COCA・GANG・STAR

2章:ビバイル - 8 -


 フェアレディZの後部座席に、優輝と遊貴は並んで座った。
 個室同然の車内はとても静かで、外の喧噪は一切聞こえない。二人はしばらく黙っていたが、遊貴の方から沈黙を破った。

「GGGに通っているのは、ビバイルの売人プッシャーと接触する為だよ。疑っているんだろうけど、女は只のカモフラージュだから」

「すげぇ楽しそうだったぞ。満面の笑みでさぁ」

「演技だよ。ビバイルの情報を集める為のね」

「なんで、ビバイルを狙うんだよ?」

「……街の安全のため?」

「真面目に答えろよ」

 優輝が据わった目で睨むと、遊貴は穏やかにほほえんだ。本当だよ、そう囁いて優輝の髪を撫でる。菫色の瞳を見つめたまま、優輝は唇を開いた。

「……前に、地球の裏側から日本までやってきたっていってたよね。あれは、どういうこと?」

 遊貴は瞳の光を微かに揺らめかせ、推し量るように優輝を見つめた。

「……家族に頼まれたんだよ」

「家族? ……C9Hの人?」

「そうだよ」

「何で、ビバイルとC9Hが関係しているんだ?」

「ごめんね。いえないんだ」

 ふて腐れ気味に沈黙する優輝を見て、遊貴は微苦笑を浮かべた。

「それにしても、誰にチケットをもらったの?」

「……」

「怒らないから、いってごらん?」

「俺は遊貴と違って、怒られるようなことはしてないぞ」

「そうかな? GGGに入るには、必ず成人証明が必要だ。優希ちゃん、偽造学生証をどうやって手に入れたの?」

「え……」

「チケットはともかく、偽造学生証の入手はコツがいるよ。犯罪だから。優輝ちゃんに渡したのは、誰?」

 咎めるように問われて、優輝は少々心配になった。ポケットの中にある、偽の学生証を急に重たく感じてしまう。

「杏里はそんなこと一言も……」

「やっぱり」

 しまった。あっさりバラしてしまった。

「遊貴、杏里には手を出すなよ!? あいつ馬鹿だし、ビバイルに入っちゃったけど、いい奴なんだ。友達なんだよ」

 必死にまくし立てると、遊貴の纏う空気はひやりと張り詰めた。

「……楠に会いにきたの?」

「え?」

 今夜ここへきたのは、遊貴のことを少しでも知りたかったからだ。
 素直にいえずに押し黙ると、肯定と捉えたのか、遊貴は不機嫌そうに眉をひそめた。

「さっき、楠と何を話してたの?」

「え、え? 別に……」

「いえないんだ?」

 身を乗り出されて、優輝はドキリとした。美しい紫の瞳には、剣呑な光が灯っている。

「なんで、責められないといけないんだよ……遊貴だって、楽しそうにしてたじゃんか」

「仕事だよ。別に楽しんでいたわけじゃない」

「嘘つけ。だらしない顔してたぞ」

 心外だといわんばかりに、遊貴は半分瞑目した。

「世界の経済動向にも政治にも興味がない、浅くて夢みがちな人間に話を合わせるのも、意外と疲れるんだよ」

 遊貴は苛立ったように吐き捨てた。気圧されて口を噤む優輝を、紫の瞳で探るように見つめる。

「優輝ちゃんこそ、楠に会えて嬉しそうだったね」

 見惚れるほど綺麗な顔が、ゆっくり降りてくる。

「嬉しいっていうか、心配はしてるけど……って、遊貴!」

 仰け反るうちに、身体を支えきれず、座席の上に背中から倒れた。顔の両サイドに手を置かれて、真上から見下ろされる。

「……俺達って、なんなの?」

 力なく訊ねると、遊貴は軽く眼を瞠った。そのままの姿勢で、不思議そうに首を傾げる。

「なんなのって?」

「俺達って、ただの、友達?」

「……優輝ちゃん次第じゃない? 俺は、優輝ちゃんが好きだよ。優輝ちゃんは、どうしたいの?」

 それは、答になっているのだろうか……
 応えられずにいると、綺麗な顔が更に降りてきた。背けた頬に、優しく唇で触れる。

「優輝ちゃんが望むなら、傍にいて、大事にしてあげる。その代わり、俺から離れられなくなるよ?」

「遊貴は、そうしたいのかよ?」

 今度は遊貴が沈黙した。恐る恐る視線を合わせると、小さく笑った。

「選択肢をあげられるうちは、選ばせてあげたいと思ってるよ」

「どういう――」

 言葉は途中でかき消えた。拒む間もなく唇が重なり、緩んだ唇に舌を挿し入れられる。

「んぅッ」

 顔を背けようとしても、頬を固定されて抗えない。
 甘く貪られ、頭がぼうっとする。
 肩を押そうとする手を掴むと、遊貴はそっと口元へ運んだ。指先に唇で触れながら、射抜くように優輝を見下ろす。

「……でも、そんなに余裕はないかな。傍にいると欲しくなる……優輝ちゃんて、極上のコカインみたいだ」

 耳朶に囁かれ、優輝は首を竦めた。
 瞼、頬、背けた耳朶に、優しい唇が雨と降る。
 好きだよ、と甘く囁かれているみたい。ふわふわしていて、幸せにしてくれる……
 だけど、恋人ではないのだ。
 好きだというくせに、唇にキスをするくせに、遊貴は肝心なことは何一つ教えてくれない。
 この関係は、優輝次第だと彼はいうが、それはずるくないだろうか。
 安心が欲しいと願うのは、優輝の弱さ?
 好きだから、知りたいのに。知りたいと思って、何がいけないのだろう?
 余裕がないのは、優輝の方だ。
 迷っていても、不安な気持ちを振り払えなくても、甘いキスをやめられない。

 結局、どうしようもないほど遊貴に惹かれている。