照れまくる優輝と違って、遊貴はストレートだった。

「もう優輝ちゃんとしか、キスをしたくない。好きなんだ。優輝ちゃんの特別になりたい」

 誤魔化しようがないほど、一途な告白だった。
 逃げ腰でいた優輝は、遊貴の本気を知って姿勢を正した。紫の瞳を真っ直ぐ見上げる。

「俺も、遊貴が好きだ」

 ついに告げると、いつでも余裕のある遊貴が、ほっとしたように表情を緩めた。

「――ありがとう」

 肩から力を抜いて、縋りつくように優輝を抱きしめる。力強く抱き返したのは、優輝の方だ。
 それぞれ、胸に秘めた不安はあった。
 それでも、今この瞬間、互いに世界で一番幸せだと思えた。
 二人の間に、足が竦むほどの海溝が横たわっていたとしても。
 飛び越えてみせる。
 どうしようもないほど、遊貴のことが、優輝のことが好きだから。もう引き返せはしない。

 さんたる夏の日差しを浴びて、二人は抱き合っていた。